ろく
『テンセーシャ』は帝国で頭を悩ませる存在であった。前世の記憶を持って生まれた、もしくは思い出したと宣う輩が定期的にぽこぽこと現れてくる。
偶に有能な者が文化の発展に寄与するが、八割は私利私欲の為に暴走しては被害を拡大させる。
特に十代の女性の比率が高い。
帝国にもいくつかの学園があり、総合学科、専門学科など用途に分けてその年頃の子供達は学園に通う。
貴族のみならず平民も通えるのは、それだけ治世が安定している証拠である。
その中で現れる『テンセーシャ』は何故か恋愛問題を巻き起こす。正直、帝国内だけの異常事態だと思い込んでいて、他国に現れるとは思ってもいなかったのだ。
これまでの事例から考えると、真っ先に『テンセーシャ』の存在を疑うべきだった。
皇女達が把握する時は大抵何故か婚約破棄とセットだったので、それ以前の段階で手を打とうとした国王と王妃は英断だったが、王国でこれなら他の属国でも存在の可能性が捨てきれなくなってしまった。
皇女達が実際に関与した『テンセーシャ』は二人いて、公爵令嬢と子爵令嬢であった。
子爵令嬢は自分を『ヒロイン』と自称し、公爵令嬢を『悪役令嬢』と叫んでいた。その公爵令嬢は婚約の解消を狙いながら別の貴族、具体的には辺境伯子息との婚姻を狙っていた。
だからこそ皇女が関与せざるを得なかった。
国内貴族の婚約等は貴族間でまず話し合い締結される。その後、王城内の専門部署に契約書を提出し、皇帝の許可を得る。政略だろうが恋愛だろうがその理由はどうでも良い。どの貴族と貴族が結びついたか、を把握するのが目的であり、直系皇族や傍系皇族の婚姻が多少調整される。
しかし、辺境伯家に関しては話が別である。帝国にある四つの辺境伯家は国の防衛を担っていて、どこと婚姻するかは重要であった。
皇族との関係を強化する為に数代ごとに皇女が降嫁する事が決められていて、件の公爵令嬢が狙った子息は水面下でカルミアとの婚約が結ばれようとしていた。
カルミアは自分で自分を守れるくらいには強い。武力面で言えば騎士に守られなくても十分に戦えるだけの力がある。
その為、辺境伯領でも問題なくやって行けると皇帝すら認めるほどだったので、まさか公爵令嬢が辺境伯家を狙っているなど想定もしていなかった。
そもそもの話、この関係については暗黙の了解で、大抵の貴族は理解していたから「あー、あそこの辺境伯家、そろそろ皇女が降嫁されるんじゃね?」的な軽い感じで皆思っているわけだから、辺境伯家から大々的に「今代は皇女様の降嫁は無いので嫁募集」と言うのを貴族的な言い回しにした感じで公言しない限りは縁談の申し込みをしないのは当たり前だった。
狙われた辺境伯家の子息は良い年齢で、婚約者がいないけれど嫁募集していないのはどの皇女が降嫁するのか選定してんだなぁーと大抵の貴族は思っていた。
それを公爵令嬢は知らなかった。婚約者がいないならフリーだから、私が行っても問題無い!と勝手に暴走して辺境伯家に押し掛けてしまい、皇女達の知るところとなった。
婚約一つにしても貴族と皇族では手続きが異なる。神殿との関係もあるし、物理的に帝都と辺境伯領に距離があるのである程度整えないと公表が出来ないのだ。
そんなわけで、公には婚約者はいないけれど、皇女の降嫁が決まっていた辺境伯家は驚いた。そりゃそうだろう。招いてもないのに押しかけ女房しに来たのだ。
皇帝から許可が出てないから公表出来ないけれど、婚約者は内定してるからとか言って穏便に返そうとするのに、公爵令嬢の私がいれば家が強化されるからとか何とか。
公爵令嬢より更に立場的に強い皇女が降嫁するのだから公爵令嬢を選ぶ理由もない。
下手に領邸に泊めて既成事実など作られたらたまったものではない、と辺境伯は速やかに公爵令嬢を領都でも最高級の宿に宿泊する手続きをし、子息と侍従と数名の騎士を帝都に送り出した。
けっして公爵令嬢に見つかる事が無いように気を遣いながら馬車は使わず馬で駆け抜けた一行は、帝都のタウンハウスで丸一日爆睡した。その間にタウンハウスを管理していた家令は皇城に遣いを出し、とんでもねぇ事が起きたんですけどどないしましょ、と意訳出来る手紙を届け、滅多にない辺境伯家の名前での緊急連絡に驚いた役人が宰相を経て皇帝に届けられ、最速の翌日に子息との面会が行われた。
