02 属国の離宮にてお茶会を
国王と皇女達は王城内でも特に格式の高い「ピオニーの間」にて顔を合わせていた。
王国のトップは当然国王だが、宗主国たる帝国の直系皇族の皇女の方が地位的には上である。しかも、内密とはいえ国王から願い出ての訪問なので頭を下げて迎え入れるのは王国側であった。
絢爛豪華たるピオニーの間は皇女達の来訪を告げる手紙を受け取った時から磨き上げてきたのだが、それぞれに異なる魅力を有した皇女達の美しさを前に霞んでいた。
「この度はお招き下さり感謝いたします。わたくしだけでも良いかと思いましたが、皇女は輿入れ以外では滅多に他国へは参りませんので、良い機会だと思い連れて参りました」
「大変恐れ多い事ではございますが、光栄に存じます」
「あまり畏まらないでくださいな。皇帝陛下よりお言葉を預かっております。マクスハト国王の堅実たる統治は歴代の国王と変わらず良きものである。大陸を見ても長く名を残す国は存外少ない。ショモナ王国はこれからも堅実で有り続けよ、との事ですわ」
「おお……お言葉、有難く頂戴いたします」
人によっては堅実たる統治とは馬鹿にされていると思う事もあるだろうが、帝国とさほど変わらぬ歴史を持つ国は少ない。名を求めるばかりに足元を疎かにして、内乱の後に国としての名が消えるのはよくある事。そうでなくとも次第に堕落し、民が飢えるのに国王とその周りの貴族だけが贅沢をし続けて反乱が起きる事とてある。
それが無いとは奇跡なのだ。
帝国は圧倒的な力を持ち、神の加護を受け、それに慢心しないからこそ絶対的な立場を確立している。民を飢えさせないだけの政策も行っている。
「マクスハト国王。貴国には教育機関があるそうですね。帝国の教育機関に視察に訪れた事がありますが、他国の教育機関にも興味があります。迷惑でなければ見学をさせて頂いても?」
「勿論構いませぬ。皇帝陛下よりお話を頂いております」
訪問の連絡の際にその旨を入れていたのは、件の男爵令嬢が王族や高位貴族の令息と関わったのが学園と呼ばれる教育機関だからだ。
双方が理解していても体面というのがある。言葉にしてやり取りをする事で相違無しと周りに聞かせるのも必要な事。
会話は全てアナベルが行っていて、残りの皇女は座っているだけだが、国王以外の重鎮などは彼女達から目が離せないし、護衛の為の騎士や給仕の為の侍女も不躾にならないように、しかし目が惹かれて離せない。
世界が違うのだ。
この場にいるのは国王と王妃、それから宰相を始めとした重鎮達である。
王妃は他国の王女であった。当然帝国の絶対的な強さを知っている。その帝国の皇女はあまりにも存在感が違いすぎた。髪の色は違っても、共通した紫の目のなんて神秘的な事か。
自らが産んだ王女は可愛いけれど、格が違いすぎて同じ舞台に上がってはならないと本能的に理解する。
王妃は後妻である。前王妃が第一王子と第二王子を産んだ後に儚くなり、王妃が後妻として嫁いで第三王子と王女を産んだ。
前王妃は国内貴族から娶ったが、その時とは情勢が変わり王妃の国との交易の関係で後妻として分かっていて嫁いだ。
年の差のある国王との関係は悪くなく、子もすぐに出来た。
男爵令嬢の事がなければ第一王子は立派に育っていたし、第二王子も騎士団に憧れていたのでその道もあったのだろう、が。
王妃になった以上、我が子に玉座をと思わないでも無かったが、立派に育っていた王子を蹴落としてまでとは思っていなかったのだ。しかしこの一年でその思いが変えられそうになっている。
王子教育を放棄し、遊興三昧。しかも兄弟で一人の娘を取り合う。更に他にも複数の令息が同じような始末。
このままでは国の未来がおかしくなってしまう。
だから、国王に囁いたのだ。帝国の皇女殿下にお会いしたら変わるかしら、と。
己の息子を国王にしたいと言う小さな願いはあるが、一番は国の平穏だ。折角穏やかな国の王妃になったのに。男爵令嬢については調べたけれども、籠絡手段が分からなかった。
藁にもすがる思いであったが、王妃は賭けに勝った。
皇女四人が揃って来てくれたのだ。
皇女達は美貌もさる事ながら頭も良いと聞く。王妃の魂胆はわかっていることだろう。だけど良いのだ。国が平穏でいられるのであれば。
