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顔面で殴る皇女様ズ  作者: 月森香苗
南の辺境伯領編

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38 【15階層】スパイシーシエニ三昧

レーグ視点です。

 カルミア、マディス、バルグス、ローゼルの四人に加えて料理人のレーグの五人は【美食の卓】と言うパーティ名でダンジョンを登っていた。

 神様が作ったダンジョンには未知の素材が溢れていた。見た目からしてアウトなものもあるが、中には帝国とその周辺国から取り寄せた様々な食材を味わってきたレーグの舌を唸らせる食材が溢れていた。

 レーグは料理人である。ダンジョンやら冒険者には一切興味が無かった。しかし、ダンジョン内で未知の食材があると聞いてからやる気が出た。

 そしてそのレーグはこの五人の中で誰よりも装備品に恵まれていた。


「これ、本当に不思議だよな」


 レーグの目の前には半透明の板のような物が浮いていた。これはレーグにしか触れないものである。その正体は、レーグが腰のベルトから吊り下げている『マジックバッグ』という物の中身一覧である。

 約二年ほど前、ゾルダ王国へカルミアに連れて行かれたレーグはリーチェデルヒとサーヤと言う二人の魔法使いに食事を作った。そして彼等が異世界とやらから来たこと、そこは数え切れないほどの豊富な料理に恵まれていることなどを聞いた。

 異世界の料理に興味を示したレーグは彼らの言うままに再現をした。それは二人にとってもう食べられないと思っていた味らしく、お礼として、「時間停止機能付き、容量無制限、中身閲覧管理可能」と言う機能付きの鞄や野外でも問題無く調理の出来る魔道具などを貰った。

 バルグスの掌くらいの大きさの鞄の中に収納したいものを目で見て認識して望めばシュン、と入っていく不思議な鞄は役に立った。

 レーグ程ではないけれど、容量は屋敷の部屋一つ分と言うマジックリングなるものを四人はサーヤから受け取っていた。

 これは試作品らしい。異世界の物語の中で使えそうな物を再現する事にハマっているサーヤは、他にもマジックテント、というものを作った。魔道具の馬車をベースにしたもので、テントの中はとても広々とした空間が広がっている。

 カルミアとマディス、バルグスとローゼルは夫婦なので個室を一つずつ。レーグは特にこだわりは無いし、料理の仕込みなどをしたいのでリビング部分に「ソファベッド」とサーヤが言った長椅子よりもふかふかとして背もたれが可動式となっており広げたらベッドになるものを使っている。

 火を使わないキッチンのおかげで安全だし、本来ならば外に見張りを立てたりするのだが、中から出入口の布を本体と紐で括ると結界が張られて第三者が侵入出来なくなるそうだ。

 レーグは戦闘を基本的にはしないので、戦う四人にはしっかり休みを取ってもらいたい。

 外の様子が分からないのも困るので、外からは中が見えないが、中から外は見れる小窓があるのもサーヤの配慮なのだろう。


「今日はぁ、スパイシーシエニを集めたいなぁ」

「いいな。あれは美味い」

「レーグさんがいらっしゃるから楽しみですわ」


 ダンジョンは未知の場所で魔獣が出るが、元々南の森から現れる大型獣を討伐していた戦士や従来の冒険者は嬉々として上層階を目指している。

 【白金の守護者】の中には既に30階層まで到達している者もいるが、【美食の卓】は死んではならない面々な事もあり割と慎重に進めている。とは言えども25階層には到達しているらしいのでペースが遅いわけではない。

 そんな彼らが15階層を選んだのは、ここに出てくるキノコの魔物「スパイシーシエニ」が非常に美味だからである。

 魔物の中には食べられる美味しいものが数多くいる。兎や鹿の魔獣なんかはかなり美味しいとの評判にレーグも興味を引かれていた。

 更に、「ピップリ」と言う木には胡椒のようなものがなっているそうだ。胡椒は原産国が限られているので、ダンジョンで類似品を入手出来るならば世界の流通事情が変わってしまうだろう。


