04 視察の終わりと魔道具
にっこりと笑う顔は可愛いのに、発言が王子や令息の心を冷やしていく。プニカを可愛いと思っていた。出会った瞬間に心がときめき、愛しく感じた。何をしても可愛くて、彼女に心奪われた他の男たちよりも自分を選んで欲しくて。
しかし、圧倒的に可愛いと言える皇女を目にした瞬間にその気持ちが吹き飛んだ。今までであったらプニカの言うことは何でも聞いてやりたかったのに。こちらが彼女の命だけでも救おうと跪くように言っても全く理解していないことに苛立った。そして今、地面に押し付けられている彼女を見てふと思ったのだ。
どこが可愛いと思ったのだろう、と。
ジーミスの好みは可愛いよりは綺麗の方で。婚約者のローゼルのような――……。
何時からローゼルを疎ましく思い手酷く扱うようになった。学園に入学するまでは良好な関係だったはずだ。それなのに、何時から一緒に行動しなくなった。何時からローゼルの顔に笑顔が無くなった。何時から自分がこんなにおかしくなった。
「ローゼル…俺は、いつから、君に」
「殿下。皇女殿下の御前です。言葉は慎むようお願い申し上げます」
突き放すような言い方に心臓が締め付けられる。学園に入る前にはあったローゼルからジーミスへの優しい感情はその目から失われていた。
「んー…ジニアス、その女の首にネックレスありますか?」
「確認させましょう。トリシャ」
「はいはい。あー、ありますね。外します?」
「はい。持ってきてください」
「やめ、なに、外さないでっっ!」
カルミアの隣に立ったルピナスが変わらぬ愛らしい笑みを浮かべたまま己の騎士に問い掛けると、聞かれた騎士は女性には触れてはならないと同僚の名を呼んだ。
プニカが抵抗するように体を動かそうとするが、鍛えられている騎士が本気で押さえ込んでいるのだ。無駄でしかない。トリシャと呼ばれた女性騎士が容赦なくネックレスを外すとそれを己の主の元へ差し出した。
「うーん…これ、魔道具ですね。魅了の魔道具。まあ、そこまで強いものじゃないでしょう。カルミアお姉様の顔の方が余程魅了出来ますね」
「ルーちゃんいい子♡ ふぅん。魅了の魔道具ねぇ。それに引っかかったのぉ。まあ、そっちは抵抗の関係があるから仕方ないとしてぇ…遺物である魅了の魔道具は古代の時代ですら使用を禁じられていたのにぃ、どうやって手に入れたのかなぁ?」
魔道具はもはや入手が出来ない貴重品である。その為、かなりの高額であるし、所有する場合はどの国でも、帝国ですら所有の申請をしなければならない。
中には危険なものもあり、そういったものは国が管理するか、適切に廃棄するのが大陸共通の決まりである。
その中で、見つけ次第直ぐに国へ報告し封印措置を取らなければならない魔道具の一つが、魅了に関するものである。国一つを滅ぼしたことすらある魅了の魔道具は無断所有でも重罪なのに、無断使用となると処刑となる。
「まあ、これが魅了の魔道具であると証明するのはこれからですけど…本物であると証明されたら、処刑ですね」
「仕方ないよぉ。だってそう決まってるもの。まあ、さっきの様子だと知ってそうだったけどねぇ。外されたら困るって感じだったしぃ?」
「しょ、けい?」
「そうだよぉ。知らなかったぁ? 魅了に関する道具は所持も使用も禁止されてるのぉ。所持に関しては国の魔道具管理をするところが適切に保管する決まりになってるのぉ。大陸全土で通達がされてるはずだしぃ、貴族は特に知らされてるはずだけどぉ?」
「知らない知らない知らない知らない! なに、だって、好感度アップのアイテムでしょ! これ! 何周も繰り返しやってきたんだもん。絶対に間違えてないもん。なんなのこれ、何のイベントなの。バッドエンドなの。でもこんなの知らない。何なのよ。バグ?バグじゃん。こんなのおかしいよ。あたし、ヒロインなのに処刑っておかしいよ。バッドエンドでも処刑なんて無いのに。逆ハーエンドまであと少しだったのになんでよ」
突如錯乱したかのようにブツブツと呟き出すプニカを見てルピナスはくるりと体の向きを変え、優雅に紅茶を飲んでいたアナベルへと視線を向ける。
「ベルお姉様。恐らく、『テンセーシャ』とか言うものだと思います」
「いやね。帝国だけではないの? 宜しいわ。処刑ではなく施設に入れましょう。あそこの研究が捗るわ」
「トリシャ」
ルピナスが名を呼ぶだけでその意を汲み取った女騎士がプニカの意識を落とした。
