45 【辺境伯邸】元皇女が冒険者活動を休む理由
カルミアの体調が思わしくない。
そんな訳で、久しぶりに実家に用意されているカルミアの部屋で彼女を休ませたマディスは両親と談話室で対面していた。
現辺境伯のロデリックと夫人のノルシェはまだまだ現役で働けることもあり、マディスとカルミアに自由を許してくれていた。
とは言えども、自由に対しての見返りは求められていて、ダンジョン内での希少な鉱物や魔物素材を提供する事になっていた。
ダンジョンから得られる多くの物資は世界の常識を覆すもので、いち早く入手し、解析する事はとても重要なことだった。
今はいわば黎明期。全てが手探りの中で価値を定めて行くことは、これから先の未来において重要なことである。その役割をロデリックは務めてくれている。
大型獣の出現頻度が極めて少なくなったことで、時間的な余裕が出来たのも大きい。
帝国どころか大陸の中でも最も危険な地帯として知られていたバドシュラ辺境伯領。代々の当主は英雄と呼ばれるに相応しい働きをしていたからこそ、その実績が彼らの定める「価値」の信頼に繋がっている。
マディスは、過去から今に至るまでの当主達が積み上げてきた信頼の重みを時折痛感する。
「カルミア様はお部屋で休まれているのね?」
「はい。ここ最近ずっと微熱が続いていまして。本人も初めての事に困惑しています」
カルミアは神の加護が武力に出たのだけれど、それに伴いとても強い体をしていた。生まれてから一度も風邪を引いたことがないのだと言う。なんなら熱すら出ない。
それなのに微熱が続き、気持ち悪さを感じるということにマディスの方が慌てた。
「まあ。まあまあまあ!マディス、お医者様は手配したの?」
「はい。呼び寄せて今診てもらっています」
「そうなのね。あら、いやだわ。そうよね、あなたはそう言ったことを知らないものね」
不安そうにしていた母ノルシェだが、マディスの言葉に何故か目を輝かせ始めた。父ロデリックは初めこそノルシェに対して不謹慎ではないか、のような目を向けていたが、少し時間を空けて「まさか」と呟いた。
「若様、お医者様の診察が終わりました」
「すぐ行く」
マディスにとってカルミアは初めて顔を合わせた時からずっと最愛の人である。あの時のカルミアはドレスを着ていなかった。皇女らしからぬ姿であった。しかし、それがカルミアである。
カルミアは特定の一部を除いて誰もが可愛いと断じる、兎に角可愛いを体現したような女性だ。
皇女を望むならば多くの男達の中から選ばれるのを待つしかないのだが、マディスはその争いとは無縁のままカルミアを妻に出来た。
彼女はマディスが守らなければならないような人ではない。自らの手で敵を切り伏せられる強い人だ。しかし、それでもマディスにとって唯一無二の存在なので。
彼女の体に何か深刻な病が出来ていたらどうしよう、など不安に駆られながらカルミアの部屋に向かう。
カルミアがこの世から居なくなれば、マディスは間違いなく後を追う自信がある。そんな自信は捨ててね♡とカルミアが聞いたらそう答えそうな考え。
「ミア、大丈夫だった?どうだった?」
「落ち着いてぇ。大丈夫よぉ」
元とは言えども皇女であったカルミアを診察するのは女性の医師である。その医師の表情も穏やかで、マディスは漸く落ち着いた。
「あのねぇ、病気じゃないの。ふふ。ねぇ、来年にはお父様になるのよぉ?」
「……え?」
「わたしはお母様なのねぇ。流石に冒険活動はおやすみかなぁ」
カルミアガそっとお腹を撫でる。その動作に思考が止まっていたマディスはじわじわと理解が及び。
衝動的にカルミアを抱き締めた。
「俺とミアの子が?」
「そうだよぉ。ふふ、嬉しい?」
「ああ。もちろん!」
少し前に親友のバルグスから子供の話をされていた。バルグスも公爵家の跡取りとして子をなす必要がある。彼の妻でありカルミアの大切な心友でもあるローゼルからその話が出たと聞いて、マディスもそれとなく自分たちの子供について考えたことがあった。
マディスよりもカルミアに似た子がいいな、とか、男ならともかく女の子なら間違いなく嫁に行かせたくないと泣きそうだな、とかふんわりそんな事を考えていた。
しかし、その取り留めもないただの夢想が実際に目の前に現れた時。
マディスは泣いた。あまりにも嬉しすぎて涙が止まらなかった。
カルミアはそんなマディスを笑いはしなかった。背中に手を回して柔らかくポンポンと叩きながら「可愛い旦那様ねぇ」と笑っていた。
直ぐにこの慶事は両親にも伝わり、即座に箝口令が敷かれた。
カルミアの症状から察したノルシェとマディスを妊娠した時のノルシェを思い出していたロデリックは察したらしいが、確定となった事で大層喜んでいた。
とは言えど、まだ初期の段階で決して油断は出来ない。当然だけどカルミアの冒険者活動は休みとなる。
安定期になるまでは公表をせず、この屋敷でカルミアが生活する事は確定となった。
公表はしないが、同じパーティを組んでいるバルグスとローゼルには話をしておかなければならず、翌日に二人を招いて改めて報告をすると、ローゼルが大いに喜んだ。
そのローゼルも翌月には同じように子が出来たと判明した。
レドニージュ公爵家も同じように箝口令が敷かれたものの、公爵夫妻の喜びようはバルグス以上だったらしい。そして、神に「ローゼルさんに似ますように。ローゼルさんに似た子が産まれますように」と本気で祈っていたとげんなりとした顔で報告しに来たバルグスにマディスは大いに笑った。
暫くは女性二人抜きの男二人でダンジョンに登ることになる。妻のそばに居たいものの、やれることは少ないし、それならばダンジョン内にある食料となるものや希少な薬草を手に入れた方が彼女達のためになると思ったのだ。
ローゼルは公爵家ではなく辺境伯邸で預りとなっている。公爵家としては大切な嫁はこちらで、と思うものの、カルミアの診察をしている医師は帝国内でも屈指の女性医師である。
カルミアと共に診察してくれることや、カルミアと共にローゼルの為にもレーグが妊婦の体に良い食事を提供してくれるなどの良い点から、ぎりぎりまで辺境伯邸での生活を許した。
何よりも、どこよりも防衛的な意味で安全な場所である。大型獣による危険が減った今、堅牢な城は外部からの敵を侵入させない安全な地帯となっている。
カルミアも親友がそばに居ることで安心出来ているし、ローゼルもそれは同じようであった。
マディスは来年の今頃は賑やかになっているのだろうな、と考えながらバルグスと共に妻のためにと今日もダンジョンに向かった。
カルミアとローゼルの年齢的に子供はそろそろ、と思っていたのでここで。
書いていませんがこの時点でゾルダ王国のトレニアは子供が産まれています。両親のいいとこ取りな女の子と男の子の双子。
カルミアとローゼルの出産とかはさらっと流します。が、旦那ふたりが嫁の為に彼女達が食べたがる食材を取りに行く話は入れます。




