17 公爵令嬢ローゼル②
ローゼルは正面に座るバルグスが想像していたよりも遥かに厳つさが無いな、とそんな感想を抱いていた。
ショモナ王国にも騎士団は存在し、現在の騎士団長はかなり厳つく怖そうな顔立ちをしている。迫力があり、多くの騎士を率いるには良いのだろうが、ローゼルは極めて普通の令嬢なので初めて顔を合わせた時には恐ろしくて仕方が無かった。
それに比べたらバルグスは背が高くて筋肉もついているが、顔立ち自体は元々良いのがわかる。カルミアの婚約者だと紹介されたマディスと比べたら確かに威圧感はあるけれど、男らしさを感じ、この背中になら確かに守られたいのだろうなと理解出来た。
婚約するかどうかはまず相性次第という事での顔合わせだけれど、第一印象は良い。
エスコートの為に歩く姿は無駄が無く、ローゼルに合わせて歩く配慮も有難かった。
顔をじっと見られている気がするので、観察されているのかしら、と微笑んでみた。
「ローゼル嬢、今日のお茶菓子はどうかなぁ?」
「大変美味しいです。以前頂いた物も大変宜しかったのですが、今回はまるでわたくしの好みに合わせているかのようで」
「うん♡そうだよぉ♡レーグはねぇ、客の好みに合わせた料理を出すのが得意なのぉ」
「えっ。あの時の一度でお分かりに?」
「あの時のお茶会にはわたしの侍女もいたからねぇ♡」
カルミアの侍女はお茶会中に誰が何を好んでいたかを観察し、それを料理人に伝えて情報として残しておくのだという。観察眼と記憶力、それから予測する力が無いと難しい話だ。
「公子から素敵なお酒を貰ったから出すねぇ」
「特級ですので皇女殿下のお気に召して頂けると良いのですが」
「特級は公爵家の特別だものぉ。嬉しいわぁ」
にこにこと笑うカルミアにバルグスが畏まって言うが、ローゼルには全く分からなくて少し戸惑っていると、マディスがその点を補足してくれた。
「レドニージュ公爵領にしか無い黄金桜桃という果実で作られたお酒が特産品なのですよ。品質により級分けがされていて、特級ともなればまず市場には出ないどころか、皇帝陛下も飲んだことがないのでは?」
「そんな貴重なものを、良いのですか?」
「もしも気に入ったら言ってください。貴方へと特級を一本用意していますので」
バルグスの声は顔や体格に見合った低さで、聞き心地が良い。大きな声ではないのにしっかりと耳に届く。
「そのような貴重なものを、ありがとうございます」
常ならば一度は断っていたはずだ。皇帝すら飲めない特別なものを良いのか、と戸惑うけれど、それが彼の気持ちなのだとわかる。ローゼルの為にわざわざ用意してくれたものを断る方が無礼に当たるだろう。
「マーカス。準備を」
「畏まりました」
バルグスの後ろに控えていた従者が侍女がカートに乗せて慎重に運び入れた木箱を手にする。
蓋を開けると、布が敷き詰められた中に収まっている瓶が見えた。
「黄金桜桃の果実酒で、こちらは半年間果実を漬け込んだ後、地下の冷暗所にて保管していた五年物です」
「五年、ですか」
「はい。ワインと同じく、果実酒も眠らせている年数で味が変わります。五年物は甘さと酸味が混ざり合い独特な風味となっております。僭越ながら、毒味をさせていただきます」
例えレドニージュ公爵家からの献上品でも、外部から持ち込んでいる以上は毒味が必要になる。
マーカスがグラスに注いだ液体は、琥珀のようなとろりとした色をしている。
「味はどう?」
「はい、カルミア皇女殿下。まろやかで口当たりが良いものとなっております」
「わぁい♡早く注いでぇ」
毒味を目の前で済ませたマーカスに早く早くと急かすカルミアはとても可愛らしい。
ローゼルはカルミアの可愛らしさを微笑ましく思う。母国で初めて対面した時は四人の皇女が揃っていて圧巻された。学園の視察の際に補佐についた時、カルミアが話しかけてくる際に畏まった態度をすると頬を膨らませるので、庇護欲を何度もそそられた。