王妃は生まれながらの王族である。平穏な統治が実は素晴らしい事だと理解している。
使えるものは帝国でも皇族でも使うべき、と言われたのはまだ王妃が王女の時代で、当時の皇太子と話す機会を得た時に聞いた事である。その皇太子がいまの皇帝なので、許されるだろう。
ご自分が仰ってましたものね。存外肝が据わっている王妃は微笑みながら皇女達に委ねてみた。一時の嵐など、待ち受けているかも知らない長き地獄より余程マシだ。
トレニアは王妃の強かさに悪くない、と中々に良い評価を下した。こちらでも考えている王子の挿げ替えにあの王妃ならば反対はしないだろう。
父である皇帝もこの王妃の度胸は認めていた。
皇帝が皇太子時代と言えば、まだ女性があまり自らの意見を述べる事は好ましく思われなかった中、王女であった王妃は遠慮がちながらも自らの言葉で話しかけて来たという。
トレニアを始めとした皇女は自我のはっきりしている女性が好きだ。
男爵家の娘のような、場を弁えないのは自我が強いのではなく、馬鹿なだけだ。馬鹿な女は二通りにわかれる。
使える馬鹿と使えない馬鹿だ。
トレニアが可愛がっている帝国貴族の令嬢の中にもお馬鹿な子はいるが、トレニアの命令には忠実で、男を手玉に取るにしてもトレニアの意図をきちんと理解している。
自分こそが男に一番愛されている、と勘違いしている馬鹿をトレニアは好まない。
「ミア、ルピ。学園への視察、とても楽しみね」
アイスブルーのスッキリとしたデザインのドレスを着ているアナベル。パステルオレンジのふりふりとした可愛らしいドレスを着ているカルミア。白に近いピンクのお人形のようなドレスを着ているルピナス。
その中で深い赤で体のラインがくっきりと出て、その見事なプロポーションを隠さない毒々しいまでの妖艶さを見せつけるトレニアは、黒の羽扇子を広げて妹達に微笑みかける。
ほんの少し姿勢を変えた、それだけでも男達の視線はトレニアに向かう。
勿論好みというものはあるので、トレニアのように色気が溢れているよりはアナベルのように禁欲的な美しさを好む者もいるだろう。
それらを踏まえてのこの布陣である。これが地味好みならどうしようも無いのだが、そうではなさそうなのできっと上手くいくだろう。
「視察は二日後を予定しております。歓迎の晩餐会は三日後、という事ですが宜しかったのですか?」
「ええ。そのように」
アナベルは余計な事を言わない。
二日後の視察の後でなければ意味がないのだ。先に王子達に会ってしまうと計画が崩れる。
「楽しみにしておりますわ」
***
イーゴス宮殿に戻った皇女達はドレスを替える。王国の使用人もいるので普段の格好とは行かないけれど、今まで着ていた物よりは多少楽なものである。
上の立場の者は予定を詰めたりはしない。
学園に向かうのが二日後なのは明日一日を掛けて学園側が準備する為である。
それとは別に、明日は数名の客を招いている。その段取りの打ち合わせを皇女とアナベルの筆頭侍女が行う。
「お茶会の準備はどうかしら?」
「装飾に関しては全て持ち込んでおりますので問題はありません。小広間に元々あった物はこちらの使用人が片しておりましたので、今整えている最中です」
「お茶とお菓子はどう? 料理人は連れて来ているわよね?」
「カルミア皇女殿下付きの専属料理人が現在厨房にて調理中にございます」
「レーグのお菓子なら間違いありませんよぉ♡」
「私、お姉様の宮のお菓子好きです」
「ルーちゃんってお菓子狙いで遊びに来るものねぇ♡」
皇女達はそれぞれに己の離宮を持っている。そこに仕える使用人は、皇宮使用人と専属使用人とに別れている。前者は皇宮が給与を支払い雇っている為、異動などがあるが、後者は皇女に割り当てられた予算で直接雇用をする為、専属となっている。
カルミアの料理人はカルミアの舌を満足させる腕を持ち、他の皇族に奪われないように専属雇用をしている。
今回は特に持て成しをする為、アナベルからカルミアに彼女の料理人を連れて来るように告げられていた。
「ここにいる間のお菓子はレーグに作ってもらうから楽しみにしててねぇ♡」
ね、と話しかけられたルピナスはほんのり頬を染めて手で抑えながらきゃーと喜んでいた。
