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顔面で殴る皇女様ズ  作者: 月森香苗
個別のお話

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08 第二皇女トレニア

明けましておめでとうございます。

 ゾルダ王国の大使が皇城に招かれ皇帝から告げられたのは、自国の王太子との顔合わせを行う、というものであった。

 大陸中から麗しき美貌の皇女を願い、申し込みがなされている事は当然大使も知っていた。北方の閉ざされたゾルダ王国にはこれと言って優れた物はない。

 夏は極めて短く、冬はとにかく長い。そんな場所なので国力としては非常に低く、駄目で元々で国王が姿絵を送っていることも知っていた。

 妖艶なる黒薔薇姫、と誰が言ったのか。四人いる皇女の内、最も鄙びた国が似合わない皇女が数ある求婚者の中から王太子を選んだ理由は分からなかったが、兎にも角にも大使は自国への伝令を走らせた。

 帝国へ王太子が足を運ぶのは当然である。

 移動にも時間が掛かり、王太子が帝国に来たのは顔合わせがなされると大使が告げられてから二ヶ月後のことであった。

 帝国側としても、吹雪く中を強行軍で来いなどと言うつもりは無く、安全を優先してくれればそれで良いので半年後でも構わなかったのだが、ゾルダ王国の方が待たせる訳には行かないとやって来たのだ。



 一国の王族、それも次期国王となる王太子の来訪ではあるが、目的がトレニアとの婚姻に関わる顔合わせなので、出来るだけ内密にとなった。

 如何せん、トレニアには信者が多い。外に出したくない権力ある老人達の妨害の可能性もあるのだ。

 皇帝は元より実母の側室や母と慕う皇后もトレニアの幸せを願っているので、それはもう気合を入れたし気を使った。


 顔合わせは皇族が所有する「青銀の離宮」と呼ばれる離宮で行われた。

 敷地内は許可を得た者しか入れないようになっている。

 前日から離宮に来ていたトレニアは騒めく気持ちを抑えるようにそっと胸に手を当てた。

 これまで国内貴族との顔合わせはしてきたけれど、国外の王族とは初めてである。外に出る事を考えた事はなかった。いずれ兄が治める国で誰かの妻となり支えるのだと。

 しかし、ショモナ王国に行って思ったのは、帝国の皇女だからこそ他国で出来ることがあるのではないか、と。寧ろ巨大な帝国の皇女だからこそ積極的に外に出てその国を豊かにし、帝国に還元させるべきなのではないか、と。

 ゾルダ王国は国土としては広くとも人が住める場所が限られた国だ。山脈に囲まれて閉ざされて、これまではそれでも何とかやって来れたけれど変化を求めた。

 属国となってでも帝国の支援を受けて生き残る道を選んだ。

 トレニアは姉ほど政務能力はないし、カルミアのように強くもなければ、ルピナスのように本から得た知識がある訳でもない。

 美容と芸術にしか興味が無く、それで生きてきた。帝国の皇女としての教育を受けているのでそれに見合った事は出来る。しかしそれだけなのだ。

 己の外見が優れている事は分かっている。それ故にこれまで婚約にまで至らなかった。

 相手と会話が出来ないのだ。会話が通じない。会話をしてくれない。

 見蕩れてばかりで全てを肯定されて、そんなのは会話ではない。賛美する声が欲しいのではない。意見を求めても貴方様の言うように、と全てを委ねられる。

 会話が出来る人は大抵既婚者ばかり。

 今日は会話が出来るかしら、と憂うその姿に男達は惑うのだろうが、慣れきった侍女は「姫様、お茶を飲まれて落ち着かれますか?」と手早く準備をするのであった。



***


 ゾルダ王国の王太子ベイセル=オルソン=ゾルダは緊張のあまり、ただでさえ動きにくい表情筋を更に固くしていた。

 属国への願いは国として限界が来ていた事もあり、貴族からも反対は無かった。しかしそれはそれ。まさか国王がそれと同時に皇女との婚姻の打診をしていたとは思ってもいなかった。

 父である国王も駄目で元々。沢山積み上がっているだろう中の一枚となるだろうと考えていたはずだ。

 それが何故、顔合わせに進めたのかベイセルには分からなかった。

 いや、誰もが理解出来ていなかった。

 帝国皇女と言えば大陸全土においても適う者無しの美貌の持ち主と、閉ざされた国のゾルダ王国でもその噂が届く程である。

 第一皇女は帝国から出ることはなく、第三皇女は既に国内に婚約者がいるとの事で、第二皇女と第四皇女への求婚者は国内外問わず多い事は推測出来る。

 帝国に赴任している大使から伝令が緊急だと知らせに来た時はどうしたのかと思ったのだが、緊急にもなるわけだ。

 国王も宰相もその知らせを聞いた時、理解出来ずに呆けていたという。

 話を聞くところによると、国外王族との顔合わせは初めてとのことで、その一番手に選ばれた理由がベイセルには分かり兼ねた。しかしまっさきに我に返った王妃が「今すぐに仕立て屋を!」と動き出した事で皆がこれは現実なのだとようやく理解した。