プニカに対しては嫉妬したけれど、それはジーミスを挟んで同じ舞台に立っていたからで、カルミアは別の舞台にいるから嫉妬心すら湧かない。
するりと心に入り、寄り添う親しみのある姿が偽りだったとしても許せてしまうのは、ころころと変わる表情が可愛らしいから。そこには媚びがない。
プニカは男性を籠絡する為であり、下心があり、媚びがある上での表情だったからこそ嫌悪感があった、いかにローゼルを、ほかの令嬢達を貶めるかに基づいてた。
カルミアにはそんなことをする必要は無い。だからこそローゼルは純粋な気持ちでカルミアに接する事が出来た。
そんなカルミアにローゼルは気に入られている、と痛感させられたのは皇城に着いた時で。
皇女が住まう離宮には直接向かうのではなく、一度城を経由しなければならなかった。
その為、宿を出た後は馬車で城の正面の馬車止まりまで進み、騎士の手助けを得てステップを降りたのだが、皇室の紋入りの馬車と言うだけで注目を浴びていたのに、ローゼルの側頭部に付けられた『カルミアの花飾り』が更なる視線を集めた。
皇城の敷地内で、皇女の名となっている花の飾りは認められた者しか付けられない慣習があり、それを付けた上で騎士に止められていないのは許されているからに他ならない。
視線が集まる事は初めてではないけれど、気分が良いものではない。レミは大丈夫だろうかと思うくらいの余裕はあった。
本来であれば侍女のレミは宿で待っているべきなのだろうが、一人異国の地では心細いだろうというカルミアの配慮により伴を許されている。侍女である為、ローゼルよりもスカートの膨らみは抑え目に、装飾も限られた落ち着きのあるドレスを着ている彼女は子爵家の生まれだけれど、公爵家に長年仕えているのもあり所作の心配はない。
更にいえば、母国では王子妃教育の為に登城する時はレミを付き添いにしていたので、ある程度の度胸はあると思っていた。が、後に「帝国の皇城は規模が違います!緊張しましたよ」と嘆かれた。
ローゼルの前を歩くカルミア付きのマキナがいるのも大きかったのだろう。
皇城には開放された庭園などがあり、貴族の令嬢も来る事が多いようで、偶々近くをすれ違ったその女性は表情を一瞬崩しながらローゼルの髪飾りを見ていた。
離宮に向かう為の馬車に乗って移動し、マキナの先導で中に入ったらわざわざカルミアが待ち構えていた時には倒れそうになった。皇女を待たせていたなど本来は許されないのだけれど、マキナに怒られたのはカルミアの方だった。
主君たる皇女に怒って良いのかとハラハラしていたら、マキナは「己の主がしてはならぬ事をした時に止めるのは臣下の役目にございます。また、カルミア皇女殿下よりその許しを頂いております」と問題がない事を教えてくれた。
にこにこと笑うカルミアは全く反省していなかったけれど。
果実酒が注がれたグラスが静かに置かれる。
こういう時にまず手を付けるのは最も位の高い人なので必然とカルミアとなる。グラスのステムを優雅に摘んだカルミアはまず香りを確かめ、満足そうに微笑むと少しばかりを口に含んだ。
「うん♡美味しいぃ♡」
蕩けるような声は喜びに満ちていた。貴方達もどうぞ、と勧められてローゼルは出来るだけ優雅に見えるよう指先にまで注意を払いながら果実酒を飲んだ。
口の中に広がるのは果実特有の甘みと酸味だが、時間の経過がその二つを上手く馴染ませたのだろう。非常に飲みやすくなっている。
「美味しい……とても、美味しいです」
「気に入って貰えたようで良かった」
バルグスのほんの少し細めた目にどきりとする。
カルミアやマキナの言葉を信じるならば、バルグスは正直者だから素直に言葉を受け取れば良いだけらしい。
「レドニージュ公子様はこの、黄金桜桃の果実酒はお好きですか?」
「ああ、等級は下がるが、公爵領では普段飲む果実酒なもので。どうぞオレのことはバルグスと」
「ではわたくしはローゼルとお呼び下さいませ、バルグス様」
婚約者ではない男性を名で呼ぶ為には一連の流れが存在する。逆もまた然り。
