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ショモナ王国第一王子ジーミスと第二王子マースルが一人の令嬢を口説きあっているのは学園でも有名な話であった。
正直に言えば、いつの間にというのが学生の共通意見である。
何故なら、その令嬢は男爵家の人間で、王族や高位貴族の令息達とは学舎が違っているのだ。
貴族の高位と下位では学ぶ物が異なるので、そもそも学舎からして分けられている。そのお陰で不興を買わなくて済むから安心していたのに、この一年はその平穏が壊されていた。
プニカ=コランバインを王子達自ら迎えに来るのだ。十名近くの王族や高位貴族の令息がぞろぞろと連なってプニカの名を呼び、プニカはプニカで普段よりも甲高い猫撫で声で駆け寄る姿は、端的に言えば「気持ち悪い」。これに尽きる。
授業はまともに聞いていないしマナーだってなっていないのに、王子達の寵愛甚だしいので誰も文句すら言えないのだ。
彼らの婚約者は最初の頃こそ注意していたのだが、王子達が令嬢達を罵倒するのでいつの間にかそれも無くなった。
プニカはまるで女王のように振る舞い、その横暴は止まるところを知らなかった。
だが、所詮は世間知らずの令嬢である。
上には上が。それも、紛い物の女王ではなく、本物のお姫様がこの学園にやって来たのである。
「ようこそお越しくださいました。帝国の麗しき皇女殿下方。学園長を務めておりますラドリフにございます」
「出迎えご苦労」
「本日は視察との事で、殿下方にはここにおります生徒達を補佐につけさせて頂きたく存じます」
「知っているわ。ローゼル嬢、ラミウム嬢、プリムラ嬢、よろしく頼むわ。それから、わたくしにはアリウム教諭をつけて下さる?」
学園長は皇帝と同じくらいの年だが、言動はアナベルの方が優位になっている。命じるのが当然で遜りはしない。皇女が頭を下げるのは神と皇帝と皇后、それから属国ではなく、帝国と変わらない国力を持つ国の王だろうか。
属国の人間相手に皇女は頭を下げはしない。国王にだってしないのだから当然である。
「ローゼル嬢、今日はよろしくねぇ」
「第二皇女殿下の補佐につく栄誉を賜り大変光栄でございます」
「ふふ。皇女殿下はいらないよぉ」
「え……で、では、カルミア様とお呼びしても宜しいのでしょうか?」
「いいよぉ。ここにいる女の子はそう呼んでもいいよぉ。ね、アナベルお姉様ぁ?」
「ええ。ここにいるご令嬢とアリウム教諭はわたくし達を名で呼ぶことを許します」
宗主国たる帝国の皇女の名を、属国の一貴族の令嬢が呼ぶことを許される。それは彼女達の価値をとんでもなく上げるものだった。
「それと、昨日招待した他の子も許すわ。後でお手紙を送りましょうね、ルピ」
「はい、ニアお姉様。私、フリージア嬢と仲良くなりたいわ」
「良いのではなくて? 本の話で盛り上がっていたわね」
「ノグルド=ナラディフの原本を入手して読む才女ですよ。彼女が欲しいです」
「あら、本当に気に入ったのね」
「私、頭が良い子が好きです」
愛らしい笑みを浮かべてトレニアと話すルピナスは可愛らしいが、話を理解した学園長はさぁ、と血の気が引いてくる。
皇女が欲しいと願う令嬢は学園でも問題となっている令息達の一人の婚約者。今この場にいる令嬢達や呼ばれた教諭も関係者。
国王からはくれぐれも邪魔はするなと言われていたけれど詳細は聞いていなかった。
「プリムラ嬢も、欲しいな」
にこにこと笑う、生きた人形と言われるほど可愛らしいルピナスは傍に立ったプリムラを見上げながらはっきりと告げる。
それだけの価値がこの令嬢にはあるのだ、と。
