36 トレニア専属侍女ジューノ
ジューノ=モセラッティは伯爵家の三女として生まれ、生活としては貧しくもなければ豊かすぎることも無い程よく育てられた。
貴族の子女が通う学園を卒業は出来るものの、姉二人分の持参金を用意するのが精一杯で、ジューノが良い家に嫁ぐ可能性は無かった。持参金は相手の家の格が高ければ高いほど比例して多く必要となる。
その時点でジューノは働く道を選んだ。侍女になれば給金を得られる。特に皇城の侍女ともなれば箔は付くし、上手く行けば文官との出会いがあるだろうと言う打算であった。
侍女としての適性があったようで、学園を好成績で修め、皇城での面接も無事に認められて務めることになった。下級使用人のメイドとは異なり上級使用人の侍女ともなれば品格はもちろんの事、皇族の方々の身の回りを整える為にセンスや季節に合わせた装飾品の知識、お茶の淹れ方など多岐に渡って技能が求められた。とは言えども全てを一人でする必要はなく、他の侍女と分担で得意な物を極めていけば良いのだから楽といえば楽であった。
初めにジューノが割り当てられたのは第三側室のイヴェナ付きであり、新人も新人の彼女は先輩侍女について学んでいた。
堅実で誠実に仕事に励むジューノを先輩達も随分と可愛がってくれていたように思う。歳が若いことや真面目な態度からイヴェナの娘であり第二皇女のトレニアの所が良いのでは、とイヴェナからの推薦もありジューノはトレニアの離宮に配属される事になった。
麗しの四人の皇女の名は社交に疎いジューノでも当然に知っているもので、第二皇女は姉妹の中で一番妖艶な美姫になると評されている。まだ幼い第三皇女と第四皇女は噂話程度だが、既に社交の場に出ている姉姫二人は並び立つだけでも眩いのだとか。
皇城の侍女長に連れられてトレニアの離宮に向かったジューノは、他と変わらず仕事をこなせば良いだけ。ただ、そのお姿に惑わされて仕事を疎かにしないこと、と言われて真面目な顔をして頷いたものの、言い過ぎなのではないか、と思っていた。
そんな己を殴りたいくらいに、トレニアはまさに成熟する一歩前の美しい皇女だった。筆頭侍女に引き渡され、これから主人となるトレニアに挨拶に行って声を掛けられた時、上手く返事が出来たか自信はなかった。
皆そうなるのよね、と、筆頭侍女に笑われながら与えられた仕事を粛々とこなす日々。皇女の離宮は基本的に人数が少ないそうだ。と言うのも、美しさや可愛らしさから仕事を疎かにしてしまうものばかり。結果として少数精鋭にならざるを得ないそうで。
三日もすれば慣れたジューノはかなり早い部類なのだという。
無事に使える侍女として認められたジューノは離宮内の備品の管理を任され、またトレニアの好むお茶を覚えたり、刺繍をしたりなど充実した日々を過ごしていた。
三ヶ月ほどして、ジューノは筆頭侍女に呼ばれた。何かしてしまっただろうかと不安になったものの、筆頭侍女は笑いながら「トレニア様が貴方を専属にと望んでいらっしゃるのよ」と告げたのだ。
他国ではどうかは分からないが、帝国の皇城においての侍女を始めとした上級使用人には二つの種類がある。
一つ目が皇城として雇う使用人。二つ目が皇族専属となり各皇族が持つ予算から直接雇用する使用人。この場合、皇城からの雇用が外れ、主人となった皇族のみに命令権が存在する。
「私が、ですか?」
「ええ。トレニア様は貴方の働きを大層気に入ったようなの。それに、貴方は結婚を焦っていないわよね?」
「ええ、まあ。もし出会いがあれば程度でした。姉二人分で持参金は限界でしたので、こうして勤めております」
「貴方はトレニア様と御年が近いでしょう?お輿入れの際に着いていくことも出来るのならば、専属を受け入れても良いのではと思うの」
筆頭侍女は専属ではない。彼女は結婚しているのもあり、トレニアが輿入れしても着いていけないだろう。それに比べてジューノはかなり身軽な立場だ。伯爵家の生まれだけれど政略結婚に使われるような駒ではなかった。
もしもトレニアが他国に輿入れするとしても、着いていける程度に家に未練は無い。ずっとずっと燻っていた。姉二人分の持参金は用意出来てもジューノの為に用意しようなど最初から親は考えていなかった。ジューノには他に二人の兄と弟がいる。兄は嫡男だからお金をかけるのは分かる。しかし、弟は何れ出て行く身なのに、持参金額ほどのお金を弟に使っていた。
考えると虚しくなるから掘り下げて来なかったが、ジューノは蔑ろにされていた。
皇城に勤めると行った時、親は金を送るように平然と言ってきた。彼らがジューノを働かせる道しか選べないようにさせたのに。面倒を避ける為に幾ばくか仕送りをしていた。
「私が皇女様の専属になると、家族が迷惑をかけるかもしれないです」
「どういう事かしら?」
可もなく不可もない家というのは、無害か無害に見せかけた有害かになる。ジューノの家は後者で、見栄の為にジューノが専属になった事を堂々と広めて家の価値にしようとしかねない。
それを告げたところ、筆頭侍女は分かったわ、と頷いた。そして問われた。家に愛着はあるか、と。ジューノは首を横に振った。その話は一旦そこで終わった。
