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顔面で殴る皇女様ズ  作者: 月森香苗
南の辺境伯領編

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51 可愛いに全振りした元皇女様⑥

短め。

二人の子供が産まれます。

 ご懐妊です。そう言われた時は驚いたけれど、嬉しいと素直に思った。

 年齢を考えるとそろそろ子供を、とは考えていたけれど、改めてお腹の中にいるのかと思うと不思議な気持ちになる。

 夫であるマディスとはきちんと夫婦であり、夜も共にしてきた。

 理解のある義父母のお陰で後継者として屋敷に籠る日々を免除され、ダンジョンに挑戦することを許されてきた。

 しかし、流石に子がいる状態では無茶は出来ない。

 喜びに満ちた辺境伯邸でカルミアは幸せそうにお腹を撫でた。


 ところで、カルミアは生まれてから一度も病気をしたことが無い。加護の事もあるのだが、そもそも基礎体力が違う。

 大抵の貴族令嬢が偏った食事をしたり運動をしないのとは異なり、よく食べよく動きよく寝る、実に健康的な生活をしていたカルミア。

 そんな彼女は今、ベッドから動けなかった。


「吐きそう……吐く……う"」


 口元を手で押さえ、込み上げる吐き気にカルミアは侍女のマキナが素早く差し出した桶を受け取った。


「悪阻は人によって変わるもの。わたくしの時はとにかく眠かったのよね」

「お義母様……こんなにつらいことは、はじめてで、う"ぇ」


 涙目になりながら抱える桶を手放せないカルミアの傍で、義母のノルシェは水の注がれたグラスを差し出す。

 硝子製品が順調に製作されるようになったお陰で、辺境伯邸での食器には多用されるようになってきた。

 見た目が涼しいし、残量もわかりやすいとあって、落とさなければ案外使い勝手が良い。

 口の中をすすいだカルミアは大きなクッションを背凭れにぐったりと沈み込んでいた。


「短い期間であることを祈るしかないわね」


 ノルシェはこうして頻繁に様子を見に来てくれるが、嘔吐する様を見られたくないと最初は断っていた。しかし、辺境伯家はそもそも戦う兵士達を抱える家であり、過酷な訓練の後に吐き戻す彼らを見た事など何度もある。

 ノルシェは気にする事はないと言ってぐったりとしているカルミアを気に掛けてくれていた。

 特に今は夫が不在であるし、縁の深い公爵家の若夫人も滞在している。あちらはあちらで眠気が凄いようで、一日の大半を寝て過ごしている。

 親友のローゼルがここにいるのは偏にカルミアが招いた女性医師にある。帝国内でも屈指の腕前を持つ女医は、元はトレニアの医師だったのだが、彼女がゾルダ王国へ行き、有能すぎる医師を国が手放すはずもなく。

 ならばと手厚い王都よりも、場所柄どうしても医師が少ない辺境の地へ赴いてくれたのだ。

 専門は女性に関わることで、妊娠は病気では無いと言え、貴族の子というのは大きな意味を持つ為、高い身分の女性の肌に直接触れられる女医は重宝されていた。

 ローゼルの様子を見たあと、カルミアの元を訪れた女医は、痩せてきたカルミアを見て少しだけ眉を顰めた。


「カルミア様は元々体が出来ておりましたし、健康でもありましたが、やはり食べる事は大事なのですが……」

「食べたら、吐く」


 誰よりも食べる事が大好きなカルミアが食べられない事にショックを受けたのはレーグであった。ありとあらゆる食べられそうなものを模索するも、温かいものは基本的に無理で、味の濃いものもだめ。辛うじて果物が食べられるかどうかと言った状態で痩せ始めてきてしまった。


「とにかく今は果実で乗り切るしかないですね。食べないとお腹の中がしくしくと痛み始めて余計に気持ち悪くなりますので」

「はぁい……ぉえ」


 頷いてすぐに吐き気が込み上げるのだから辛い。

 夜も満足に寝られず、初めての苦しみにカルミアは何度も泣いたが、在宅している時のマディスは寄り添ってくれた。

 慣れない手付きで背を撫でられるのは過去に惨事を引き起こさたので、そっと手を握ってくれただけだが、それでも一人ではないという安心感がカルミアを慰めた。


 約二ヶ月、そんな状態が続いた後、ようやく悪阻も落ち着いたカルミアは体の負担が少ないようにと考えられた料理を食べて泣いた。


「お"い"じい"~~」

「はー……ほんと、良かったぜ」


 泣きながらも食べる手を止めないカルミアを見てレーグは安堵したし、義父のロデリックやノルシェも安堵の息を吐き出した。

 マディスも痩せてしまったカルミアが心配で仕方なかったが、ようやく安定した事に喜んだ。

 客として滞在しているローゼルはカルミアと同じく妊婦だが、眠いだけで食に困らなかったので申し訳なさを感じていたが、ノルシェから「人によって違うもの。気にしてはいけませんわ」と告げられて頷いた。


 それから様々なことが起きたものの、カルミアは時が満ちて子を産んだ。

 カルミアの髪と同じ色をした男の子である。まだ生まれたばかりなのでどちらに似ているかは分からないが、マディスにどちらかと言うと似ているのでは、というのはノルシェの言であった。

 公爵家に戻ったローゼルも間もなく子を産むのだろう。親友と同じ歳の子を産むというのは未来が楽しみであった。


「マディス様、名前は決まったぁ?」

「うん。父上にも相談したけど、俺が決めたよ」


 赤子は乳母の手に委ねる予定だった。しかし、予定していた乳母は急遽解雇された。その裏には色々あったのだが、屋敷に務める侍女達の手を借りながら育てる事となった。


「リヴェン。それが君の名前だよ」


 カルミアの腕の中、おくるみに包まれた小さな小さな赤子の手にそっと触れながら、マディスは愛しさと祈りを沢山込めた声で名を告げた。

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