15 公爵令嬢ローゼル①
ショモナ王国の公爵令嬢のお話
ショモナ王国の公爵令嬢ローゼルは以前まで第一王子ジーミスの婚約者であった。
しかしその婚約は解消され、今はただの貴族令嬢に戻っている。
始まりは王立学園でジーミスを始めとした多くの令息達が、プニカと言う一人の少女が持つ『魅了の魔道具』により精神を操られた事だろう。
ジーミスとは良い関係を築いていたはずが、気付けばことある事に罵られ、持っていたはずの愛情は簡単に枯渇した。
プニカは全てにおいてローゼルよりも劣っている存在だった。彼女が勝っているものがあるとすれば男を籠絡する腕前だけだろう。
それすらも魔道具に頼っていたのだから、彼女さえいなければローゼルは今でもジーミスの婚約者だっただろう。
全てを終わらせてくれ、変えてくれたのは帝国から来た四人の皇女であった。
どの方も美しく可愛らしく、見る者の心を捉えて離さず。ローゼルも例外なく彼女達に魅了されたけれど、魔道具なんてものに彼女達は頼らなくても十分なだけの魅力に溢れていた。
夜会の場に赴けば、王子に見捨てられた女と笑いものにされていた。ローゼルを貶める事で家すらも貶めて力を削ぎ落とそうと言う醜悪な魂胆は、皇女達の一言で呆気なく潰された。
「友」
宗主国たる帝国の皇女達の立場は想像を絶する程高い。当然ながら友人関係はかなり厳選されている。しかも皇女からそう呼ぶと言うことは認めているという事に他ならない。
ローゼルを蹴落とし我が子を新たなる王子の婚約者に挿げ替えるだけでなく、女としての価値を失わせてやろうと積極的に悪意をばらまいていた某侯爵夫人は今や社交界から締め出されて表には出られない状態になっている。
誰もが帝国皇女という後ろ盾を手に入れたローゼル達を恐れた。
整備はされているけれど、土に埋まっていた石によりガタンと揺れる馬車の中でローゼルは侍女と向かい合わせに座っていた。
帝国から派遣された騎士が馬車を取り囲み護衛する中、向かっているのは帝国の中心部分、帝都にある皇城である。
魅了の魔道具により精神的に汚染された王子達との婚約はとてもでは無いけれど継続出来なくなったし、ローゼル自身もジーミスの声を聞くだけで過去の罵倒を思い出して嫌悪感しか抱け無くなっていたので何の問題もなく解消された。
治療を行う王子を待てないのか、支えないのか、と言う言葉はあの日々を過ごしていないから言えるのだ。
例え魔道具のせいであっても、そんなのは知ったことでは無い。毎日のように罵られ続け、女として劣っていると言われてきた時間が無くなるわけではない。
愛情も信頼も積み重ねでしか生まれず維持は出来ない。そのどちらも無くなってしまったローゼルがジーミスを支える必要性は無かった。
婚約の解消が認められ、解放されたという清々しい気持ちと、疲れてしまった気持ちで暫くの間、ローゼルは療養を必要とした。
両親には愛されている。何度も婚約の解消を願っていたが、国王は少しだけ待ってくれと言って却下されていた。
今思えば、彼らの態度を改めさせる、とかではなく、どうにかするから、というもので、あの時点で帝国に相談をしていたのだろう。そしてそれを公には出来なかった。
壊された婚約の当事者達にとっては不満しか無かったが、国王も王妃も出来る事はしていたのだろう。彼らの婚約が無くなれば新たな被害者が生まれる。
ローゼルからすればそんなものの為、という思いと、犠牲の数は極力減らしたいと言う為政者の思考への理解の板挟みになりかけたが、全ては終わったことである。
婚約者のいなくなったローゼルは直ぐに新たな縁談が組まれようとしていた。その相手が帝国の公爵家の嫡子で、ローゼルを特に気に入った第三皇女カルミアからの紹介であった。
通常ならば直接公子の屋敷に赴くところをカルミアが取り持ちたいからと皇城にある彼女の離宮に招かれることになった。
可愛いを詰め込んだ顔立ちのカルミアから貰った手紙は、外見とは異なりかなり豪快な筆致をしていた。正直、丸っとした可愛らしい字だと思っていたけれど、その差が面白くてやはり魅力的だなと感じてしまう。
「お嬢様、間もなく休憩だそうです」
「分かったわ」