カルミアが明るく、マディスがそれを受け止めながら円滑になるようにと補佐をしてくれているからか、ローゼルは安心してこの場にいることが出来た。
暫くは四人で話をしていたのだけれど、カルミアがぱん、と両手を合わせて軽く首を傾げながらバルグスに目を向けた。
「公子はこの離宮の庭園を知ってるからぁ、ローゼル嬢を案内してあげてねぇ♡」
「カルミア様!?」
「畏まりました、皇女殿下」
二人きりの時間を強制的に作られたローゼルは驚くも、バルグスはカルミアの無茶ぶりに慣れているのかすっと立ち上がる。
ローゼルの椅子を引くのは彼の侍従のマーカスで、正面に来たバルグスを見上げると圧はあるけれど、恐ろしさはなかった。
「どうぞ、手を」
「ええ。ありがとうございます」
淑女は自ら椅子引いて座る事も立つ事も許されていない。誰かの手でそれをされ、立つ時にも誰かの手を借りなければならない。
手を重ねるのは二度目で、やはり大きいなと思いながら体重を乗せても身動ぎしないので見た目通り体感から鍛えたのだろう。
ジーミスは理想的な王子であったが、安心感はあまりなかった。愛しい人だったし、その時はとても素敵な人だったけれど、愛情が減って無くなり、縁も切れた後に出てくるのは何故か駄目だしだった。
レミは「女性とはそういうことが多いそうですよ」と訳知り顔で言ったが、どうやら使用人の間でそのような話題はよく出るそうだ。
『女性は別れた後などは深い悲しみに死をも考えるそうです。これは谷底に転がり落ちたような感じだとか。しかし、何時までも悲しんでいられない、と谷底から抜け出すために坂道を登り出すそうで、お別れした男性の事は思い出として過去の存在になるそうですよ』
ローゼルの髪の毛を整えながら語ったレミは、私には経験がありませんけれど、先輩方は経験豊富なので、と小声で囁いた後に二人で顔を見合せて笑いあった。
つまり、駄目だしが出来るようになったのは、ジーミスを過去の存在として受け止められるようになったからだ。
部屋からは外に出られる大窓があり、バルグスに誘導されながら庭園を歩く。
「とても素敵ですね」
「そうですね」
「バルグス様。宜しければいつも通りにお話下さいませ。そのお言葉遣いはあまり慣れていらっしゃらないのでは?」
「う、うむ。ならば、その配慮をありがたく受け止めさせていただく」
丁寧な話し方をしていたバルグスだったけれど、どこか話しにくそうだった。口調を切り替えた彼は安堵したようで、ローゼルは今の話し方の方がバルグスに似合うわ、と微笑ましく思った。
「バルグス様は戦場に赴くとカルミア様の侍女から伺いましたわ」
「ああ。レドニージュ家はそれが役目だからな」
「お身体を鍛えたのはその為ですか?」
「そうだ。マディスとは幼い頃からの付き合いで、あいつを守るのがオレのやるべき事と思ったからな」
ショモナ王国には大型獣は出ないので想像も出来ないけれど、命がけの戦いをする場所なのだろう。
「恐ろしくはありませんか?」
「そうだな。初めて戦場に赴いた時は恐ろしかった。己よりも、大人よりも遥かに大きな獣がこちらを蹂躙しようと見ているのだ。しかし、本当に恐ろしいのは、その最前線が破られた後に待つのは国への蹂躙で、犠牲の数は想像も出来ない。そちらの方が遥かに恐ろしいと思ったら、戦う恐れは減ったな」
ローゼルの歩みに合わせて歩くバルグスの声は落ち着いていて、やはり聞き心地が良い。建前ではなく本音で語っていると分かる真摯さ。
何歳が初陣だったのかは分からないけれど、その背中に数多の命を負っていると自覚してなお戦う事を選んだ彼の強さを尊敬する。
「あそこのガゼボに行こうか」
「ええ」
王立学園の白百合のガゼボも素敵だったけれど、皇女の離宮のガゼボはそれと同じくらいに素敵な佇まいだ。
ローゼルはバルグスの手に引かれながらそちらに向かって歩みを進めた。
次のバルグス②で二人の話は一旦終わり。