それから暫くして、ジューノはとある伯爵家の養女となった。その家は社交の場に出ることは滅多に無い家で、これまでも害のある家族を持つ者達を養子にしてきたその為の家なのだと言う。
ジューノの話を聞いて筆頭侍女は彼女の家を調べたが、良くないと判断したようだ。何があったのかは分からない。しかし、ジューノはモセラッティ家から解き放たれた。
専属になったのは正式に家名が変わってからで、仕送りはもうしなくて良いし、元々家を出て使用人用の宿舎に入っていたのだが、離宮に部屋を与えられたのでそちらに移動となった。
トレニアの専属となれば侍女の中でも特殊な立場となり、筆頭侍女と対等になる。これは雇い主が誰かに関わっていて、トレニアに直接雇用されているジューノに指示出来るのはトレニアのみとなる為だ。
だからと言って態々その立場をひけらかすつもりは無い。使用人と言う仕事は同じなのだから。
トレニアはジューノが過剰に阿る事をしないその態度を気に入ったそうで、偶に相談をされるようにもなった。些細な事であるが、誠実に答えていればトレニアからの信頼は増し、何処に行くにも連れて行かれるようになった。
決して出しゃばらず、しかしトレニアの求めに的確に応じられるようになった時、それは喜びとなった。
トレニアがゾルダ王国に嫁ぐと決めた時、ジューノは当然のようについて行くつもりだった。なので何回も「本当に良いの?」と聞かれても頷く以外の答えは無かった。
「トレニア様は本当にお優しく聡明なのよ」
「ベイセル様だってそうだよ。今まで目立たなかっただけでさ」
トレニアとベイセルが正式に結婚し、華々しい式を挙げてゾルダ王国に居を移してからもジューノの生活は変わりない。専属の侍女としてトレニアに仕える。
変わったのは、二人の侍女見習いの直属の上司となったこと。そして王太子妃の筆頭侍女に任命された事だろうか。初めこそゾルダ王国の侍女から選んだ方がとなっていたのだが、トレニアのことを誰よりも詳しく知るジューノを差し置いてなど出来ないと言われたのだ。
敢えて数は少なくしている。休みの日に合わせて交代出来るようにしているが、トレニアはあまり人に囲まれることを好まない。
筆頭侍女となり、ジューノには使用人の部屋の中でも広い部屋を宛てがわれた。とは言っても、半分が仕事の為の部屋で、半分が小さな居間と寝室となっている。
何時でも主の元へ駆けつけられるように、そして遅くまで仕事をしても不便がない作りで、私的な部屋には仕事部屋から直ではなく小さな水屋が間に挟まっている為、一つの部屋を分断しているようには見えない。
その仕事部屋の方に夜になるとノクトが来るようになった。お酒を持って。
お互いの主が結婚したのもあり、予定の調整などで顔を合わせることが多かったのだが、それぞれに主への強い経緯があるのと、それを自慢する場所があまり無かった点で意気投合した。
元々、二人で帝国まで使者として旅した時にそれなりに話せる仲になっていたのもあり、良き友人関係になれているとジューノは考えていた。
今日も今日とて「主の素晴らしいところ」を語り合いながら酒を飲みつつ、ある時より腕を上げた料理人が作る使用人用の夜食を摘んでいた時のこと。
ノクトが黙り込んだのでジューノも同じように口を噤んだ。
「トレニア殿下と会わなければベイセル様は国内貴族の誰かと結婚したんだろうけど、そうなると雪は降り続いたまま、あの人達は再会出来ないし、魔法なんてものは失われたままだったんだよなぁ」
「そうですね。トレニア様もベイセル殿下も、リーチェ様もサーヤ様も誰もにとって最善となりましたね」
「な。はー、取り敢えず俺は暫く結婚とか考えられないな。それどころじゃない」
「分かります。魔法学園の設立、帝国において冒険者ギルドを作るという話に合わせて魔法の需要は増します。それだけでなく、王太子夫妻となったお二人の国内公務など多岐にわたって多忙となりますからね」
「本当にな。ま、やる事があるのはいい事だよ。この国はずっと籠っていてしたい事も出来なかった。可能性が広がるんだ。楽しみだな」
「ええ。私もそう思いますよ」
異国の地でジューノは未来の王妃の信頼厚い侍女として立っているなど、十年前の自分なら想像も出来なかっただろう。
「私はそろそろ休みます」
「俺も寝るか。ありがとうな」
「こちらこそ」
程よく酒も入って体がぽかぽかしている。ノクトが部屋を出て行き、使った食器を片したジューノは部屋に戻ると着替えて、窓から外を見る。
偉大なる魔法使いのリーチェデルヒとサーヤが暇潰しに作ったと言う魔道具の街灯が淡い光を放って外を仄かに照らしている様子は幻想的だ。
込み上げる眠気に逆らうこと無く、着替えたジューノはベッドに潜り込んだ。
トレニアの侍女になってからは何時も刺激的で楽しいけれど、きっとこれからはもっともっと楽しくなる。それを誰よりも最前線で見られる特権は誰にも譲れないな、と考えながら穏やかな夢の中に落ちていった。
ジューノを沢山出したので、ここでジューノとはどんな人かを書こうと思いました。
ジューノとノクトは暫くの間は戦友です。くっっそ忙しくなるので。