乗っている馬車は帝国からのもので、皇室の印がついている。最初こそ恐れ多くて断ろうとしたのだけれど、騎士隊の隊長という男性が、この印をつけた馬車を山賊は決して襲わない。皇室の報復は苛烈だと山賊は知っている。だからこそ安全の為に乗って欲しい、と。
そういう理由ならば、と頷いたローゼルは有難く馬車に乗ったけれど、座り心地の良さに驚き、振動が極端に少ないことにも驚いた。石などでは跳ねるけれど、それでもローゼルの家で使っているものよりも格段に良い。
「レミ、この馬車すごいわね」
「はい、お嬢様。随分と楽です」
レミはローゼルの専属侍女で、王子の態度の変化に傷付き心を減らしてきたローゼルをそっと支えてくれた忠義者である。もしもこの縁談が上手くいき帝国に移住するとなれば、レミは必ずついて行くとローゼルに願っていた。
レミは子爵家の娘で、侍女を辞めて結婚する道もあるのに、ローゼルに着いて行くと決めているのだから、ローゼルは彼女に報いなければならない。
何日もかけて辿り着いた帝国の中心地である帝都は王国など比にならない程の広さと発展具合に、ローゼルとレミは圧倒された。最先端は帝都で生まれる、とは王国貴族の中でもよく知られた話で、城下に住む平民達すら仕立ての良い服を着て働いているのが見える。
着いて早々に登城とはならず、カルミアが手配した宿に泊まるとの事だが、皇女が選ぶ宿なのだから当然のように最高級の宿の最も格の高い部屋を宛てがわれた。
侍女や侍従の為の部屋も付けられた広い部屋の窓からは城下町は当然だが皇城も見える。
カルミアは登城にあたり作法が不安なローゼルの為に侍女を遣わせてくれた。その侍女マキナは現在レミと共にドレスや小物などの確認を行っている。
帝国においても皇女の友と言う立場は特別なものらしく、確認を終えてローゼルの元に戻ってきたマキナはカルミアの名であり彼女の印でもある「カルミアの花飾り」を必ず飾るようにと渡してきた。
皇女の名の元になった花の飾りを皇城で付けられるのは本人と認められたものだけである。
マキナのような侍女はリボンの端に花の刺繍を施して誰付きの侍女かを示すけれど、髪飾りは付けられない。
当然だけれど、元は花なので皇城以外の場所では自由にしてよく、平民達はどの皇女殿下をお慕いしているか、のような一種の応援品のように付けているそうだ。
ローゼルが花飾りを付けることでカルミアの特別な存在だと周囲に示し、属国の貴族令嬢だからと馬鹿にされるのを阻止する目的があった。
「あの、マキナさん」
「マキナとお呼び下さい。ローゼル様は我が主の大切なご友人にございます」
「そう。では、マキナ。貴方はレドニージュ公爵令息様の事は知ってるかしら?」
「はい。レドニージュ公子様は我が主カルミア皇女殿下のご婚約者であるバドシュラ辺境伯令息マディス様の親友にございます」
「どのような性格かしら」
「非常に真っ直ぐな性格の方です。そのお言葉は裏を読む必要はございません。好きなものは好き、嫌いなものは嫌いとはっきり申し上げる方です」
「公子なのよね?」
「はい。策謀には向いていない方です」
それってどうなのかしら、とローゼルはレミと目を合わせる。仮にも公爵家の娘として育ってきたローゼルは、本音は隠して嫌いなものも平気な振りをするように教わってきた。
隙を見せたら悪意で喰らい尽くされる。貴族の世界は平民が思うほど煌びやかな世界ではない。寧ろ陰湿で食うか食われるかの、心が弱ければ立っていられない世界だ。
「公子様はそれで良いのです。無論、本来の貴族であれば腹芸の一つでもしておかなければならないのでしょう。しかし、誰も彼も取り繕った顔をして本音を隠していては皇族の方は誰を信頼すれば良いのか見定めるのに時間がかかります」
「それはそうだけど」
「勿論、公子様のその性格を苦手とする方もいますが、公子様は偽りを申し上げません。あの方は真っ直ぐに明るいので、疑り深い方でさえ懐柔してしまうのです」
「それは凄いわね。ああ、つまり、公子様を避ける方は後ろ暗いことをしている、と」
「その通りにございます。策謀策略は貴族の嗜みでもありましょう。公子様はそれを咎めはしません。帝国に害をなすことが無ければ気にも止めません」
マキナからの評価は悪くない。
