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顔面で殴る皇女様ズ  作者: 月森香苗
南の辺境伯領編

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39 【クランハウス】お酒の話

 カルミアが結婚してからバドシュラ辺境伯領に移動して良かったと思うのは、義父となった辺境伯や義母の夫人が代替わりまで自由にして良いと言ったことだろうか。

 元々南の辺境伯領の役割は他の地域と異なり、他国からの防衛ではなく南の森から現れる大型獣の討伐であった。

 今はダンジョンが出来てそちらに力が流れているのか、出現頻度は減ったし大きさも以前に比べれば小さくなったと言う。

 バドシュラ辺境伯領とレドニージュ公爵領は隣接していて、代々当主同士は仲が良い。若い頃に共同で討伐してきたからだが、それに倣うようにカルミアの夫になったマディスと公子のバルグスは親友同士であった。

 バルグスの妻になったローゼルはカルミアが属国で知り合った公爵令嬢だった人で、バルグスとローゼルを仲立ちしたカルミアは初めて心から友人と言える人を手に入れた。

 四人で冒険者になったのは、率先して冒険者ギルドの知名度をあげる為、というのが表向きの理由だが、ローゼル以外の三人が単に魔獣討伐をしたかったからに過ぎない。

 ダンジョンが出来て未知の世界に心躍らせ、食料事情も大いに変わった。

 ダンジョンは大陸の至る所に出来たようだが、辺境伯領に出来たダンジョンはその中でも最大規模で、バドシュラ辺境伯領の領都には冒険者達が集まるようになった。

 土地だけは広く、戦士などが多くいた場所なので多少荒くれた冒険者が増えようとも何の問題もなかった。

 何せバドシュラ辺境伯家の家訓が『強さこそ全て』であり、領民はその教えに従って鍛えているからである。

 長年に渡って最前線で命を張ってきた男たちはもちろん、女だって覚悟が違う。いつ何時大型獣が前線崩壊で襲ってくるか分からないのだ。

 それに、討伐が完了した後の解体作業には女も駆り出されていた。肝が据わっているのだ。まあ、大半は肉の山分けに参加して確保する為だが。

 そうした辺境伯領の特に領都にはあっという間に宿が建てられたし、冒険者ギルドの支部も作られた。更に、亜人達もかなりの数が移住してきた。

 鍛造が得意とされるドワーフや戦闘によって力を示すドラゴニュート、獣人族や、魔素が多くあるからと森の民もいそいそとやってきた。

 辺境伯領の人々は初めて見た亜人達に驚いたが、すぐに受け入れた。そもそも大型獣なんてものが大陸で唯一見られる特殊な場所なのだ。多少見た目が自分達とは違うからと言って言葉は通じるし、迷惑をかけられた訳でもない。

 人間同士の方が言葉が通じない事だってあるのだから、拒絶するはずもない。それに、神様が同じ子だと言っていたではないか。

 一気に住人の増えた領都は発展して行った。


「我が領の黄金桜桃の酒の生産が追いつかん」

「あれ、すっごく美味しいもんねぇ♡わたしも好きぃ♡」


 ここは辺境伯領内の貴族が建てたものの管理が出来なくなり手放した大きな屋敷である。そこをマディスとバルグスが連名で買い上げてクランの為のハウスにしたのだ。基本的に【白金の守護者】はバドシュラ辺境伯領とレドニージュ公爵領出身の冒険者しか入れない。

 その中で家を持たない者は一時的に住んでも良いことになっている。三階建ての三階部分にかつての使用人の為の部屋があるのだが、ベッドと机や衣装棚が備え付けられていて、一人ならばそれで充分らしい。

 あくまで一時的である。家賃としてお金を払うか食料を納めることを義務付けている。

 カルミア達は貴族なので社交シーズンになると帝都に向かう必要がある。しかし、それ以外の時期は当主からの許しが出ているのでダンジョンに登ることをしていた。

 そしてその時期はこのグランハウスに滞在しているので、もれなくレーグが着いてきている。すっかりクランメンバーはレーグの料理に腹を掴まれて、我先にとダンジョンに入っては珍しい食材を入手してレーグに献上するのが日常の後継となっていた。