当然、公爵は呼び出されたが、娘が行方不明になってる最中の呼び出しに苛立ちながら登城すれば、その娘は何と辺境伯家に押しかけ女房してるという。
公爵は当然この子息と皇女の婚約の段取りが組まれている事を知っていたのでそりゃあ驚いた。出奔するにしても何故そこ。しかも何故押しかけ女房。
何よりも自分の娘が皇女の婚約者(暫定)を横取りしようとしている事に本気で意識を飛ばした。
公爵令嬢押し掛け事件(仮称)をどうするか、となったところで話は聞きましたぁ♡と現れたカルミアは訓練後のトラウザーズにポニーテールと言った飾り気がない姿であったが、顔に変わりはなく。
白い肌は訓練後の為、ほんのりと赤らんでいるし、楽しかったからか目はきらきらのうるうるだし。
『可愛い』を更にバージョンアップさせたカルミアと初めて対面した辺境伯子息は心臓を撃ち抜かれ、鼻血を出して倒れた。刺激が強すぎたか、と皇帝が額に手を当てて天井を見上げたのは無理も無い。なお、公爵も流れ弾を食らって二度目の意識飛ばしをしたけれど、何とかすぐに復活した。
子息の鼻血を侍従が処理し、意識を取り戻した彼は夢見心地のままカルミアの前に跪き「俺と結婚してください」と皇帝の前だという事も忘れてプロポーズをし、カルミアは「はぁい♡ もちろんですぅ♡ ドラゴンが出るって本当ですかぁ? 討伐楽しみですぅ♡」と呑気に返していた。
公爵にカルミアのあれこれそれこれは結婚するまでどこかに言うんじゃないぞ、という分かりやすい脅しを皇帝から受けて頷いていた。
こうなったら告知だけ先にするか、とその日の内に辺境伯子息と第三皇女カルミアの婚約が決定した事を公表し、その事実をとカルミア、公爵が同行して辺境伯領に行く事になった。
公爵は娘を連れ戻す為であり、カルミアは「わたしの旦那様取るつもりなんていい度胸ねぇ♡」をやる為であったが、そこで公爵令嬢が『テンセーシャ』だと判明して、カルミアはアナベルに隼を飛ばした。最速でお手紙を送る為である。
そして子爵令嬢の事とかもろもろが分かり、二人の『テンセーシャ』の存在を認識した皇族は「クッソめんどくせぇ!」となりながら、子爵令嬢は研究施設へ送り、公爵令嬢は冷静になってまともなら普通の貴族令嬢として生きる道があるぞ、と示唆した。
結局、公爵令嬢は生きたかっただけだと泣きながら冷静になり、『テンセーシャ』についての研究に協力する事になったが、このインパクトが強すぎてプニカに繋がらなかったのだ。
まともな二割よりもやらかしの多い八割の『テンセーシャ』の存在は代々の皇帝の悩みの種で、研究施設はやらかした上で改善もしなさそうな活きの良い『テンセーシャ』を実験体にする、まあ、非人道的な場所である。
一応、衣食住は揃っているが自由も尊厳もない。そこに入れられる時点で人様の尊厳を踏み躙ったり、命を奪ったり、鬼畜にも程がある事をしでかしているので。
公爵令嬢のように冷静になって協力を申し出たものにはきちんと丁重に対応をしている。そりゃそうだ。倫理観を欠如させてる研究者でもそれは相手が踏み越えては行けないラインを越えたからで、そうでない相手にまでしたら研究者自身が処罰対象となるのだ。
プニカは全ての罪を着せられて、帝国が処罰すると言ったから皆が納得したのだ。
まあ、死んだ方が良かったと思う目に遭うだろうが仕方ないのだ。
段々変化する男達をおかしいと思わず、それどころか婚約者達を嘲っていた。彼女の家の自室から出てきた計画書には、令嬢達が二度と貴族としてやっていけないように暴漢なりなんなりに陵辱させる、みたいな事が書いてあったので悪質なのは分かるだろう。
それで自殺したら面白いのに、の一言はアナベルの怒りを買ったのは間違いない。
他者に強行しようとした事は返される。プニカは自らの計画で自滅する未来が確定していた。
王子を含む男を十人程侍らせた女がどんなものなのか、と好奇心八割で来たら、『テンセーシャ』と『魅了の魔道具』という最悪のコンボだと誰が思う。しかも、その魔道具は別大陸から持ち込まれたのだ。
来て良かったのは優秀な令嬢に紐を付けたりお持ち帰り出来るくらいだ。あまり後味も宜しくない。
罵倒されても彼を愛してるから支えたいの、みたいな『テンセーシャ』から聞いた単語で『ドメスティックバイオレンス依存』みたいなのがなくて良かったと思っている。
たまに居るのだ。彼には私しかいないから、と被害者が見捨てられなかった結果、加害者の成功体験となり同じ事が繰り返されることになる。