 新しく衣装を仕立てる時間は無いが、元々外に出る機会も無く、着回しはバレやしないだろう。と言う少し情けなさもあるが、それでも多少は手を入れた。

 皇帝から雑談という体で話された事は手土産を決めるのに役立った。

 第三皇女には何種類かの樹液を煮詰めたシロップを、第四皇女には雪ノルシェ本体は難しくともこちらの学舎がまとめた国外には出ていない図鑑、それから城の針子達が長い冬の期間に作る雪ノルシェの人形の中でも特に精巧な出来の物を選んだ。

 第一皇女は仕事が趣味とのことなので、大陸の中でも最早ゾルダ王国にしか残っていない魔晶石で作られたペンとインクのセットを用意した。

 魔晶石は古代では魔道具作りに使われたのだと言うが、魔晶石を加工して魔道具にする為には魔力が必要だったという。完成品を使うには魔力は不要でも、加工する段階では必要なので今の世界では誰も魔道具を作れない。

 世界から魔力が消えたのは争いが止まなかったから、原因となる魔力を神が剥奪したのだと言われている。魔道具が遺されているのは、神が忘れていた、気にしてなかったとの説がある。

 そんな魔晶石は魔力を込めなければただの石だが、複雑な色合いをしていて見ているだけでも十分であった。これを加工してガラスで作られたペンのように使うのがゾルダ王国の王族では普通で、一種のステータスであった。何せ加工するにも扱いが難しくて量産出来ないので。

 そして削った際に出た粉を溶かしたインクはきらきらと不思議な色彩になる。

 王族はそれぞれに特定の色のインクを使っているが、第一皇女の為の特別な色をインク調合師に頼んで作ってもらった。


 そして、見合い相手のトレニアには何を贈るか悩んだけれど、国のありのままを見てもらいたいのと刺繍作品を愛するとの事で国で一番の刺繍職人と名高い従妹の作り上げた大作を譲り受けたのでそれにした。


 雪が止んでからで構わないと言われたけれど、待たせていると思うだけで胃が痛くなるので、無理のない程度で移動した。

 帝国はゾルダ王国からすれば常春のように暖かい。着込んでいた服を脱いで丁度良いのだが、途中に立ち寄った街では薄着過ぎたらしく変な目で見られた。

 そこからは一応帝国民の服を確認していたのだが、ゾルダ王国民にしてみればこの程度でそこまで着込んでたら、国で生きていけないのでは……と少しばかり心配になったし、奇跡的に皇女をお迎え出来たとしても大丈夫なのかと不安になる。

 一応は寒さ対策などを施しているものの、帝国の高貴な女性には無理だろうなと諦め九割、それでももしかしたらの希望一割を抱きながら指定された離宮に辿り着いた。

 念の為宿泊した宿で侍従が念入りに外見を整えてくれたが、所詮は田舎の国の王子は野暮ったいだろうと華美にするのだけは避けてもらった。


 外にあまり出ない国の為、ベイセルは己の外見に対して比較する相手も居なかった事で正当な評価をされたことがない。

 一年を通して日があまり出ない為か、肌はきめ細やかで白い。アナベルに似ていると思われた白銀の髪の毛は、首を冷やさないようにと腰あたりまで伸ばしているのを今は一つくくりにしている。

 目の色は冷たさを思わせるアイスブルーだが、全体的に白っぽいので馴染んでいた。

 顔立ちは整っていて、少しばかり体格がよく背は高い。

 もしも他の国と交流があったならば多くの王女なんかに目をつけられていたようなうつくしい男なのだが、如何せん引きこもり王国だし、王太子の顔なぞ見慣れていたので綺麗とは思わなかったのだ。



 青銀の離宮と呼ばれているそこは白の壁に青や銀で内装が纏められていた。

 廊下に敷き詰められた青の絨毯を歩きながらベイセルの緊張は高まっていく。

 案内を務めるのは皇女の専属侍女で、王国の侍女と異なり動き一つすら洗練されている。


「こちらの部屋でお待ち下さい」

「ああ。分かった」


 室内は暖炉に火が入っていて暖められている。

 ベイセルは勧められた椅子に座り、乳兄弟で侍従であるノクトがその後ろに控えながら小声で「その緊張顔をどうにかしろよ」と囁く。

 分かっているが、無理に決まっている。ノクトとて緊張しているではないか。

 充分暖かい部屋の中で待っている内に眠気が出てきたのは、昨晩あまり眠れなかったからで、ほんの少し緊張が緩んでいた時だった。


「トレニア第二皇女殿下のお越しにございます」


 扉の傍に立っていた侍女の声で反射的に立ち上がる。静かに開く扉。そこから現れた女性にベイセルの視線と意識はあっという間に奪われた。



***


 扉が開かれ室内に足を進めれば、そこに居たのは姿絵と何ら変わらぬ男性。肖像画を描いた画家はありのままを描いていたのだ。


「アンザス帝国が第二皇女、トレニアですわ。ごきげんよう」

「ゾルダ王国王太子のベイセル=オルソン=ゾルダと申します。帝国の麗しき薔薇にお目に掛かる機会を頂き光栄に存じ上げます」

「ご丁寧にありがとうございます。どうぞお掛けになって下さいませ」


 挨拶一つとっても序列と言うのは面倒なもので、人によってはトレニアが先に言葉を発する事を不愉快に思う者もいるだろうが、ベイセルは特に何も思わなかったようだ。

 座って良いと告げたが、ベイセルは立ったままトレニアの着席を待っているので、向かいの椅子まで近付く。トレニアの離宮を取り仕切る執事が同行していたので椅子を引くのを待ち、腰掛けた所でベイセルも椅子に座った。