ジーミスは何とか理性を取り戻したが、第二王子のマースルはプニカに未だ意識を囚われている。魅了の魔道具とやらは使用者から外されても効果があるのか。今なら異常さがよく分かる。
一人の女を競い合うように求める。好みでも無いのに強制的に意識をそちらに向けられて。
「トリシャ、それは荷馬車にでも乗せておきなさい。貴方達の馬車を譲る必要はありません」
「ええ。人として最低限の扱いをすればよろしいわ。お姉様はお席に座って待っていてくださいな」
カルミアとルピナスの後ろから現れた二人の皇女を目にした誰もが身動きすら取れない。マースルも今の今までプニカを気にしていたはずなのに。
カルミアとルピナスの愛らしさとはべつの頭を殴られたような圧倒的な美が、魔道具によって歪められていた感情を正常に戻す。
帝国が誇る美しき皇女は誇張でもなんでもなかった。
「もうこの場に用はありませんねぇ。アナベルお姉様、トレニアお姉様、視察を再開いたしましょう」
「アリウム教諭、先導をお願いするわね」
「皇女殿下、こちらへどうぞ」
令嬢達が皇女達に手を差し出す。学舎からこのガゼボまでの道は整えられているとは言っても外であり、不測の自体に備えて令嬢がエスコートをしているのだ。アリウムもアナベルに手を差し出していた。
用があるのはプニカだけであり、籠絡された原因が分かればそれで良く、王子達に気を配る必要は最早無くなった。
原因さえ排除すればこれからスムーズに彼女達は解放されることだろう。
彼等の変貌が魅了の魔道具であったとしても、令嬢達は心無い言葉をずっとぶつけられていた。魔道具の所為だから仕方ないと言って許せるほど大人ではない。
柔らかい心は傷だらけで、見えない血がずっと流れていたのだ。そんな彼女達に許しを与えよなど残酷な事を言うはずもない。
ローゼル達に必要なのは解放と心の静養、そして新しく一歩踏み出す環境だ。
***
学園の視察はあの後滞りなく終えた。
男爵家には帝国の皇女への暴言を理由に拘束したこと。魅了の魔道具を所持、使用していた可能性が高く、調査の結果が出次第になるが、帝国にその身柄を渡すのであれば、この二つの件については罪に問わないと伝えた。
結果、男爵家はプニカを切り捨てた。
元々プニカは男爵の愛人が産んだ子供で、正妻が亡くなった後に愛人とプニカを引き取ったそうだ。
正妻との間に娘が二人いたのだが、愛情は欠片もなく、後妻が入ってから二人は使用人として扱われていた。
正妻の子供はトレニアが貰い受けた。一人金貨一枚で売り払われた正当な娘二人は酷く衰弱していたので帝国の使用人に世話を任せ、同行してきた医師に診るよう命じた。
二人はプニカに関する全てに関与していなかったので救出した。
帝国側は暴言と魅了の魔道具に関しての罪は問わなかった。しかし、十名を超える王族と高位貴族が絡んだ婚約を壊した罪は男爵家が責任を取らなければならない。慰謝料がどれくらいになるかは想像もつかない。取り潰しは決まっているけれど、生きていられるかどうかまでは関係の無い事だ。
夜に晩餐会を控え、昼から入念に手入れをしながら体を磨く。毎日丁寧に磨かれている体はどこもかしこもが艶々でぴかぴかである。
イーゴス宮殿で皇女達は部屋を近くにしていた。帝国ではそれぞれの離宮で生活する為、他国でないと入浴の後、着替えが始まるまでの時間に集まるなど出来ない。
当然のように最も格式の高い部屋を妹達から渡されたアナベルは持ち込んだ外部に見られても問題ない書類を捌きながら晩餐会の事で盛り上がる妹達を眺める。
相変わらず男の立ち入りは禁じられている為に室内の警護は女性騎士が務め、アナベルの背後にも専属護衛が静かに立っている。
神の加護持ちの皇族は暗殺されないようになっている。物理的は勿論、毒ですら無効となるが、実は殺せないわけではない。精神的に弱らせ自死に導く事は可能といえば可能である。
ただし、皇族は精神的に強い。厳しい教育により強靭な精神が作られるのだ。そこで失われるのはか弱い乙女的な何かであるが。
「レーグと王宮の料理人のどちらの腕が上かなぁ」
「ミアお姉様の舌に合うのはレーグの料理だけですよね? 分かって言ってますよね?」
「うん♡」
「美容に良い食事なら良いのだけど……貴族は野菜をあまり食べないと聞くわ。ワタクシ、お野菜と果物が無ければ困ってしまうわ」
「ニアお姉様の美が損なわれるのは困りますぅ!」
「世界の損失です」
今日も下の妹達が上の妹に対して過激で面白いわね。
