『全属性勇者、偽物のほうが楽だと気づく』
坂上健吾は、ふと思った。
(偽物のほうが、楽だったな)
理由は簡単だった。
偽勇者アルディオスは、
失敗しても誰も死ななかった。
期待を裏切っても、
怒られて終わりだった。
(俺は、裏切ると世界が荒れる)
健吾は試してみることにした。
少しだけ、偽物になる。
町で声をかけられる。
「勇者様、水が――」
健吾は言った。
「今日は気分じゃない」
それだけ。
誰も怒らない。
(あ、楽)
次の日。
あえて、派手な嘘を言った。
「明日、雨が降ります」
降らなかった。
「まあ、神様でも外すよな!」
笑いが起きた。
(外していいんだ)
健吾は気づく。
人は、
正確さより雰囲気を求めている。
しばらく、健吾は何もしなかった。
井戸は、誰かが掃除した。
橋は、村人が直した。
(俺、いなくても回るな)
ある日、子どもに言われた。
「ねえ、ほんとの勇者?」
健吾は答えた。
「うん。たぶん」
「じゃあ、なんで助けないの?」
言葉に詰まる。
(これだ)
夜。
健吾は思った。
(偽物は、期待を調整できる)
(本物は、期待を下げられない)
翌朝。
健吾は名乗った。
「俺は、元勇者です」
誰も困らなかった。
役所は困った。
「責任が――」
「ありません」
(そこは強気)
健吾は、
“何もできない人”として暮らし始めた。
それは、かなり楽だった。
でも。
井戸の水が濁ると、
手が動きそうになる。
健吾は止めた。
(やらない勇気)
全属性勇者は、
本物であることを一度、置いた。
偽物のほうが、生きやすい世界だった。
それでも、
心の奥で、少しだけ、胸が痛んだ。




