01 四人の皇女
アンザス帝国は大陸において巨大な国である。そして有名な皇女が四人いる。それぞれ異なる側室から生まれた皇女の何が有名かと言えば、顔である。
皇族として厳しい教育を受けているので振る舞いは当然最上級であり、頭も良いが、そんな事よりも顔が良い。何においても先ず顔が出るくらいには顔が良い。
第一皇女のアナベルはひたすらに美しいとしか言葉が出ないような女だった。真っ直ぐの銀の髪の毛に皇家特有の紫の瞳を持った彼女は滅多に笑わないが、ほんの少し微笑んだだけで多くの信者の心を撃ち抜いてしまっていた。
第二皇女のトレニアは妖艶な美貌の持ち主で、艶やかに波打つ黒髪に紫の瞳が艶めかしく、更にその体型は姉妹の中で一番グラマラスである。口の横にある黒子が色気を倍増させ、女を取っかえ引っ変えしてきた男達が陥落するほどの色香を放っていた。
第三皇女のカルミアは男心を擽る愛らしい顔立ちをしている。潤んだ目で見上げられるだけでときめく令息は数知れず。ミルキーブロンドの髪の毛に紫の目をした美少女は姉たちに比べて親しみやすそうだけれど、決して体に触れることは許さなかった。
第四皇女のルピナスは姉妹の中で最年少であり、生きる人形と言われるカルミアとは異なる可愛らしい少女である。ピンクゴールドのふわふわした髪の毛に紫の目。フリルを重ねた可愛らしいドレスを着て微笑んでいる姿がまさにお人形の如く。
そんな四姉妹は歳がそれなりに近く仲が大変に良い。他国であれば命を狙い合う事もあるだろうが、帝国ではそんなことはない。厳密に言えば、余裕がない。皇女としての教育は厳しい。周りの目も気にせず泣き喚くことが何度もあったほど厳しい。
お互いに支え合わなければやっていられない程の厳しさの中で絆が深まって行くのは当然のこと。代々の皇女達が険悪にならないのはこの教育がある言う噂がまことしとやかに流れているが、本人達は事実だと理解している。
そんな四人が揃って外交の為にとある王国を訪れる事になった。
その国の国王から秘密裏に相談がなされたのだ。
曰く、第一王子と第二王子、王弟の子息、その他高位貴族の令息が男爵家の令嬢に籠絡されているとのこと。派閥の関係など考慮せずに、しかも籠絡された令息には婚約者がいるが仲は険悪状態。
このままではその男爵令嬢を王妃になどと世迷言を言い出しかねない。全員を処分するには人数が多すぎる。その為、帝国の美姫と名高き皇女に来ていただいて精神的衝撃を与えて欲しい、と。
何ともまあ面白い相談と願いか、と笑ったのは王妃で、皇女四人は顔を見合わせると揃って頷き代表として第一皇女アナベルが皇帝に向かって宣言した。
「わたくし達四人が揃って行きましょう。こんなにも面白い経験はないでしょうし」
斯くして皇女四人が揃って王国に向かうこととなった。
馬車は皇女一人一人が所有しているものに乗り、各皇女付きの使用人用の馬車、荷物用の荷馬車と並び、周りを騎士がぐるりと囲い守っていた。
帝国内では山賊などもいるが、その山賊ですら皇家の印が付いている馬車を襲うことは無い。皇家の報復は情け容赦なく殲滅である。
とはいえど、皇族には神の加護もあるので物理的に手を出せない。
一行は至って平和に国境へと向かい、当然の様に問題無く出国した。
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ショモナ王国は帝国の属国の中ではそこそこの規模で、代々の国王は目を見張るほど優秀という訳では無いものの、堅実な統治をしている所が評価されていた。
戦争で土地を広げるのは無謀だとして帝国を宗主国とし、土地が荒れないように無難にやり過ごすような在り方を軟弱だと罵る国もあるが、皇帝は賢いものよ、と笑っている。