アナベルの表情は、教育関係なく元々乏しかったけれど、可愛い妹達はそんなアナベルの感情を的確に読み取ってくれる。何て素晴らしく優秀なのだろうと、やはり妹達に対して過激なアナベルは、扉をノックして入室してきた己の専属侍女が静かに近寄り小声で報告してきた内容に少しだけ表情を変えた。
「トレニア。先日、流行りの事で歌劇について調べていたわね」
「ええ。ジューノに調べさせましたわ。特に問題があるようには思えませんでしたけれど」
「魅了の魔道具を持ち込んだのはその歌劇団の一人らしいわ」
「まあ。どうなさるの?」
「確保しなさい」
アナベルの声に室内で静かに佇んでいたメイドがすっと頭を下げると音もなく部屋を出ていく。彼女はアナベルに与えられた通称「影」であり、あの顔は本来のものではないという。あくまでも彼女は中継役で実働部隊は他に居る。
「別の大陸から魔道具が持ち込まれるのは困るわね」
「魅了もだけどぉ、隷属の魔道具とか面倒ですもんねぇ」
「古代の魔道具で便利なのもあるけれどそれ以上に厄介なものが多すぎて困るわね」
「道具がないと支配出来ないなんて能力がない証拠です」
好き勝手に言う皇女に侍女が冷静な声で告げた。
「そろそろ御召替えの時間にございます」
「あら、そんな時間?では部屋に戻りますわね」
「晩餐会楽しみぃ♡」
「外に出たくないです……」
各自が部屋に戻り、侍女達が全力で己の主を飾り立てた。
ドレス、装飾品、髪型、化粧品、全てにおいて最高のものを使う皇女は歩く広告塔でもある。彼女達が使っている時点で多くの令嬢や夫人はそれを求める。
他国に初めて出た四人の皇女が見せる最先端の姿は、ショモナ王国の貴婦人たちにどう映るかすらも計算の内である。
「彼女達に間違いなく届けたわね?」
「はい。ご本人に間違いなくお渡しいたしました」
「よろしいわ。今日の晩餐会で彼女達は婚約者に蔑ろにされた令嬢の名を返上することになるわね」
アナベルが手配したのはプニカにより不遇な目に遭っていた令嬢達への贈り物である。晩餐会に彼女達は皇女の名で招いている。但し、彼女達には開始よりも早くに来るよう記載していた。
令嬢の中には家族との仲があまり良くない者がいた。招待状の存在を知られれば屋敷に監禁されかねなかった為、影を送り護衛させた上、必ず連れてくるように命じた。その令嬢に関してはドレスも無かったので、皇女が持ち込んだ中で体型からアナベルのものを一枚渡すことにした。
「家族に恵まれず、救いの手だった婚約者は籠絡され、それは本人に魅力がないからだと罵る理由にされる。全てに置いて女が悪いとされる風潮がくだらないわ」
女性の当主が認められていても、本質的に男尊女卑の思考は植え付けられている。女の幸せは結婚し子供を産むことであるという思考もやはり残されている。アリウムのように教師をしているだけで文句を言う者もやはりいるのだろう。
彼女の婚約者の男は学園で教師をしていたがプニカに籠絡されていた。世間はそれを許せるのだろうか。例え魔道具による影響だとしても、それを知らない保護者からすれば、一人の女子生徒を恋愛感情で見ていたということに他ならず、信頼は地の底に落ちたとも言える。
女に我慢を強要しながら男が好き勝手に振る舞う理不尽が罷り通るなど帝国ではありえない。それを皇后が許さないからだ。
側室達が皇后に従うのは、女性としての尊厳を皇后が守ってくれると知っているから。
アナベルの母には本来別に思う男性がいた。しかしその仲は引き裂かれ、親の手で側室として送り込まれた。皇后は美しい側室が失ったものを共に悲しみ、そしてアナベルの母に約束した。
一度皇帝のお手がついた者を後宮から出す事は出来ないけれど、ここに居て良かったと思えるように必ずするから、と。
悲しみにくれていた心を掬いあげた皇后にアナベルの母は絶対的な忠誠を誓っている。アナベルは幼い頃からそれを教えられて生きてきた。
「婚約を破棄された女は瑕疵がある、などというのもおかしいのよ。男性有責であっても何故女性に瑕疵があるのかしら。わたくしはそんな理不尽を許さないわ」
これまでの価値観を全て覆すのは無理だろう。しかし、今宵令嬢達の価値は一気に変わる。
彼女達を愛し守っていた家族ならば最大の幸福を、蔑ろにしてきた者、嘲っていた者にはとびきりの地獄を贈ろうではないか。
皇女四人は美しく微笑む。アナベルが滅多に動かさない表情が一変する時がある。それは怒りが根底にある微笑みの時だ。苛烈で冷たく凍てつく様な美しい微笑みに耐えられるのは彼女の家族だけである。