***
翌日、朝から入念に手入れされて磨いた皇女達は客を迎え入れていた。
「ごきげんよう」
小広間にて待っていたのは十名の令嬢達。彼女達は男爵令嬢に籠絡された男達の婚約者である。中には皇女達よりも年上の女性もいた。
学園の若い教師が籠絡されていたのだ。
令嬢達は顔を強ばらせながら、揃って美しく淑女の礼をもって皇女達の入室を待っていた。
「顔を上げてよろしいわ」
涼やかな声に緊張しながら顔を上げた一同は衝撃を受ける。
帝国の四人の皇女の美しさはよく知られているが、噂は得てして誇張されるもの。幾らなんでもそこまで、と少しだけ侮りを持っていたのは事実だ。
しかし噂の方が足りていなかった。語る語彙が不足していて表現しきれていなかったのだと思わせる美が脳を揺さぶった。
「わたくしはアンザス帝国第一皇女アナベル。今日は招待に応じてくれてありがとう。楽しい時間になる事を願っているわ」
無表情にも近い顔をしているけれど、どうやらそれが素のようで、次に声を発した第二皇女トレニアから「お姉様はこれでも笑っていますのよ」と補足が入って皆がほっとした。
第三皇女カルミアと第四皇女ルピナスは令嬢達と歳が近いので親しくして欲しいと言われ、その言葉を真に受けていいのか悩む羽目になった。
お茶会の趣旨は、翌日に学園の視察に向かう為に補佐について欲しい、と言うものであった。
こうして招かれた令嬢達の共通点を考えると、視察だけが目的では無いことが分かる。
第一王子の婚約者である公爵令嬢のローゼルは招かれた令嬢達の中で一番身分が高い事から話の取りまとめ役となっていた。その為、恐れ多いことながら、と前置きした上で問いかけた。
「特にご覧になりたいものはございますか?」
「はぁい。わたしぃ『白百合のガゼボ』が見たいなぁ♡」
カルミアの間延びした言葉の中に含まれた単語に令嬢達はピリ、とする。やはり皇女達はそれを知っていて学園の視察に向かうのだ。
「あそこは今は『コランバイン』が咲いております」
「まあ。それは困るわね。『白百合』の為の場所に別の花は相応しくないわね」
真っ赤な口紅が下品にならない妖艶なトレニアの言葉に、彼女に充てられた令嬢達がうっとりとしながら頷いている。
令嬢達はそれぞれの皇女達にすっかりと魅了されていた。異なる魅力的で美しく愛らしい皇女達。
この一年、ずっと頭を悩ませていた。いつの間にか現れていた男爵家の娘が婚約者を籠絡し、正気に戻そうとしても怒鳴られるばかり。男に庇われて優越感に満ちた顔で見下してきたあの娘をどうにかしてやりたくても下手に動けなかった。
国王と王妃から何とか手を打つと言われて待っていた。婚約を解消したくても派閥の関係で難しい所もあり、まだか。まだか。そう思っていた日が漸く終わるのだと察した。
「私、汚い庭は嫌いです」
15歳という歳がほぼ同じなのに年下に見えてしまうルピナスがにこりと笑うだけで、ほぅ、とどこからともなく溜め息が聞こえてくる。
「ローゼル嬢、明日の貴方はカルミアについてくれるかしら? 我が国の『可愛い』と評判の皇女に」
「畏まりました」
婚約者はローゼルに「プニカは可愛らしい!お前と違ってな!」と言い放った。
確かにプニカ=コランバインは可愛い方なのだろう。しかし違った。本当の『可愛い』を目の前にしたら、あれは道端に咲く雑草でしか無かった。
「『可愛い』わたしが、ルーちゃんのために余計な花を排除しちゃうねぇ♡」
「はい、ミアお姉様」
ルピナスも可愛い。しかし、同年代の男心を擽るならば間違いなくカルミアだ。あざとい上目遣い、そっと触れてくる手、潤む目を目の前で実践されて疑う余地もない。女でもぐらついてしまうのだ。
なるほど、あの令嬢との違いはこれだ。あの女は男にしか見せないが、カルミア皇女は男女関係ない。
甘ったるい話し方と甘い声が嫌でないのは、その奥に潜む欲が無いから。ただ彼女はその話し方が素だから嫌にならない。
「まあ、ミアとルピで除草出来ないならワタクシがしてあげるわ」
ね、とトレニアが微笑んだ瞬間、令嬢だけでなく王国側の使用人まで顔を真っ赤にした。室内は使用人だろうが騎士だろうが男子禁制の理由がよく分かる。帝国側は慣れすぎていて「あーら、全力ですわー」と観察する余裕すらあった。