皇女達は暇でも善人でもないので、一度救いの手を差し伸べて拒否されたら二度目はない。
***
緊張に満ちた晩餐会が終わり、夜も遅い事から皇女と令嬢達は揃って王宮に泊まる事になった。最上級の貴賓室を四部屋。それから令嬢たちの為に十室も用意したメイド達は中々大変であっただろう。
サロンにて若い淑女達が就寝前の語らいをする事になり、皇女付きの侍女達の腕前を王国側に披露する事となった。
「プルメリア嬢、貴方のご両親は現在拘束されているけれど、何を望むかしら?」
「……私の、両親の死の真相を公表してほしいです」
プルメリアは今日来ていた夫婦の実子ではない。プルメリアの母の弟夫妻である。伯爵家の血は父親の方であり、母方の叔父では名乗る事すら許されないのに、父方の方が流行病でことごとく亡くなっていたことやプルメリア以外に血統のものが居なかったのが不運であった。
プルメリアが成人したら正式に爵位を継ぐ前提であくまでも保護者でしかなく、代理ですらなかったのに、いつの間にか彼らは堂々と伯爵を名乗って社交界に出ていた。しかもプルメリアを閉じ込めて。
学園に通うのは義務であり、無断の長期欠席は調査が入るので行かせていたが、監視をつけて余計な事を言わないようにさせていた。
婚約は両親の死の前に結ばれていて、それを本当は解消させた上で自分達の娘に挿げ替えようと企んでいたようだが、その前にプニカに陥落してしまい、叔父夫婦とその娘に嘲られ罵られ精神的に追い込まれていた。
両親が叔父夫婦に殺されたと知ったのは偶然で、二人の会話を盗み聞いてしまったのだ。
殺人者が家を乗っ取るばかりか、プルメリアの命まで狙っている。
どうしたら良いのか分からなくなっていた時に皇女達から救いの手が差し伸べられた。
権利が無いにも関わらず、伯爵を名乗り資産を食い潰していたことは重罪であり処刑対象である。その娘もまた、知っていて伯爵令嬢を名乗っていたが、彼らの身分としては平民である。
平民が貴族を詐称し、家を乗っ取り、更に貴族を殺した。
三人の処刑は決まったようなものである。
本来ならばプルメリアが名を継いで婿を取って家を繋ぐべきなのだろうが、それだけの気力がプルメリアには無かった。
家族は無く、領家の祖父母も無く、誰を頼れば良いのか分からない中で一人で奮闘出来る程プルメリアは強くなかった。
だからこそ、帝国の伯爵家と養子縁組をしてどこかに嫁ぐ事を選んだ。
領地と爵位は国に返上する事になる。叔父達が好き勝手にして荒れてしまった領地を立て直すこともせずに逃げ出してしまう罪悪感に苛まれていたが、王妃から「気付けなかったこちらの不手際です」と謝意を表されて、少しだけ気が楽になった。
両親との思い出の品は持って行って良いらしい。
事前調査の一環でプルメリアの状況が良くないので帝国で養子に、というのは決まっていたらしく、話をつけてくれていたけれど、実際は悲惨な状態だった。
「お父様とお母様には呆れられるかもしれませんね」
「そんなことないですよぉ。親は子供の幸せを願いますからぁ」
優しく甘いカルミアの言葉にプルメリアはほろほろと涙を零す。守りきれなくてごめんなさい、と泣くプルメリアをアリウムがそっと抱き締めた。
プルメリアが落ち着いてから皇女は改めて令嬢達に「結婚相手に希望する条件はあるかしら?」と問い掛ける。
ルピナスがしゅっと手を挙げて、「プリムラ嬢はジニアスを!是非!」と意気込んでいた。
真っ先に名前を呼ばれたプリムラは、ルピナスの護衛騎士で金髪碧眼で背が高く姿勢がよく端正な顔立ちのジニアスを思い出して顔を赤くする。
「ジニアスの好みど真ん中です。プリムラ嬢、是非ご一考を!」
余程、護衛騎士が婚約者も居ないことを気にしていたのかルピナスが珍しく力強く語るので、トレニアは気になった。
「どうしてそこまでまとめようとしているの?」
「ジニアス、幼女趣味疑惑掛けられてるんです」
どこからともなく、ブッ、という音が聞こえたが、淑女らしからぬので誰も聞かなかったことにした。
「単に好みの相手が居なかったし、私の護衛してる間は話し掛けられないから楽だ〜とか思って仕事してるだけなのに、私が好きで離れたくないんだ、という誤解をされているのです。失礼です」
