44 【酒場】風猫族のアイナ
短め。
アイナは風猫族という種族の若者である。平均年齢が三百歳で、五十歳は成人を迎えた頃という歳だ。
諸々の事情から人間以外の種族は封印され、千年間眠りについていた。寝て起きたら千年が過ぎていて世界はすっかり様変わりしていたが、寝る前よりも空気は良くなっていた。
戦争と亜人狩り、瘴気に満ちた世界は息苦しかったのに、いまはとても居心地が良くなっている。
人間至上主義者とやらは絶滅したらしい。創世神が態々人間に教えてあげたそうだ。人間だけが特別なのではないと。
風猫族は風との相性が特に良く、身軽な者が大半で、風の流れに乗って空を歩くことも出来る。
頭部に猫の耳があり、周囲の音を聞き分けるのが得意で、冒険者をしているいまはとても役に立っている。
アイナは一族揃って今でも残っていたアンザス帝国のバドシュラ辺境伯領に移住した。ここは大陸を見ても特に亜人が住みやすい環境だった。
南部に広がる広大な森は人間には生きにくい場所でも亜人種にとっては楽園にも似ていて、アイナの一族の中でも高齢の者は森の中に居を構えた。
アイナは今の世界を楽しみたいと冒険者になり、他の種族の者とパーティを組んだ。
共通点は無類の酒好きという事である。
ダンジョンに潜るのは三日後で、それに向けて準備を整えていたアイナは夜になると酒場に赴いていた。
前よりも良いのは酒が美味しいことだろうか。
「アイナちゃんいらっしゃーい!ひとり?」
「そうだよ~。エールと腸詰めひと皿ね。あ、腸詰めは焼きでお願い!」
「了解」
酒場の看板娘は常連になったアイナを知っていたので明るく声を掛ける。
元々ここの領地は他の地域から人が集まるような場所だったし、大型獣討伐の場所ともあってか豪快な者が多い。
亜人が封印から解かれて現れても排斥しようという考えは無さそうだった。
それはここの領主の子息であり、討伐の前線にいたマディスの根回しのおかげでもあった。
千年も経過していれば言語は変わっているもので習得には少し時間がかかったものの、神と戻りつつある精霊、そして亜人達も知る大魔法使いリーチェデルヒのお陰で何とかなった。
看板娘が「お待たせー!」と持ってきたエールと焼いた腸詰めは最高の組み合わせだろう。
ドワーフのおかげで作られるようになったガラスのジョッキに注がれた黄金色のエール。
フォークを腸詰めに刺して口に運び噛み切る瞬間のぶつりとした食感と、じゅわ、と広がる肉汁が最高。
飲み込むとすぐにエールの出番だ。
口の中に広がるこれか最高なのだ。
「アイナちゃんアイナちゃん。特別なお客様にだけの特別な情報があるんだけどぉ~」
看板娘のニナがによによ笑いながら耳打ちしてくる。悪意が無いからアイナも「え~なぁに?なぁに?」と軽く答えたのだけれど。
「こっち来て」
テーブルが並ぶ大きなホールでは無く、店の奥の特別な部屋へと連れていかれたアイナは流石に驚いた。
ここの酒場は代々の領主様一家の御用達で、その為のお部屋が今向かってるところなのは本人から聞いている。
「若様から【古きを知る者】が来たら飲ませてあげてって言われたんだよね」
「お酒なの?」
「そう。まだ表には流れてないんだけど、絶対に流行るからってうちが保管してるのよ」
ニナ曰く、このお酒はゾルダ王国の王太子妃からマディスの妻で元皇女のカルミアに贈られた物だという。
その王太子妃もゾルダ王国にいる大魔法使いとやらから言われて作ったらしいよ、とニナは言う。
「トレニア様からカルミア様に贈られた特別なお酒なんて貴重すぎて保管するのも震えるのよ!」
「へぇ。カルミアは同じクランだから分かるけど、そのトレニアって人は?」
「そっか。アイナちゃんは知らないんだっけ。カルミア様のお姉様で帝国の第二皇女なの。ゾルダ王国に嫁がれたのよ」
「へぇ。カルミアのお姉さんならやっぱり可愛い系?」
「物凄い色気のある美女よ。えーとね、あ、これこれ。少し前の皇女様達の姿絵よ」
ニナが特別室の棚から取り出したのは四枚の姿絵。ドレスを着た四人の女性の内、一人はよく見ているのでわかる。似ているので画家の腕が良いのだろう。
いずれの女性も系統は違えど頭をガツンと殴られるような美しさや可愛らしさをしていた。
種族ごとに好みというのがあるけれど、それとは違う衝撃だ。
こちらがトレニア様よ。とニアが指差したのが黒髪に黒子が妖艶さを加速させている美女。
姿絵からでもわかる、スタイルの良さにアイナはそっと己の胸に手を当てる。風猫族は胸にこだわりはないけど、雌なので少しは珍しい要素は欲しい。と思っていたら、ニナもそっと胸を押えていた。
「そ、それでね、トレニア様が贈られてきたのがこれよ!」
特別室に置いてある小型の冷蔵庫という魔導具から取り出したのはきんきんに冷やされたガラスのジョッキ。
満たされているのはエールに似た色で。
「ちょ、エール?冷やしたら美味しくないじゃん!」
「エールに似てるけど違うのよ。えっとね、ラガーって言うんだって。これは冷やして飲むものなの。はいっ!飲んでみて!」
色はエールに似てる。でも匂いが違うな、と思ったアイナはとりあえず飲むか、と持ち手をしっかり掴んでごくりと飲む。
そしてあまりにも飲みやすくて驚いた。
「え、飲みやすい。美味しい!」
「作り方は分からないけど、これをね、うちで取り扱うの。その為の専用の転移陣を作ってくれたのよ」
世界に広める前提で縁があるからと特別に、とこの店を贔屓にしているのはマディスを通じてカルミアが使っているからだ。
在庫を管理する倉庫には厳重な鍵をつけているらしい。
「アイナちゃんや【古きを知る者】の皆はお酒が好きでしょ?人間以外もいけるならって思って。実験体にしてごめんね?」
「こういうのなら大歓迎だよ~!」
苦味は多少あるけれど飲みやすいラガーとやらは間違いなく仲間にも受け入れられる。確信がある。
特にこれはドワーフにウケるだろう。
「これ、三樽はうちで抑えときたいな」
「マスターに相談しておくね」
この日より半年後、ゾルダ王国から各国の縁あるものに贈られた「ラガー」は好評を博し、新たなる酒として爆発的に広まる事になった。
製法は当面の間、秘匿とされており、ゾルダ王国には注文が殺到して品薄になる中、バドシュラ伯爵領にあるとある酒場では確実に飲めるとあってそれを知る者は足繁く通う事になる。
しかしその話はあまり広まらなかった。噂が広まれば自分達の取り分が減るからという理由だからだ。
彼らは乾杯をする時にまずこう告げる。
「我らがカルミア様に乾杯」
カルミアとトレニアが姉妹だからこそこうして飲めるからだ。
アイナは笑う。今の世界が好きだと。美味しいお酒に美味しい食事。ダンジョンなんてものが出来たけど、刺激的で毎日が楽しい。
戦争も亜人狩りも無い今の世界なら、笑って生きていける。
現実とは異なるのでさらっと流して下さいませ。
子の話はお酒造りについて詳しく書くことはないです。
魔法で色々してたりする、という逃げを残しておきます。