つまり、明日に顔を合わせて彼から言われる言葉はそのまま受け取れば良いだけのこと。本音は、など気にする必要も無いというのはローゼルにとって楽であった。
腹の探り合いの日々は確かに精神を疲労させていた。
「カルミア様は公子様の事を、その、筋肉ムキムキ、と仰っていたのだけれど」
「ムキムキ……確かに、間違いなくそうではありますが、皇女たるものお言葉選びはもう少し品良くすべきですね。公子様は体格が宜しいです。背丈はそうですね……見上げるほどでございましょうか。腕の太さはお嬢様の腕を三本くらい纏めたくらいかと」
「えっ」
「公子様も辺境伯家より救援要請を受けて大型獣討伐に赴きますが、戦い方は力でのゴリ押し一択です。辺境伯令息様は当然お強く、我が国の英雄として見られておりますが、公子様は帝国の盾と思われています。公子様は防衛線がお得意で、辺境伯令息様の後ろでどの獣も通さぬと守りに徹されます」
「公子様も、戦場に?」
「はい。今までに大怪我をしたのは幼い頃の一度だけ。そこから守りの重要性を学び、その為に鍛錬したお方です」
南部のさらに南には大森林が広がり、そこから大型の獣が現れるとレドニージュ公爵家の事を学ぶ時に知った。
南の辺境伯家の役目は対人ではなく対獣で、だからこそ武力が集中しても妨害は無いと聞く。辺境伯家が崩壊すれば、獣は帝国中を蹂躙すると誰もが知るから。
「レドニージュ公爵家はバドシュラ辺境伯家のすぐ隣に接しております。万が一にもバドシュラ辺境伯領が壊滅した際にはレドニージュ公爵領が獣の氾濫を抑えるお役目となっています。その為、レドニージュ公爵家は代々婚約者探しが難航しているのです」
「確かに恐ろしいですものね。マキナ、敢えて言わなくても良い事を教えてくれたのはどうして?私が嫌がることも有り得たでしょう?」
「だからです。帝国民であれば知っている事でも外から来られた方はご存知ない。いきなり仰られてその場で冷静になる事は難しい事と存じます。一晩しかございませんが、お嬢様には考えていただく時間が必要かと思いました」
確かにローゼルには知りえなかった事だ。帝国では当たり前の事でもローゼルのような外の人間には分からぬ事を、いきなり初対面で言われて動揺しないかと言われれば動揺するに決まっている。
公爵家の跡取りが戦場に出るなど普通はありえない。しかし、その為の場所を統治していると言われたならば、それが役目だと言うのならば、ローゼルの常識など意味が無い。
「公子様のお背中は広く大きいです」
「え?」
「守ると決めたものは守り通すと分かるお背中に、戦場では騎士も戦士も冒険者も安心すると評判ですよ」
「そう、なのね」
「はい。そして、それは恐らくご婚約者様に対しても同じです」
ローゼルが学園に入学してから、ジーミスと言う並び立つ相手は敵になった。守ってくれるはずの相手からの容赦の無い攻撃に、無防備なローゼルは散々痛めつけられた。
一人で立てないほど弱いつもりは無い。しかし、唯一支え合うはずの相手から傷付けられてはローゼルも打ちのめされるというもの。
「そう……公子様のお背中は広くて大きいのね」
瞼を閉じて想像してみる。自分の目の前に揺るぎなく立ち、後ろにいるものを守ろうとするその背中を。
どれだけ考えても分からなかった人がぼんやりと形になっていく。
「ありがとう、マキナ。わたくし、明日が楽しみだわ」
「はい。それに明日は、王国でのお茶会でお出ししたお菓子を作ったカルミア殿下専属の料理人が腕を奮うのでお楽しみにしてくださいませ」
「まあ!あの時のお菓子は大変美味しかったわ。カルミア様の料理人なのね。レミ、あのね、イーゴス宮殿でのお茶会で出していただいたお菓子がとても美味しかったのよ」
「それでは明日の楽しみが増えましたね」
「ええ!」
その日はマキナに帝国での作法や他にも流行などを教わりながら、ローゼルは翌日への不安を少しずつ消していった。
ショモナ王国の名前、くだらない事だけど「しょーもない王国」のつもりで仮名にしてたんです。変えるのが面倒になってそのまんまになりました。
ジーミス→地味
マースル→マッスル
てな感じで付けたんですけど、ショモナ王国民がまだまだ出るなら名前をまともにしておけば良かったと後悔してます。覚えやすいんですけどね。