ショモナ王国は一時の栄光より長く生き残る道を選び、それ故に帝国に恭順を示しているのだ。
そんな王国の次代が揃いも揃って腑抜けているのは皇帝としても面白くは無い。手を差し伸べるのは宗主国として当然だが、四人の皇女が意気揚々と向かった事で申し訳ない気持ちになる。
皇女達は間違いなく優秀である。下手をしたら皇太子などの皇子達よりも優秀かもしれない。一人でも厄介なのに、四人が揃うと父である皇帝ですら制御出来ない。
現在彼女達の手綱を握っているのは正妃たる皇后なのだが、話を聞いた皇后が「やっておしまいなさい」と後押しをしていたので止める手段はない。
皇后が良いと言えば彼女達の母である側室達は従うので、間違いなくショモナ王国は荒れるが、まあ膿をかき出してまともな次代になると思えば良いか、と皇帝は考えることを放棄した。
そんな皇帝が思考を放棄したショモナ王国の王城に四人の皇女が到着した。
二日前に国賓の滞在場所となるイーゴス宮殿に入った皇女達は丸一日を掛けて磨き上げた。そこそこ長い期間の移動で手入れ不足もあり、それぞれの侍女達が己の主を磨き上げる為に全力を尽くした。
ドレス一つにしてもそれぞれの皇女の好みが別れるため、各自に御用達のデザイナーを抱えていて、ドレスの仕立てでも帝国内の領地の関係などには気を使っている。一つの領地だけに偏らないようにするのも皇女達への課題となっていた。
そんな訳で、四人のドレスはそれぞれに特徴が出ているものであった。
「アナベルお姉様ぁ。わたしの侍女が面白い話を手に入れたんですぅ。男爵家の娘は可愛いと言われて持て囃されてるらしいのぉ。わたしとどっちが可愛いかしら♡」
間延びした話し方に男に媚びるような雰囲気を持つ第三皇女カルミアは、パステルオレンジにリボンとフリルがたっぷりのドレスを着ている。これから王城に向かい国王に挨拶をするので男ウケを狙った格好をしているのだろうが、姉妹は知っている。
カルミアの趣味はこんなフリフリではなく、シャツにトラウザーズ、長めのブーツだと言うことを。兄達に混ざりながら剣を振り回すカルミアは、普段は頭の高い所で一つ括りにしている髪の毛を、今日はツインテールにしてヘッドドレスであざとさを増している。
可愛さに全振りしているのは、持て囃されている男爵令嬢に対抗する為と分かる。姉妹の中で一番武人としての適性が高いカルミアがこうした格好をしている時は、明らかに男を騙すつもりである。
なお、間延びした話し方は演技でもなんでもなく素である。素で甘ったるい話し方をしながら騎士達をボコボコにするので一部では変な扉を開けた者もいるとかなんとか。
「可愛さ勝負ならカルミアとルピナスに勝てる女は居ないわね」
「ルーちゃんはお人形さんみたいな可愛さだもんねぇ♡ ルーちゃんとわたしは方向性が違うからぁ」
「ミアお姉様は親しみやすさを優先してますもんね。私に触りたがるのは幼女趣味の変態ばかりです」
長い睫毛をパシパシとさせたルピナスはボンネットとドレスを髪色とほとんど白に近いピンクにして、お人形度を上げている。繊細なレースが施された裾が美しいドレス。微笑みながら立っているだけで生きた人形と評される姉妹の中では一番背の低いルピナスは、15歳なのに10歳くらいの子供に間違えられるのが悩みである。
本人は怠惰な性格で動くのもあまり好きではない為、大人しく椅子に座ってるぼんやりとしていたら、生きた人形と言われるようになったのだけれど、訂正も面倒なのでそのままにしていた。
「ミアは分かるけれど、ルピはよく着いてきたわね。面倒じゃなかったのかしら?」
