07 皇女達の帰国
「偉大なる皇帝陛下。無事帰還致しましたわ」
「ご苦労。書簡は受け取った。魔道具はどこに」
「こちらにございます」
親子の対面、ではなく皇帝と皇女として公の場で対面している。
アナベルが厳重に封をした魔道具入りの箱を掲げ、それを直接皇帝に渡すのではなく、一度侍従長に手渡してから渡るようにする。
「魅了の魔道具ですが、あちらの第一王子はカルミア、第二王子はトレニアを見て正気に戻りましたので、基本的に使用者が魅了を使ってかさ増しした魅力よりも美貌が上回っていたら効果が薄れるかと」
「そなたたちが使えば適う者はおるまい」
「いえ。ノスレッド卿は奥方様で正気に戻ります」
「ああ……好みというものがあるからな」
リュール=ノスレッドは皇女達に向かって「うわ、無理、その顔恐ろしい……吐きそう」と言ってのけた猛者である。顔を真っ青にして本当に嘔吐しそうになっていた彼は、整い過ぎた顔は気持ち悪いそうで。
奥方はどちらかと言うと厳つく、顔には大きな傷跡がある。人を守る為に出来た傷を恥じたとは思いませんな、と快活に笑う彼女はカルミアの剣の師であり、カルミアが嫁ぐ際には共に辺境伯領へ行きましょうか、と言っていた。
つまり、その夫のリュールは間違いなくついて行く。騎士の彼はどこでもやって行けるだろう。カルミアには何とか慣れたがアナベルとトレニアを見ては倒れかけているので二人としては珍しい反応に好感を持っているのだが。
なお、ルピナスに関しては年齢の割に幼すぎて子供として見ている。倒れられても困るのでルピナスは敢えて言わないが、少しばかり不満には思っているようだ。
「魅了の魔道具は使い方次第では確かに有効ですわね。初期の段階はあくまでも好印象をもたらすだけ。そこから強化させて依存させて精神を歪ませるのが問題ですわね」
「敵国同士の会談では多少空気が和らぐのではなくて? ワタクシはそう言った緊張感のある場を経験した事がありませんから分かり兼ねるけれど」
アナベルに続いて言葉を発したトレニアだが、皇帝とその隣に座っていた異母兄の皇太子が同じ表情で彼女を見ていた。
そりゃあ、この魅了の魔道具が小物に感じる位にはその顔だけで信者を生み出すトレニアだからな、と流石に口にはしなかったが、同席していた男性陣は同じことを思っていた。
歩こうが立っていようが座ろうが、トレニアはそこにいるだけで妖しく艶めいた空気を垂れ流し心を奪うのだ。
異母妹の誰か一人でも玉座を望んでいたら間違いなく皇太子は敵わないだろう。第二皇子は早々に臣籍降下を表明してる逃げる準備をしている。異母妹が怖すぎて第二皇子は美女恐怖症気味である。
彼の婚約者はどちらかと言えば地味な顔立ちで、周りに埋没する空気の持ち主だが、第二皇子はそれがいいんだよ!と溺愛している。
「『テンセーシャ』は帝国だけに生まれるわけではないと分かりましたので、これを機に他国に訪問しても良いと思いましたわ」
「わたし達四姉妹が行けば色々解決しそうですねぇ♡」
姉妹での旅行が楽しかったのか、また行きたいねぇ♡と隣に座る妹に話しかけるカルミアと、普段は面倒臭がりなのに楽しかったのか珍しく同意するルピナスに皇帝はなんと言えば良いのか分からなかった。
その代わりにアナベルに幾つかの質問を投げかけた。
「王国の令嬢をこちらに引き込んだとか」
「ええ。それが出来ない令嬢にはこちらの貴族を送り込みますわ」
「何故また」
「気に入りましたの。心も名誉も傷付けられながら決して安易な道を選ばなかった。それにショモナ王国は男尊女卑が未だ根付いていますが、これから先もあれでは駄目でしょう。帝国の手の者を送り込む良い機会ですわね」
従来ならば警戒されるであろう帝国貴族の婿入りだが、今回は大義名分がある。令嬢の名誉回復という大きな大義によりその裏は霞んで見えない。
気に入ったのは事実なので、有望でありながら家を継げない令息を送り出すつもりだ。
「今回は『テンセーシャ』に思い至らず初動が遅れた事が失敗でしたわ。今後の為にも属国全てに監視者を送り込み、『テンセーシャ』の早期発見を心掛けましょう。それと、他大陸からの渡航者が魔道具を持ち込んでいないかの徹底検査ですわね」
