『全属性勇者、魔王がいない世界で戦う理由』
魔王はいなかった。
最初から、もう。
坂上健吾は、名もない町の外れを歩いていた。
誰も彼を呼ばない。
誰も期待しない。
それが、今の彼の居場所だった。
世界は、平和だった。
争いはある。
不満もある。
でも、滅びはない。
(守るもの、でかすぎなくて助かる)
それでも、
小さな戦いは、毎日起きていた。
怒りと、
不安と、
勘違い。
誰かが殴られ、
誰かが疑われ、
誰かが信じすぎる。
(魔王いなくても、忙しいな)
健吾は、川のほとりに座った。
水は、少し濁っている。
昔なら、
迷わず澄ませていた。
今は、考える。
(俺がやる理由、あるか?)
答えは、
ずっと前から出ていた。
夜。
村で火事が起きた。
大きくはない。
でも、放っておけば広がる。
誰も、健吾を呼ばない。
健吾は立ち上がった。
名はない。
肩書きもない。
期待もない。
それでも、
火を止める理由は一つだった。
そこに、困っている人がいる。
健吾は、力を使った。
火を抑え、
風を散らし、
水を落とし、
地を固める。
派手さはない。
拍手もない。
翌朝。
村は無事だった。
「助かったな」
「誰のおかげだ?」
誰も、答えない。
健吾は町を出る。
背中に、何も背負っていない。
魔王はいない。
勇者もいない。
でも、
やらずにいられない人間は、いる。
坂上健吾は、戦い続ける。
敵がいるからじゃない。
称号があるからでもない。
ただ、
見てしまうから。
それが、
全属性勇者が
魔王のいない世界で戦う理由だった。