 そんな屋敷の一角、談話室で話をしていた四人の中でバルグスは「沈鬱……」と言った表情で腕を組んでいた。

 レドニージュ公爵領は黄金桜桃と言う果実が唯一取れる領地で、それで作られた果実酒は皇家にも献上されるほどの逸品である。

 等級が下がったものは安価に手に入れられるのもあり、バドシュラ辺境伯領にも流通していたのだが。


「亜人の皆、お酒好きだよねぇ」

「美味しいですからね」


 うっとりと頬に手を当てて味を思い出しているカルミアと、同意するローゼル。華やかな外見の二人は簡素な服を着ていても、ただ居るだけで高貴さが隠せていない。


「最近、別の果実を酒にしてみるかと挑戦したのだが、味を見てくれるか」

「綺麗な色だな。これは果実の色なのか?」


 薄い青、と言うよりは青紫色というのだろうか。瓶の底に小さな濃い丸の果実が沈んでいて見た目だけで美しいのがわかる。


「領民は山青葡萄と呼んでいるもので、潰すと色がつくからと好まれていなかったのだ。しかし、森の民がこれは酒にすると美味いと言ってな」

「トレニア様からお砂糖や樹蜜を沢山送って頂いたのです。それを使って少量ですが作ったものです。お飲みになってくださいませ」


 ローゼルがグラスを四つ用意した。このグラスはドワーフから技術を教わった領民が作り上げたもので、あまりの透明度に言葉を失った。辺境伯夫妻にも献上されて、今や特産の一つとなっている。

 そのグラスに注ぐとなんとも美しい色合いではないか。


「甘くて美味しい~!黄金桜桃とは違う風味でこれ、好きぃ♡」

「これはいいな。甘いのは甘いが、飲みやすい」

「ええ。色合いはお食事の時に合わないかもしれませんが、パーティーの時に良いと思いますの」

「それとは別にリーチェデルヒ殿から内密に依頼されて作った酒があるんだ」


 カルミアとマディスが新たな果実酒の味見をしてその爽やかな甘さを堪能していると、バルグスが声を落として内密の話を始めた。


「我が領が酒造りをしていると知って、いくつか提案されたものがある。蒸留、という過程を経て作る酒だ。どうやら古代では一般的だったようなのだが、争いの中で技術が喪失したらしくてな。エールやワインはどこでも作っているが、そこから更に一手間掛けた酒なんだ」

「古代の酒ならドランに聞いてもらった方がいいんじゃないか?」


 語ったバルグスにマディスが最適と思われる答えを告げたのだが、バルグスとローゼルは顔を見合せて、そして二人揃って困った顔をした。

 ドランとは鍛治職人であり、冒険者にもなっているドワーフである。【白金の守護者】に属していて、この屋敷の敷地内にある離れを彼を含むパーティが貸し切っている。そのパーティは亜人のみで構成されていた。

 ローゼルは談話室の扉がきちんと閉まっていることを確認した上で、布で厳重に包んだ入れ物をテーブルの上に置いた。


「ほんの少しだけ、舐めてください。一気に飲んではいけません」


 小さなグラスに少量だけ注いだそれは無色透明なのだが、やけに酒の匂いがきつい。カルミアは舌先でほんの少しだけ舐めたのだが「ひゃあ」と驚きの声を出して口を押さえた。

 それに対してマディスは目を見開いたものの、なるほどと頷いて理解したようだ。


「作り方は今は秘匿とさせてくれ」

「うん。これは、ドランに飲ませる前でよかったよ」

「このお酒もいくつか作り方があり、現在専用の醸造所を隔離して作ってもらってるのだが……」

「これをこのまま飲むのではなく、他の果実を絞ったものを混ぜたりして飲むそうですの。ただ、これだけだと恐らくとても強くて……」

「他にも別の酒も作っているが、そちらはワインのようにしばらく時間を置いた方が良いらしくてな。まあ、この酒をどうするかということだ」


 その酒はひたすらに「強い」と感じるものだった。一気に酔いが回るようなもので、カルミアは顔を赤くしていたので、ローゼルが「治癒魔法」の一つ、酩酊を治める魔法を掛けた。これはこの酒の作り方を教えてもらった時に必要だから、と態々サーヤが真顔で丁寧に魔法陣の構成を教えてくれたのだ。

 酩酊も一つの「状態異常」で、思考能力の低下、運動能力の低下など、魔力を帯びた植物の中にはそんなものが現れることもあるのだとか。

 日常生活にも役立つからと言われたのだが、確かにそうだとローゼルは実感していた。


「取り敢えずこれはまだ公表しない方がいい。山青葡萄の果実酒はいいと思う」


 マディスの言葉に頷いたバルグスは「ドランに渡すか」と封を開けていない山青葡萄の瓶を手にする。透明の酒はローゼルが収納のリングにささっとしまった。見られたら絶対に持っていかれるのがわかっているからだ。


 カルミア達が離れに向かおうとしていると、途中でマディスとバルグスがクランの会計係をしてくれているリュール=ノスレッドに声を掛けられた。

 リュールは皇城で文官として勤めていた男性で、カルミアの剣術の師であり彼の妻であるダラと共にバドシュラ辺境伯領に移住した男である。

 元々は辺境伯家に雇われて分館の仕事をするはずだったのだが、ダラが「姫さんが冒険者すんならあたしも冒険者やるかな」と言った事で変わった。

 リュールには戦闘の腕前はない。欠片も無い。妻は人を守る為に顔に大きな傷を負ってなお戦うことを辞めないタイプだが、彼はその後ろで守られる力的にか弱い男だった。

 その代わりに頭だけは良かった。賢すぎて、カルミア達が立ち上げるクランの致命的な欠点を理解していた。ローゼルは他国の王妃になるはずだった人で、調べたら中々に優秀だと分かっていたが、残りの三人は馬鹿では無いけれども頭を働かせるよりも体を動かした方が楽しいタイプだった。