「スパイシーシエニだけじゃ足りないから小さな魔獣がいたら狩ろうか」


 マディスの提案に頷いた面々は準備をする。5階層ごとにある魔獣が近寄らない「セーフティゾーン」という場所にテントを出して一夜を過ごしたお陰で体調は良い。ここまでにも色々と料理に使えそうな食材や魔獣を狩ったが、上の階になるほど希少で美味しくなるとの事で、レーグは三十歳を超えてもになっても楽しみはあるんだなぁと中々にこの冒険者活動というものを楽しんでいた。


 なお、レーグは魔獣の解体が出来る。動物と同じと思えば特に難しい事ではなかったが、流石にカルミアは良くてもローゼルには刺激が強かろうと目の前で捌くことはしていなかった。

 しかし、ローゼルは命を頂くのですからと気丈にも解体の様子の見学を申し出た。

 最初は倒れそうになっていたが、慣れてきたのか魔獣と動物の違いなどを魔導書とは別の本に纏めていた。これはローゼルが倒してきた魔獣を書き記しているそうなのだが、売れば金になりそうだなぁと思いながらも敢えて口にすることはなかった。


 ダンジョン内は洞窟みたいな場所もあれば砂漠地帯や水辺、湿地帯、そして今のような森林地帯などありえない環境が構築されているらしい。

 10階層までは洞窟みたいだったり石造りの迷路のようであったりするのに、それを越えると信じられない世界が広がっている。


 その中で森林地帯は視界はあまり良くないが、気候的にはマシらしい。

 時折攻撃してくる小さな魔獣をマディスがさくさくと仕留めていく。マジックバッグの中に生き物は入れられないが、死んだ後なら入れられるとの事で、それらをレーグが収納するのだが、無制限とあってかなりの備蓄が出来ている。

 これは【白金の守護者】の奴らの携帯食料を作れるか、と思いながら目にした草などを摘んでいると、少し開けた場所に出た。


「前回もここでスパイシーシエニが出ましたね」

「レーグはぁ少し離れててねぇ」

「分かったよ」


 非戦闘員のレーグは彼らが見える場所に移動し、これまたサーヤが作ってくれた自分の身を守る結界を張れる魔道具を起動した。

 小さな四角い箱の一つの面にボタンが付いていてそれを押すと起動するらしい。これで背後から魔獣に襲われても耐えられるのだ。


 そうして少しした頃、刺激的な匂いがして、空から大きなキノコが降ってきた。 傘部分は赤く軸?体?部分はベージュの色のそれは動いていた。


「わー!大型個体だぁ♡」


 嬉しそうに言うカルミアだが油断はしていない。バルグスは盾を構え、カルミアとマディスは剣を構えている。ローゼルは後ろに立って魔導書を広げると幾つかの魔法を味方に放った。それは支援の為の魔法で、腕力を上げたり動きを早くしたり、防御の力を上げたりするものらしい。

 レーグも一応魔法は使えるが威力は低い。その代わり、色々な属性が使える。精霊と話せる知人となった森の民に聞いてみると、普段から料理をしていて火や風、水や土と近いところにいるから精霊が気に入っているから、だそうで。

 確かに水とか便利だもんなぁ、と魔法が使えるようになってから調理の幅が広がったのは間違いない。


「レーグに調理してもらうのだから極力綺麗な状態を維持で」

「そうだな!」

「これだけ大きければ量に困りませんね」


 【美食の卓】はまさにその文字の通り美食を味わう為なのだが、彼ら四人が食べる事を実に好んでいるのが大きい。

 皇帝や皇后すら認めたレーグの腕前。カルミアについて辺境伯領に行くとなった時に皇城の料理人は元より、皇族個人からも引き抜きがあったが、レーグはカルミアに拾われて彼女の為に腕を上げたので全て断った。

 いまでも間違ってなかったと自信を持って言える。

 カルミアと同年代の彼らはレーグの作る料理を満足そうに食べてくれるし、あれが食べてみたいとか、これを使ってくれと要望を伝えてくれるので調理のしがいがあった。


 さほど強い訳ではないらしく、あっという間に倒されたキノコが草の上に倒れているので近寄ってマジックバッグに収納する。放置しているとダンジョンが呑み込んでしまうらしい。なので倒されてすぐでなければ、ダンジョン内で魔獣の死骸を見ることはない。