帝国に呼ぶ為には婚約者が邪魔である。プリムラの婚約者は第二王子だ。王家が関わる婚約に口を挟める者はこれまで居なかった。しかし、今は違う。国王の命など簡単に潰せる立場にいるのが四人もいる。
「私のね、護衛騎士が侯爵家の嫡男で、婚約者がいないのよね。跡取りなんだから早く見つけなさいと言っていたのだけれど……プリムラ嬢なら彼の好みだと思うわ」
「そんな、恐れ多い事です……」
「そうかしら? ジニアス、どう?」
「殿下。今私は職務中です。ですが、お応えするならば、大変愛らしく美しく、私の理想の方ですね。殿下は見極めが本当に得意すぎます」
「でしょう?自分の騎士の好みくらい分かるよ。ふふ、プリムラ嬢の身の回りが綺麗になったら考えてね?」
皇女自ら取り持つと言うことは、決まったようなものである。
プリムラの家は侯爵家で、中立派から選ばれた第二王子の婚約者。
たとえ今の婚約が失われても、皇女が帝国の侯爵家の嫡男と結びつけるならば、そちらの方が断然価値がある。寧ろ、家からすればどんな手を使ってでも解消して新たな婚約としたいところだろう。
「優秀な令嬢を揃って引き抜いたら王妃に怒られてしまうわ。あの方は優秀なのよ? それに、後継者の方もいる訳だし…安心して、我が国から婿入り出来る令息を紹介出来るわ」
アナベルがほぼ真顔でそのように言えば、該当するラミウムはそわ、としている。学園長は察するしかない。あの男爵令嬢に侍っている令息達の未来はほぼ潰えているのだと。
嫡男であればまだ後継者として残れる可能性があるが、ラミウムの婚約者のように婿入りするはずの令息に未来はない。
学園長としては、何故婿入りする立場の令息が婚約者を大事にしないのかが理解出来なかった。愛人を連れて婿に行けるわけが無いし、そもそもとして、複数の男が一人の令嬢を共有しているという事実が男爵令嬢を娼婦のように思わせるのだ。
王子や王弟の子息などがいるので公言出来ないけれど。
「学園長、先生方。今の話は内密に」
「もちろんです」
顔色の悪い大人達を他所に皇女と令嬢達は明るい表情である。アナベルは皇太子ではないけれども、皇帝より幾つもの権限を与えられている。そして今回は皇帝の代行として来ているので、その発言は皇帝の発言にも等しい。
アナベルを侮辱すれば皇帝を侮辱するも同然なのだ。
「アナベル様。こちらが王族並びに高位貴族の学舎です」
「爵位等で分けているのね。性別では分けないのかしら」
「はい。我が国では女性でも当主になることが出来ますので、性別で分けると教師の数が不足してしまいます」
「なるほどね。騎士科も合同なのかしら」
「いえ。そこは別れております。女性騎士の場合は基本的に女性王族や高位貴族の夫人やご令嬢の護衛になります。攻撃よりも守備に力を入れるため、教えが変わるので別となっています」
「それもそうね。わたくしたちの護衛は男女で組んでいて、確かに攻撃は男性が、守備は女性がしているわね」
「女性騎士が本格的に認められ、王妃殿下からはご不浄の際の護衛などで喜んでいただけております」
「わかるわ」
アリウムが先頭に立ち、アナベルを案内しながら問われた事に答えている間、他の皇女達は令嬢にあれやこれやと質問をしていた。
「王国での最近の流行は何かしら」
「そうですね。最近でしたら歌劇でしょうか。これまでの演劇は感情を込めて台詞を言うのが常識でしたが、その台詞が歌のようになっているのです。海を超えた大陸からやってきた劇団により我が国が最初に公演がされたようで。間もなく帝国に向かうと思われます」
「あら。それは面白そうね。ワタクシ、芸術の保護をしているものですから興味があるわ。その劇団はまだこの国にいるのかしら?」
「一年と少し前に来たばかりですが、確かそろそろ移動するのではなかったかと」