 活動というのは必ず金が掛かる。屋敷を買い取っても、維持費などは必ず出ていく。個人でするなら問題は無いが、集団ともなればそうはいかない。

 しかも冒険者ギルド設立にあたってリュールは意見を求められていて仕組みはある程度理解していた。

 専属の会計係がいないと詰む……だって生粋の高貴な人々は金貨の存在は分かっていても使い方を知らないことが多いもの……と遠い目をしながらリュールは妻の為にもその役割に就くことを申し出た。

 商人をしていたとかでない限りは金に関してズボラな者が多く、【白金の守護者】のクランメンバーは自分が稼いだ金の管理をリュールに丸投げする者もいた。

 リュールは契約の神の神殿に赴いて不正を働かない、と誓っている。それは皇城の文官を辞めても継続されるのでかなりの信頼を得ていたのだ。

 銅貨一枚ですら過不足なくきっちりと帳簿を付け、冒険者達のお金の管理までしているリュールをマディスとバルグスもかなり信頼していた。


 そんなリュールに呼ばれた二人にカルミアはバルグスから果実酒の瓶を抜き取ると「わたしとローゼルで行ってくるねぇ~」と言った。不審者避けの魔道具は至る所にあるし、そもそもカルミア自身が強い。ローゼルも護身術などは学んでいたので何かが起きることは無いだろう。

 二人の男が頷いたので、カルミアとローゼルは軽やかに離れへと向かって行った。


 離れは本館とは違って小さな作りだけれど、亜人達には問題が無かったらしい。今日はロダンだけが残っているはずなのを知っていた。

 玄関先には呼び鈴なるものがあり、紐を引けば中で来客を知らせる鈴が鳴る。少し待っていたら、内側から扉が開いて二人よりも背の低い髭の豊かな男が出てきた。


「お!姫さんがたじゃねぇか。どうしたんじゃ?」

「ふふ~!良いもの持ってきたよぉ~」

「レドニージュ公爵領で新たに作った果実酒を持ってきました」


 はい、とカルミアが後ろ手に隠していた瓶を渡した男こそ、ドワーフのロダンである。彼は封印される前は鍛治一筋だったらしく、今は勘を取り戻すためにダンジョンに潜る時以外は領都の鍛冶屋の一角を借りている。

 彼は【古きを知る者】と言う亜人のみで構成されたパーティで盾を持って防衛に徹する役割を担っている。

 このパーティは全員が酒好きという共通点を持っている。


「おお!前に貰った黄金桜桃の果実酒は中々に美味かったが、今度はなんだ?」

「山青葡萄というものです。我が領地に来られた森の民に教わりました」

「なるほどな。良い色が出てんな。これを儂一人で飲みきったら怒られそうだ」

「お一人一本になるようお持ちしています。中で出しても?」

「そりゃあありがたい!ささ、入ってくれ」


 共同で使っているのと、とても綺麗好きが二人いるからかキッチンスペースのテーブルは綺麗なもので、ローゼルはその上に四本の瓶を取り出して置いた。


「儂らからすれば寝て起きたら千年すぎてたから実感はあまりわかなかったんだが、酒や食い物を見れば時代が違うのがわかる。昔はあった酒が今はもうないとかもな」


 座ってくれ、と言われて椅子に腰掛けた二人と向かい合うロダンは少し悲しそうだったが、酒が無くなったことが悲しい以外はそこまで困ってなさそうではある。


「エールやワインは美味くなったんだがなぁ。昔はそりゃあもう火を吹きそうなほど強くてきつい酒があったんじゃ。他にも何年も、何十年も熟成させた酒とかな」

「ロダンはそのお酒が飲みたいのぉ?」

「そりゃあもちろん!ありゃあ飲み方が色々あるが、儂らドワーフは氷を入れて一気に飲んだもんだ。誰が最後まで倒れずに居られるかで賭けをしたものよ」

「へぇ~」


 ローゼルはその酒を持っているが、今は出さないと話し合ったので出すつもりはない。しかし、彼らにとってはつい最近まで飲んでいた感覚のものが無くなったら悲しいだろう事は理解した。

 せめて量産体制が整う見込みが立ってからならば、とローゼルはカルミアに視線を寄越した。




 それから半年後、ロダンは差し出された「ヴォドカ」という無色透明の蒸留酒の瓶を差し出されて泣く事になるが、それはまだ先の話。

リュールとロダンは出しておこうと思ったので出しました。

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