 森の中を歩くこと一刻(2時間)ほど。セーフティゾーンに戻って調理をし、一泊して帰還することになった。クランメンバーなら使えるクランハウスと言う屋敷だとそこに住む者もいて、取り分が減るからというのが最大の理由である。


 途中で寄り道をしながら三時間かけてセーフティゾーンに戻ると、テントをマジックバッグから取り出す。

 マジックバッグには個人認証とやらがされていて、レーグ以外が使えないようになっているから、偶に他の冒険者と場所が被った時に羨ましそうに見られるが、そろそろギルド経由でそれなりに高価ではあるが販売されるとのことだ。


 テントの中に入る。個室の他に浴室もあり、男女に別れて二人ずつ入浴するようだ。レーグは最後に入る事にしている。たまに一番の時は解体に失敗して血塗れになった時だろうか。



 スパイシーシエニは動かなければ大きなキノコで、テント内での解体は無理なのでマディスとバルグスに協力してもらい外で小分けにしてもらった。バルグス二人分の高さのキノコは普通ではない。

 解体された先から収納し、次は魔獣である。これは、小型ばかりなのでレーグだけでも良かったのだが、沢山食べたい男二人が小型ナイフで器用に皮を剥いで捌いていった。


 山となった肉はそのまま中に運び、その頃には女性陣が入浴を終えていたので男性二人が浴室に向かった。本来はこんな快適な野営などありえないのだろうが、恵まれているしレーグとしては心の為にも安心出来た。何せ一人は臣籍降下したと言えども皇女なのだ。万が一の事があったらと思うと恐ろしい。


「レーグ、今から作るのぉ?」

「おう。スパイシーシエニは肉厚だからステーキ、ミルク煮、肉と合わせてこの野菜で巻いても美味そうだろ」

「うんうん。冒険者始めて良かったなぁって思うのがぁ、手掴みで食べる事なんだよねぇ」

「最初は慣れませんでしたけれどね」


 サンドイッチですら一口大に切った物を指で掴むお嬢様方には信じられなかっただろうが、マディスとバルグスは討伐の関係で野外料理にも慣れていて、手掴みで食べるのに抵抗は無さそうだった。

 とは言えど、カトラリーや木皿はあるので一部の料理だけだ。

 スパイシーシエニだけでも量はあるが、時間があるので思う存分作ることにした。余ってもマジックバッグに入れておけば作りたてのままというのは料理人としてありがたいことこの上ない。


 魔道具をバッグから取り出してキッチンの周囲に設置すると調理を始める。

 じっくり中まで焼くなら石窯だったのだが、オーブンと言うものは便利だ。しかも、よく食べる者が多いので大きいサイズだから調理は楽なのに、魔晶石のお陰で安全に作れる。

 キッチンも魔道具で調理台の端には火の魔晶石を埋め込んだコンロが三箇所。レバーを上げれば水が流れる筒。異世界のキッチンはかなり効率を重視しているらしい。

 作業台は調理台の後ろに広げているのだが、椅子に座ったカルミアとローゼルが目を輝かせてレーグを見ていた。

 手伝いをしたいのだ。最初は拒否したのだが、レーグが居ない時に作れるようになっておきたいと言われて悩みに悩み、彼女達の夫からも頼まれて簡単なところから教える事にした。

 刃物は使わせない。怖すぎる。カルミアは剣は振るえても包丁は無理だろう。ローゼルに至っては未知すぎて恐ろしすぎる。男性陣の方がまだナイフの使い方を理解していた。


「この豆のスジ取りをして下さい」

「はぁい」

「わかりましたわ!」


 莢付きの豆を深皿に入れ、スジを入れる小皿とスジを取り終わった豆を入れる空き皿を置けば二人はソワソワとしながら手を出した。

 その間にレーグはゾルダ王国から送られた雪山牛のバターやミルクを出した。濃厚で美味しいのだ。

 野菜を食べやすい大きさに切り、温めた大きな鍋に野菜を入れて炒める。肉やシエニはフライパンで炒めて後で合わせた後、雪山牛のミルクで煮込むので軽く炒めればいい。鳥の魔獣の肉は塩コショウを揉みこみ、腹の中にサーヤが教えてくれた「コメ」と言うものを詰めてオーブンで焼く。肉汁をたっぷりと吸い取ったコメは間違いなく美味しかった。ハーブも擦り込むと香りが良くなる。