「そう……ジューノ。その劇団を調べてくれるかしら?」
「畏まりました」
トレニアが一歩後ろに気配を抑えて控えていた侍女に告げれば、侍女は護衛の騎士に視線を向けて静かに移動する。トレニアが命じたのならば速やかに動くように訓練されているので、この辺りは臨機応変に護衛と対処している。
「食堂はご覧になりますか?」
「そうね……今は昼時かしら」
「間もなくですね」
「そう。ならば食堂ではなくて行きたいところがあるの」
「どちらでしょうか?」
「『白百合のガゼボ』よ」
白百合のガゼボ、それはこの一年、王子達がプニカ=コランバインと占拠している場所である。
歴代の王族が王子として学園に通っている時、婚約者と交流する場所であり、初代王妃が好んだ白百合が植えられている歴史ある場所である。
そこを婚約者ではない女性を連れている王子達は周りからどう思われているのかきちんと理解していないのだろう。
王国から手紙が来たのは実の所、半年前である。この半年間は互いの国での調整がなされていたので直ぐに動けなかったのだ。当たり前である。皇女が四人揃って移動するのだ。安全に配慮しなければならない。
婚約者の令嬢や家族には心配をかけただろうし、令息達の家族も同様だ。下手に動けなかったのは、帝国が関与すると決めたからで、国王は詳細を語れなかった。ただその時が来るので待って欲しい、とそれだけを告げていた。
授業の終了を知らせる鐘が鳴る。
白百合のガゼボには四人の皇女と三人の令嬢と一人の教師が椅子に座り、侍女から給仕を受けていた。
ガゼボの周囲は皇女の護衛騎士合わせて八名が近場で、護送の騎士が少し離れた所で、厳しい目をして周囲を警戒していた。
「ルーちゃん、お菓子美味しいかなぁ?」
「はい、ミアお姉様。レーグ下さい」
「ルーちゃんでもだぁめ。レーグはわたしが嫁ぐときには連れていくんだからねぇ」
「けちです」
「ルーちゃんのお抱え作家をちょうだいって言ったらくれるのぉ?」
「だめです! わかりました。諦めます」
ぷくぅと頬を膨らませるルピナスの愛らしさとカルミアのきゅるん、と音がしそうな上目遣いを微笑ましく令嬢たちが見守っていると、非常に騒がしい声が聞こえてきた。
「誰だ貴様たちは! ここは王族しか使うことは許されていないぞ!」
「即刻立ち去れ!」
ガゼボは開放的な空間であるため、視線を向ければ二人の男に挟まれるように一人の少女が二人の腕にしがみついている。なんというか、見苦しい。
「殿下ぁ! あれ、ローゼルさんじゃないですかぁ?」
「ローゼル! 貴様、何をしている! 王族ではない貴様が使う権利はない!」
恐らくぎゃんぎゃんとうるさいのが第一王子ジーミスなのだろう。ルピナスはきゅっと眉間に皺を寄せた。
男爵家のムスメが公爵令嬢をさん付けで呼ぶなど、帝国であれば間違いなくその場で不敬として捕らえられていただろう。
ローゼルはこんなみっともない王子を皇女達の前に晒すのは恥だと直ぐに経つとガゼボの出入口に立ち、臆する事なく声を発した。
「お控えを。こちらにいらっしゃるのは帝国が皇女殿下にございます」
「は? 何を言っている。ふざけたことを言うな!」
「真実のみを語っております。寧ろ、何故殿下はお分かりにならないのですか。こちらにいらっしゃる騎士の鎧には帝国の紋章が刻まれておりますのに」
アナベルの護衛騎士二人が出入り口の脇に並び立っている。
学園内ということで軽鎧となっているが、胸当て部分には遠目でも分かるほどはっきりと帝国の紋章が刻まれている。
「帝国が皇女殿下、四名をこの学園の中でも最も由緒正しき白百合のガゼボに案内するのは必然にございます」
「な、な…」
「ローゼル嬢~、お姉様の代わりにわたしが挨拶しますねぇ」