ぷりぷりと怒るけれども全く怖くないし可愛いだけなので室内がほわんと緩む。プリムラは大人びた美人で落ち着きもある。脳筋の第二王子を支えるために包容力と聡明さもあり、第二王子の婚約者でなければ、と惜しまれていた令嬢だ。
更にいえば、ジニアスはルピナスの真逆の柔らかくて大きなお胸が好きな事をルピナスは知っているけれど言わない。折角のお嫁さん候補だから逃がすつもりはない。
「フリージア嬢には王立図書館の司書で本好きの令息がいるから紹介したいです」
「え、わ、私ですか?」
「ノグルド=ナラディフ著作の原本を読めるなんて語学力があるし、そもそもノグルドを読むのは相当の本好きです。私、フリージア嬢ともっと語り合いたいので囲いたいのです」
「落ち着いて、ルピ。貴方、何時もより興奮しているわね」
「ニアお姉様、ノグルドを語れる令嬢は滅多にいないのです。大抵はおじ様ばかりなのです。貴重なのです」
ふんすふんすと勢いづいているルピナスの頬をきゅっと抑えたトレニアが、「落ち着いて、ルピ?」と艶を込めて囁けば、ルピナスはあっという間にとろんとろんになったし、トレニアの信者になっていた令嬢も蕩けた。
「ルピナスの発言は置いておき、フリージア嬢はどのような相手を望むかしら?」
ルピナスをトレニアに任せ、アナベルが問えば、フリージアはあたふたしながらもルピナスをちらっと見て何とか口を開いた。
「ルピナス様が仰られた司書の方が気になります。私、本が好きで、でも婚約者は興味が無いどころか陰気だとか言われていたので……同じ本好きの方が、良いです。爵位とか気になりません」
「分かったわ。恐らくは子爵令息ね。未婚の司書の中でルピナスが目を付けているなら彼だわ」
アナベルの後ろに控えていた侍女が紙を手に何かを書き付けている。覚書だろうが、身動ぐ事なく手だけが動いているのは少しだけ怖い。
「ローゼル嬢はどうですぅ?」
「わたくしですか……そうですね……わたくしを、冷たい女、つまらない女と言わない方、であれば」
何度も言われた『冷たい女』『つまらない女』は見えない鎖であった。どうしてそんな酷いことを言うの。冷静沈着で素晴らしいと褒めてくれていた事を否定されてしまった。
寂しそうに笑うローゼルの隣に移動したカルミアがそっとその手を握る。カルミアの爪は何かを塗っているのか、艶々としているとその時気付いた。
「わたしの婚約者はねぇ、未来の辺境伯なんだけどねぇ、その隣の領地が公爵家なのぉ。そこの子息が筋肉ムキムキなんだけどね、すごく真っ直ぐなのぉ。一度会ってみない?」
カルミアはローゼルを気に入っている。嫋やかで、それでいて芯がある。一番貶められて居たのは彼女だが、真っ直ぐに前を向いて立っている気高さが美しかった。
学園の視察ではずっとカルミアについていたけれど、一度として不快さを感じなかった。それだけでカルミアが気にいるには充分だった。
「あの公爵令息ね。彼は面白いわね。わたくしは見るからに冷たい女の見た目だけれど、彼に言わせてみれば『殿下は火傷しそうな程の苛烈さを秘めているのですね!』だそうよ。貴方と彼、合うと思うわ」
「お二方が仰るなら……会ってみたく思います」
アナベルを苛烈だと評するその令息の言葉を否定しないのは真実ということで、カルミアも評価が高そうなので会ってみるのもいいかもと前向きになった。
王国の公爵令嬢が帝国の公爵令息と同じ地位ではないことくらい知っている。属国ならば2から3は下げて考えた方が良いことも。
それでも会ってくれるのかは分からない。ただ、今は言葉を疑うことの無い相手から真っ直ぐな言葉が欲しいと思った。
他の令嬢もささやかな望みを告げ、適した相手を的確にピックアップする皇女達はもしかして国内貴族を把握してらっしゃる?と疑問を抱いた。
「ベルお姉様は覚えてらっしゃいますよ。私は自分の気に入った人と、警戒対象者ですね」
「警戒対象者?」
「幼女趣味ですね。男女問わずです」
「ルーちゃん可愛いものねぇ♡ わたしはぁ、同年代の男の子かなぁ?」
「ワタクシはお姉様ほどではないですけれど、大半は」
それぞれに魅了が爆発しすぎて覚えてないといけない相手もいるのだろう。
そろそろ解散しましょう、とアナベルの言葉に淑女らしくしずしずと客間に入った令嬢達はそれぞれ「濃い一日だった……」と思いながら侍女達の手で入浴中に磨かれ、気持ち良く眠った。連日の疲れを取る勢いで爆睡だった。
続きは12/31の10時に。