持ち込んだ劇団員は既に拘束している。
その人物は「魅力的に見せる魔道具」として購入したそうで、確かに演劇をする者には有効だろう。客が対象で触れることは無いのだから。
こちらの大陸に来て、プニカから接触があり、金貨を積まれて売ったのだという。
劇団員はそろそろ引退を考えていたのもあり、高く売れるのであれば、と売っただけで、それが魅了の魔道具とは知らなかったようだ。
劇団員は別に内部崩壊を狙った間諜ではない。ただ、持ち物を売っただけ。望んだ相手が悪すぎただけだ。
「それにしても、あの『テンセーシャ』、恐ろしいことを言っていましたわよ、お兄様」
「俺?」
「ええ。王国の王子や令息を陥落したら最後に帝国の皇太子ルートが開けて、その皇太子に愛され、皇后になる道もあったのに!と叫んでいらしたわ」
「……無理だろう?」
「ええ。属国の、しかも男爵令嬢で身持ちも悪い女など神が認める訳がありませんのに」
ねえ。怖かったわ。
彼女、気狂いでした。
アナベルお姉様とトレニアお姉様の呆然顔も素敵でしたぁ♡
さわさわと囁く妹達の言葉に震える皇太子。
――え、そんな異常者に狙われてたの、俺。婚約者いるけど?え?
動揺した彼の肩に皇帝は手をぽんと置く。
「余の時も出た。『テンセーシャ』はその資格もないのに何故かなれると信じている異常者だと思えば良い」
最早それが定番のように現れるものだから一応対策はある。それを使わない事が一番だが。
「ところでアナベル、トレニア。いい加減婚約者の選定を行わぬか」
キリッとした顔をして告げる皇帝に、名を呼ばれた姉皇女二人がそっと目を逸らす。
既に婚約者のいるカルミアと、既に選定に入っているルピナスは他人事である。こればかりは父が正しい。
姉二人が理由を付けて逃げていることは知っている。早く決めないと良い相手は減っていく。
「わたくしは、仕事が楽しいですから」
「候補の方、ワタクシとお会いするとまともに会話になりませんもの」
視線を逸らしながら言い訳がましいのは日頃から想像も出来ないことであろう。二人とも結婚すべきなのは理解していても、したいとなかなか思えないのだ。
「アナベル。俺の補佐をする為に皇城に残ってくれるのはありがたいが、お前が婚約すらしてない所為で問い合わせが止まない。さっさと決めてくれ」
「トレニアにも釣書の山が出来ているんだ。何時になったら本腰を入れてくれるんだ」
兄と父の言葉は逃げを許さない。さっさと候補を絞っていて良かったです、と現在三人の候補者と定期的に顔合わせをしているルピナスは憧れの姉二人を見る。
二人の言うことは分からないでもないのだ。トレニアは基本的に男性がうっかりのその色気に惑わされてしまって言葉を失う。
無骨で有名な将軍なら大丈夫では、と会話させたら、その将軍が純情すぎて挙動不審になった。
ならば女遊びに慣れている男なら、とはならない。流石に皇女の降嫁先なので。
トレニアの色気に対抗出来る相手を探してはいるのだ。帝国の外に出ることも考えたのだが、如何せんトレニアの信者が多すぎて騒ぎになるのは目に見えてわかる。
重鎮と呼ばれる老年の貴族なんかは下手をしたら着いていきかねない。国外に嫁入りの際に嫁入り道具の他に爺付きなぞ悪夢でしかないだろう。
「トレニア。そなたは夫は独占したい方か?」
「いえ? 貴族ならばワタクシ一人が宜しいですけれど、王族に嫁ぐならば必要な事ですもの」
皇帝がそうであるように、国を維持する為には一人でも多くの子は必須である。皇后が皇太子を産んでも更に二人目を産んだのは、必ずしも無事に育ちきる保証がないからだ。
側室達から皇女しか産まれなかったのはある意味奇跡であるし、皇位継承が拗れ無かったと言う意味では幸運だっただろう。
「ゾルダ王国から打診が来ておる」
ゾルダ王国は北方の雪に閉ざされた国である。
厳しい環境に置かれている国では子供が育つ事は実に難しい。食料の確保も中々困難であると聞く。
帝国の属国でないのは、その閉ざされた環境で帝国も支配しようと思わなかった歴史がある。