段取り通り、カルミアが全力猫被りモードでローゼルに近付く。護衛騎士と変わらない強さを持つカルミアがこういう時は表立つのだ。自分で自分の身を守れるので。
「アンザス帝国第三皇女カルミアですぅ。白百合のガゼボは歴代王族が語らいに使う場所と聞いたのでぇ、ローゼル嬢に案内してもらいましたわぁ。何か問題でもありましたぁ?」
ミルキーブロンドの髪の毛を大半は下ろして、一部だけツインテールにし、可愛らしいヘッドドレスを付けているカルミアは、歩くことを前提として簡易ドレスにしているが、レモンイエローの布地にクリーム色のフリルとリボンを品良く付けている。
軽く拳を握った状態で胸元で、令嬢曰くぶりっ子ポーズをするカルミアだが、ぶりっ子という風には一切見えなかった。
軽く首を傾げながら長いまつ毛をぱちとさせ、軽い上目遣い。
大きな目とうるうるとした紫の目に、ちょっと窄めたぷるぷるの唇があざといながら可愛い。
小さな顔の中に完璧なバランスで配置された完璧なパーツが『可愛い』とはこういう事だ、とその場に居た同年代の男たちの頭をこれでもかと揺さぶった。
「な、なんなのよ、あんた! そこは王子や皆とあたしの場所なんだからどきなさいよ!」
「プニカやめるんだ!」
「なんでですか、ジーミス様! あんなブス、さっさと追い出してください!」
「プニカ!!!!!!」
カルミアの可愛いにぶち抜かれた王子は、プニカの暴言に声を荒らげた。
いくら一人の令嬢に籠絡されていても、王子として育てられていたのだ。たった今、彼らが囲っていた令嬢が発した言葉がありえないと分かるくらいには愚かではなかった。
「わたし、帝国皇女と名乗りましたぁ。それ、どう処分しますぅ?」
「こ、皇女殿下……どうか、お許しを」
「わたしは元より、ローゼル嬢は皇女四人が居ると言ったはずですぅ。お前たち、何立ったままなのですかぁ?」
帝国の皇女の名を騙るのは愚者でもしない。そんな事をすれば一族郎党に至るまで全ての者が処刑されてもおかしくない程の罪である。
そんな帝国の皇女の立場は属国の王子など敬意を払う必要も無いほどに高い。
カルミアが名乗りあげてなお立ち続けていた王子や令息は反射的に跪く。ただ一人分かっていない少女が、なんで、どうして、と周囲を見渡しているが、頭を下げる気配は無い。
「それ、こちらで処分してもいいですかぁ?」
「プニカ! 直ぐに跪くんだ!」
「なんで、王子が一番えらいんでしょ? 王子様なんだもん!」
「プニカ、頼む、跪いてくれ」
「なんで? あの女がジーミス様より偉いわけないじゃない!」
どれだけジーミスが庇おうとしても、プニカは理解していなかった。彼女の中で学園で一番偉いのは王子で、王子よりも更に上の人間といえば国王と王妃だけで、だから、王子が歳が同じくらいの少女に頭を下げている事が分からなかった。
「不敬ですぅ。捕らえなさい」
甘ったるい話し方をしていたカルミアが、命令を下す瞬間だけすっと空気が冷えるような声色になったことに気付いた者はいるだろうか。
それよりも前に、命じられた護衛騎士ではなく、周囲を警戒していた騎士達がプニカの腕を掴み地面に抑えつけるように伏せさせる。
「アナベルお姉様の御前でいつまでも不敬は許しませんよぉ?」
女性相手なので女性騎士がプニカの腕を捻りあげ押さえつけている。痛みで叫ぶプニカだが、カルミアは視線を向けない。
「先程から聞くに絶えない罵倒でしたねぇ。王国の国民はあんなにも愚か者ばかりですかぁ? まあ、あれを庇うお前は愚か者ですけれどねぇ。ああ、でもローゼル嬢やラミウム嬢、プリムラ嬢は淑女らしい淑女ですしぃ、アリウム教諭は素晴らしい教育者ですわぁ。少なくとも皇女の名を聞いて直ぐに反応しなかったお前たちを帝国は認めないですねぇ」