話すだけで色気溢れるトレニアが隣に座っていたルピナスの頬をつんつんとする。
「ミアお姉様とは違う方向性の可愛いは必要でしょ?それに、お姉様達に堕とされた男を観察するのは楽しいです」
にこにこ笑いながら話す中身はろくでもない。帝国内で皇女達の性格を知るのは精々使用人と騎士団くらいで、彼らは皇女達について口外を禁じられているので本性はバレていない。
とは言えど、男を翻弄しすぎては嫁入りが難しくなる。他国で好き勝手するには問題ないな、と考えたルピナスは怠惰さよりも好奇心の方に天秤が傾いたので着いてきたのだ。
姉達に恋焦がれて牽制し合う令息達を観察するのは面白かったけれど、思い切り引っ掻き回したい。派閥とか色々考えなくても良い他国なら、そりゃあ面白いことになるだろうと期待してしまう。
王城に向かう馬車は、姉妹の中で最も中が広いアナベルのものを使っている。姉妹が使う馬車は古代、まだ魔法というものがあった時代の遺物で、外から見る時と異なり中が拡張されている。
特にアナベルは皇太子の補佐として王城で暮らすことが決まっている為、仕事も割り振られ、国内の視察をする為に最も広いものを与えられていた。その広さは皇女の部屋の広さとさほど変わらず、寝台すら置かれているくらいだ。
旅の最中にどこかの貴族の城に泊まるのは当たり前の事だが、他国の場合は安全面に不安がある。それよりは野営になっても騎士が馬車を守る方が余程効率的だし、そもそも皇族と許可された者以外が馬車の扉を開けられない仕様なので、いざとなれば自分の馬車に使用人を入れて籠城する方が騎士も立ち回りやすくなっている。
そんな馬車なので、侍女達に給仕されている皇女四人は向かい合わせに置いてある長椅子に座っていた。
アナベルの隣はカルミア、アナベルの向かいはトレニア、そしてトレニアの隣にはルピナス。一番小柄なルピナスと高身長グラマラス体型のトレニアの組み合わせが座りやすい為、姉妹が集まるとこうなるのは自然な事であった。
「今回の目的は、王子達の目を覚まさせる事だけれど、傷付いた令嬢達がいるのは間違いないわ。それに、女一人に籠絡されるなんて問題しかないわよ。王弟の子もでしょう?幸いにしてまだ小さな第三王子がいるわ。それが真っ当なら挿げ替えね。ショモナ王国は害がないから良いのよ。凡愚だから良いのであって、愚者はいらないわ」
「そうね。お姉様のおっしゃる通りよ。お兄様が皇帝になられた時に愚か者はいらないわね」
見た目と違うのがカルミアとルピナスならば、見た目通りなのがアナベルとトレニアである。
クールなアナベルとセクシーなトレニアに妹二人は思わずうっとりとする。年としてはアナベルが21歳でトレニアは20歳。カルミアが16歳でルピナスが15歳なので上二人と下二人はそれぞれ近いが、トレニアとカルミアの間には4年の差があるので下の二人は上の姉を大人として尊敬し崇拝している。
「お姉様たち、素敵だわぁ♡」
「王国の男が揃って惚れてもおかしくないです」
キラキラと目を輝かせる可愛い妹二人に、あまり表情を変えないアナベルも微笑む。それがご褒美となって妹二人はまたメロメロになるのだから、トレニアには面白くてたまらない。
「ワタクシ達四人がいれば問題無いわ」
肘掛に凭れて扇を仰ぐトレニアにルピナスはすす、と身を寄せるとぺたりとくっつく。妖艶な姉にもメロメロなのだとアピールしているのだ。そんな可愛らしい妹にトレニアもメロメロで。
まあ、つまり、この姉妹はお互いが大好きなのだ。
侍女達は眩しすぎるこの光景に慣れた者しか残れない。心臓は常に鍛えられて、今も身動ぎせずに控えながら、内心では大変麗しい光景ありがとうございます、と思える余裕があった。




