『全属性勇者、また事件に巻き込まれる』
坂上健吾は、今度こそ何もしないと決めていた。
魔王はいない。
勇者は死んだ。
世界は平和。
(これ以上関わると、ろくなことにならない)
そう思って、健吾は辺境の町で細々と暮らし始めた。
職業は――
井戸の水をきれいにする係。
水属性がMAXなので、触るだけで澄む。
楽。
給料は安い。
「勇者様、ありがとうございます!」
「勇者じゃないです」
このやりとりを一日三十回。
(前世より、感謝されてるのが逆に怖い)
事件は、静かに始まった。
町の倉庫から、物資が消えた。
「盗賊です!」
「魔王軍の残党では?」
「いや、予算削減では?」
健吾は関係ない顔で水を浄化していた。
(知らない、見ない、関わらない)
――が。
盗まれた倉庫の跡地、
なぜか全属性反応が残っていた。
「……え」
健吾は嫌な予感しかしなかった。
(俺の力、もう一般人レベルじゃないんだよな)
町長に呼ばれた。
「勇者様、これは一大事でして」
「勇者じゃないです(二回目)」
「魔王軍の残党が、勇者様の力を狙っているのでは?」
健吾は頭を抱えた。
(俺、もう狙われる側になったの?)
調査は嫌々始まった。
健吾は戦わない。
ただ、空気を読む。
火の痕跡 → なし
水の流れ → 人為的
地面 → 荷車の跡
風 → 同じ方向に集中
光 → 残留魔法
闇 → 生活臭あり
「……これ」
健吾は言った。
「普通の人間です」
「え?」
「しかも、かなり生活に困ってる」
犯人は、町の元兵士だった。
魔王討伐で職を失い、
補償もなく、
英雄もいなくなり、
倉庫の物資を盗んで生きていた。
「悪いことだとは……分かってた……」
健吾はため息をついた。
「分かってるなら、俺が怒る役やります」
「殺すんですか……?」
「殺しません。面倒なので」
健吾は、地の属性で倉庫を補強し、
風で畑を耕し、
水で作物を育て、
光で夜を照らし、
闇で見張りを作った。
全部、最低限。
「これで盗まなくても食えます」
「……なんで、そこまで」
健吾は答えた。
「俺も、仕事なくなった側なんで」
夜。
健吾は井戸のそばに座っていた。
(魔王を倒すための力で、盗みの後始末か)
空は平和で、
静かで、
ちょっとむなしい。
「……まぁ、いいか」
健吾は井戸を覗き込み、水を澄ませる。
今日も世界は救われなかった。
でも、ちょっとだけ片付いた。