 侍女がお茶の支度をするのを待ち、二人の前にカップが出されたので、トレニアからお茶を飲む。そうでなければベイセルは口に出来ないので。


「ゾルダ王国からここまでは遠かったのではありませんか?」

「そうですね。ですが、滅多に国を出ることが無いので新鮮な気持ちでした」

「分かりますわ。ワタクシも少し前に他国へ赴く事がございまして、見知らぬ風景に心踊りましたもの」


 ベイセルは少し早口気味だが、帝国北部出身者、特に雪が降る地域では寒さゆえにその傾向がある事は知っていたのであまり気にはならない。

 互いに探り合いをしながらも会話が成り立っていることに、トレニアは喜びが隠せない。

 家族やなれた侍女達とは会話が成り立つのに、他の者とは初対面でまともに会話が出来た試しが無い。確かにベイセルから向けられる視線は決して無関心では無いことは分かるけれど、だからと言って心酔はされていない。

 ベイセルは決して話し上手ではないのだろう。けれど、誠実さがわかる。トレニアの美貌を過剰に褒め称えるような言い回しはしない。

 ゾルダ王国から帝都までに見た興味深い光景や、帝国では当たり前でも彼の国では物珍しい風習などを語る姿に好感を持った。


「トレニア皇女にお伺いしたい事があるのですが、良いでしょうか」

「ええ。ワタクシにお答え出来ることであれば」

「我が国の大使より、他国の人間と顔合わせを行うのは私が初めてと聞きました。何故、私だったのでしょうか」


 父である皇帝がその名を出したからだが、トレニアが断れば無かったことになっていたはずだ。多くの国から求婚がされている中で、敢えて皇帝がゾルダ王国を選んだのだろう。


「貴方は、姉に似ているのです」

「第一皇女に?」

「はい。貴方の絵姿を拝見しました。肖像画だからと言えばそうですが、あまりお顔に感情が出ない性質なのではないかしら? 姉もそうなのです。そんな姉はワタクシの見目では無く中をしっかりと見て下さる方で。そんな姉の雰囲気に似ている貴方なら、ワタクシ自身を見て下さるのではないか、と勝手に思いましたの」


 人を判断するのは大抵外見だとは分かっているけれど、その外見だけでしか判断されないのはもう慣れた。しかし、夫になる男性にまで中身を無視されるのは考えものだ。


「ワタクシ、今とても楽しいですわ。会話が成り立っていますもの」

「ええと、失礼ながらどのような意味で?」

「ワタクシと初めて会う方、特に男性はワタクシのこの外見に見蕩れてしまい何もお考えにならないらしいの。ワタクシは会話がしたいだけなのに」

「皇女の美しさを前にすると言葉が出ないのでしょう。私もそうですよ?」

「いいえ。貴方様はワタクシの言葉にご自分の意見を添えて返して下さる。たったそれだけの事が難しいのです」


 やはり直感は間違えていなかった。

 トレニアは絵姿越しにこの方ならと感じた。それだけの事だけど、何よりも大事な事だった。


「ベイセル様、決めるのは皇帝陛下ですが、ワタクシはこのままお話を進めたく思います。貴方はどう思われますが?」

「は……いえ、私としましては、この上ない喜びですが……その、気掛かりなことがありまして」

「まあ、何かしら?」

「我が国は一年を通してとても寒い国です。もちろん、城や住居等は防寒を徹底していますが、みごとな庭園はなく、暖かい日は僅かしかありません。そんな何も無い国なのです」

「気候の話ですわね。ふふ。それらも踏まえた上で、ワタクシは良いと思っていますの」


 ベイセルは微かに目を見開き、そしてぐっと拳を握りしめていた。父に似てどこか無骨な兄二人とは違う優美な男性。北方特有の透けるような肌の白さが立派な体格なのに繊細に思わせる人。

 信頼出来そうな人だと思う。

 マイナス面を隠す事なく告げる誠実さも好ましい。


「ベイセル様。貴方がお嫌でなければ、ワタクシは貴方と交流を深めて行きたいわ」


 意識して笑みを深くすれば、白い肌が赤く染った男がとても可愛らしい。


 この時のトレニアは国同士の利益とかその他諸々の事などすっ飛んでいた。

 胸の奥に小さく芽生えた感情がどのような形になるのかはまだ分からない。ただ、この男ならきっと大切にしてくれそう。それだけでトレニアは国の外に出る道を選んだ。

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