しかし、時代は変わりゾルダ王国も国として生き残る為に帝国への恭順と共に皇女を求めた。やり方としては間違えていない。新たに傘下に収まるのは支援が欲しいから。それを確実にするのは皇女を迎え入れる事だろう。
「現在の王太子がそなたと歳が近い。とは言えど八歳年上だが。婚約者はおらず、そなたは正妃として迎えられる。慣例として側室を入れる可能性は高い」
「それは構いませんわ。ただ、閉鎖的な国では余所者を受け入れにくい土壌が出来上がっておりますでしょう?そこの所はいかがかしら」
「そなたを蔑ろにするならば支援ではなく支配により国の名を消すこともあり得るとは伝えたが、何よりも大事にすると言っておってな……」
「そうですわね……王太子はどのような方かしら?」
「ふむ。絵姿を見る限りはアナベルに似ておるな」
皇帝が手を振ると、侍従長が静かに部屋を出る。きっとその絵姿を持ってくるのだろう。
「ニアお姉様。ゾルダは雪ノルシェが棲息しています。私、実際の雪ノルシェを見てみたいです」
ルピナスは本が好きだ。その種類は問わず、手当たり次第に読み漁っている。伝承や物語も好み、その中に出てくる雪国にしか棲息しない小さな獣を見てみたかった。
小さな頭に長い胴。尾も長くて素早しっこく可愛らしい顔立ちをしているという。
「雪ノルシェとノルシェは違うの?」
「ノルシェよりも小さくて真っ白な体なのです。雪の妖精とも言われていて、人に慣れる事もあるとか。ただ、暑い所は苦手らしくて帝国で見ることは出来ないのです」
姉の縁談はもちろん気になるけれど、それ以上に雪ノルシェが気になって仕方の無いルピナスは真面目な空気を崩してしまう。
ならばと便乗したのはカルミアで。
「わたしもレーグから聞いた事があるわぁ。ゾルダ王国では樹液を煮詰めて甘味とするそうですぅ。蜂蜜と違うみたいで食べてみたいわぁ♡」
カルミアは食へのこだわりが強い。それもあってか、ここぞとばかりに自分がまだ食べたことの無いそれへの興味を示す。
皇女達の拘りはそれぞれに異なる。
アナベルは仕事をする事が何よりも好きで、帝国内の移動も苦ではない。積み重なる書類を如何に効率的に捌けるか、自分のなかで目標立ててこなすのが趣味である。
トレニアは美容と芸術への拘りが強い。最先端の美容を社交界に広めるのはもちろん、多くの芸術家のパトロンとなり、音楽から刺繍に至るまで美しく素晴らしいものを見つけ出し世に広めることが何よりも喜びである。
カルミアの食への拘りは甘味だけでなく、あらゆる食べ物が該当し、この世にある美味を食したい。その願望と、神の加護が力に偏っていた事もあり、体を動かし、お腹を空かせて、沢山食べる。その循環が成り立っていた。
ルピナスは貪欲なまでの本狂いで、もっと多くの本を作って欲しいからと印刷と製紙の発展に力を注いでいる。羊皮紙は手間がかかる上に高い。そして印刷には向いていない。植物紙を大量生産して単価を下げさせた。
彼女達のこだわりは必ず発展に繋がるので皇帝も止められやしない。
「陛下、絵姿でございます」
音もなく戻ってきた侍従長が手にした大きなそれは肖像画だろう。基本的に肖像画は本人よりも良く描かれているので、それをそのまま受け入れてはいけない。
皇女達の場合は画家が「殿下方を表現しきれない……!」と幾人も筆を折ろうとした事がある。トレニアが止めたので彼らは今でも絵を描いているはずだ。
トレニアの前に差し出されたそこに描かれているのは、確かにアナベルと似たような色彩の男性であった。
無表情でこちらを見ている男は、白を基調とした装飾の多い服に、恐らくは毛皮のマントを片方の肩にかけていた。
「確かにお姉様に雰囲気は似ているわね」
頬に手を当て困ったような顔をするトレニアだが、少し考えた後「お会いしてみましょうか」と告げた。
「あれこれ考えるよりも、先ずはお会いしましょう。お姉様に中身も似ているならワタクシの中身を見てくださるでしょう?」
いつもの調子に戻ったのか、嫣然と微笑むトレニアにルピナスは抱き着く。やはりお姉様は麗しい。
なお、トレニアが顔合わせをする流れになり、アナベルは自分への話は流れたと安堵したところで「アナベルは後で話し合うので時間をあけるように」と言われ撃沈した。
次→1/1の10時に投稿します。