 スパイシーシエニを厚めに切り、バターで焼き上げる。スパイシーシエニはその名の通り、そもそも香辛料の味付けをされたキノコらしい。焼いただけで腹が減る匂いが漂う。

 以前、豚のような魔獣で作ったベーコンと薄切りにしてソテーしたスパイシーシエニを葉物野菜で包む。しゃきしゃきとした食感は勿論、健康の為にも美容の為にも野菜を食べてもらわなければならない。

 高貴な人は野菜を好まないらしいのだが、トレニアやサーヤにより野菜の重要性を叩き込まれたカルミアとローゼルは一部の野菜を除いて食べてくれるので料理のレパートリーが増えてレーグ的には助かった。

 キャロットとオニオン、スジ取りをしてもらった豆を茹でて莢から取り出してマリネにしたものは口の中をさっぱりさせるだろう。

 コメはサーヤ曰く主食なのだそうで、煮るとかではなく「炊く」と言う特殊な技法で水を含ませて火を通すのだが、時間が掛かるのと慣れていなかったので、サーヤの所で大量に作って収納していたのを使っている。

 慣れていないと硬いところが残って美味しくないのは経験で知っているが、あれは悔しかった。


 いつの間にか風呂を終えたマディスとバルグスはそれぞれの妻の横に座ったので、軽食代わりのサンドイッチを出したら四人とも勢いよく食べていた。

 調理器具のお陰で随分と楽が出来ているレーグは、ついでにデザートを作ることにした。

 凍らせた果実を「ミキサー」と言う刃物が底にに付いた瓶の中に入れて砂糖とミルクを少し入れると蓋を抑えて起動する。透明な瓶は中が見えるのでドロドロになるのが分かる。

 それをそこは浅いがそこそこに大きな角皿に流し入れて、冷凍庫と言う魔道具の氷が作れる棚に入れておく。これが凍ると中々に美味しいものが出来上がる。


 それなりに時間が掛かったものの、完成したのでテーブルに並べようとしたら、カルミアに「先に入浴してきてねぇ」と押し出された。

 レーグは風呂というのに慣れていない。シャワーというものはそんなレーグにとっては楽なもので、取っ手を捻るとお湯が出るので髪の毛と体を纏めて洗った。

 短い時間で充分なレーグがキッチンに戻ると、四人がせっせと更に料理を盛ったりしていた。貴族のお抱え料理人としては盛り付けにも拘るレーグだが、今は冒険者で人目は無いし、何よりも皆腹を空かせている。

 大皿に乗せて自分の皿に取り分ける事を教えたのはマディスで、カルミアとローゼルは楽しそうにしていた。


「はいはい。後は俺の仕事ですからね」


 レーグは料理人なので譲れない部分はある。

 慣れた手つきでぱぱっと準備をする。使用人が主達と同席など許されないのだが、それすら冒険者の時は関係ない。

 目の前で美味しそうに食べる姿を見てレーグは心が満たされる。


「スパイシーシエニ、美味いな。これと薄切りの牛肉にレタスなんかを挟んだバゲットサンドとか冒険者には良いかもな」


 思い付きでいえば、四人がぐるんと首を捻ってレーグを見た。


「レーグ、明日の朝」


 カルミアの間延びした何時もの口調ではない真剣な顔。

 はいはい、と言ってレーグは頷いた。明日の朝食は決まりだ。ローストした魔牛の薄切り肉は鞄の中にある。

 夕食を食べながら朝食の献立を考えるレーグは、よく食べよく笑う、外では決して見ることの出来ない10歳近く年下の若者たちを見て微笑ましく思った。

この章は、ご飯回の時は【場所】食材、と言ったサブタイトルで一話完結型になると思います。

サーヤのおかげで地球の料理とか調理家電が出ます。

書き手としてはとても、楽です……。

次回は酒飲みパーティの一人が出ます。

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