14 カルミア専属料理人レーグ
「レーグ、あのねぇ、来週お菓子を作って欲しいのぉ」
「誰用?」
「あのねぇ、ショモナ王国のローゼル嬢がこちらに来るのぉ。だからねぇ、バルグス様とぉ顔合わせ出来るようにしたのぉ」
「ショモナ王国のローゼル様……ああ、公爵家のご令嬢のか。それと、レドニージュ公爵家んとこのマッチョと、マディス様は?」
「一応お呼びしたけどお返事はまだぁ」
「予定に組み込んどくわ。全部こっち任せでいいのか?」
「うん。レーグならやってくれるでしょお?」
「……はー、当たり前だろ。ほら、さっさと部屋に戻れ」
「はぁい♡」
砂糖菓子のようにふわふわしている皇女に大して無礼とも言える態度を取っていながら、一度たりとも罰を与えられたことのない男の名をレーグという。
28歳の彼は20歳の時に働いていた店でデザートを任されてそれを出してもらったら、お忍びで城下まで来ていたカルミアに気に入られて、多少は揉めたけれど彼女の専属料理人となった。
レーグの現在の身分は平民だが、元は男爵家の三番目に産まれた。たが、彼は望まれて生まれたわけではない。長男とスペアの次男がいるので三人目は嫁がせる為に女の子を求めていた。しかし生まれたのが男であった。
裕福でもない小さな男爵家で将来は精々どこかの使用人になるか平民になるしかない三男は大切になどされなかった。
文字の読み書きと計算が出来るようになったのは、いつかどこかの使用人になれたりした時にそれが出来るだけで金になると親が知っていたからで。
家の家事などは働いてくれている使用人と分けてするようにと言われたのが5歳の時。その使用人から可哀想と言われた時には理解出来なかったけれど、兄二人から馬鹿にされて殴る蹴るの対象になっても止められなかったから、嫌われてる事は分かっていた。
12歳になった時に家を出て平民として生きていこうと決めたのは、案外やっていけそうだと思ったからだ。
男爵家のある領地は小さくて平民ばかりで、レーグは貴族より平民に近い生き方しかしていなかったから。
ここでずっとボロカスにされていくよりも、平民として自立して生きた方が楽なのでは、と気付いた。
父親に「平民として生きてくから、貴族籍から外してください」と告げたのは、自分には混じることが許されない朝食の場で、その時にやけにぽかんとした目で見られたのを覚えている。
あれは、捨てる事はあっても捨てられることなど考えたことも無かったからの驚きだったのだろう。
世話になった覚えなどない。息子扱いよりも使用人扱いで、なのに給金も貰っていない。今着ている服だって兄達の着なくなった服を繕ったものだ。
「それじゃ」
用意していた荷物を引っつかみ、そのまますぐに出ていった。
あの家で家族ではなかったレーグは身軽だ。元々何も持っていないのだから、枷になどなりはしない。
レーグがどこの誰と交流があるとか何も知らない奴らは追いかける事も出来やしないだろう。
お金はこれまで働いたのに支払われなかった給金としてちょろまかしてきた。それでも十分に足りてないけれど、取りすぎると罪人扱いされかねないから、まあ良いだろう。
レーグは自分のために用意されたものなんて何一つとして持ってなかった。精々名前か。だから、使えそうな古いものだけを袋に詰めて飛び出した。
村から隣の領に向かう乗合馬車が待ってくれていた。
領地の平民はみーんな知っていた。レーグは領主様のところの三番目の子供で、だけどそれらしく育てられてないって事を。
だから逃げ出す手伝いをした。
否、彼らは三番目のご子息なんて知りはしない。そうやって紹介された訳じゃないし。彼は使用人のレーグでしょ?と聞かれたら答えるだろう。それだけ扱いは良くなかった。
まあ、実際にそうした。
お金を持って行ったことが分かって取り返せ、と憲兵を呼び寄せ命じ、憲兵が村人にどこに行ったか聞いた時に、レーグはご子息だったのか!だから5歳の時から働かされて、でも給料は払ってなかったのか。
いやぁ、腹を空かせた子供か泣きながら来たからうちらの飯を分けてやってねぇ。
お貴族様だったのか。
なーんて話が聞こえたからには、憲兵の態度も変わる。
帝国で子供が働けるようになるのは六歳からで、働いた分はお金を払わなければならない。我が子であっても変わらない。労働には対価を払わなければ健全とは言えない、というのが三代前の皇帝の考えでそれは浸透している。
憲兵は男爵の振る舞いをもっと上に報告して、結果としてその男爵家は潰れた。子供を7年間も無償で働かせたのだ。逃げ出したのは無理もない。
帳簿も杜撰で、途中から字が拙くなってたのから見るに、逃げ出した子供にさせていたのだろう。
領地は皇帝が貴族に「貸した」場所であり、平民なども全ては皇帝が所有者で、それは貴族の子供も同じ。
その権利なし、として爵位を奪われた一家は平民になるしかなかった。
そんなことになっているとは露知らず、レーグはのんびりと王都を目指した。料理人になってみたいと思った。料理は楽しい。
王都には沢山お店があると聞いたレーグはそれだけを頼りに向かった。最初からお高そうな店は無理だと分かってたから、そこそこの規模の店を狙いにした。
まずはそれなりに良さげな孤児院に行って保護してもらった。院長には事情を話した。五歳から無給で働かせられていた事はありえない事や、我が子でも使用人として扱うならお金は貰わなければならないことも教わった。
12歳になっていたから下働きなどで働けると知って、レーグは仕事の斡旋場所を教えて貰ってすぐに向かった。
そこで八年間働く事になる店と出会い、大変な事もあったけど色々と教わって、孤児院を出て一人で生きられるようになった頃にカルミアに出会った。
何だこの女、と思ったのが最初で、可愛い顔したガキと思ったけれど、雰囲気はただの子供じゃなかった。
その正体が我が国の第三皇女様だと知って驚いたけれど、料理人として引き抜かれようとして最初こそ抵抗した。
レーグは自分の店を持つのが夢になっていた。皇女様の料理人だなんて望んじゃいなかった。
しかし、煽りに煽られて最終的には店主からも説得されて、カルミアの専属料理人となってしまった。
カルミアは見た目に反してよく食べる。そして味にうるさい。よく食べるのはその分動くからで、見た目に反してかなり力が強く、騎士などでも太刀打ち出来ないそうだ。
レーグは最高の食材を与えられて料理の研鑽に務めるように言われた。三食にお茶の時間のお菓子など、食べる事全てに関しての権限を与えられた。
カルミアの専属料理人はレーグ一人で、食事もカルミアの分だけで良いというのだから、時間がある時には何をしても良かった。
本が読めるならば、と王宮の図書館から他国の料理の本を借りてきたカルミアにこれが食べたいと無茶振りされ、レーグは確かに料理の腕前が上がった。
料理人は平民がなれる上級使用人で、給金はかなり貰っていたけれど、レーグはそれを貯め込んでいた。使う場所が無かったからだ。
彼はカルミアの離宮の中にある使用人用の部屋を割り当てられていて、カルミアが皇族の集まりで食事をする日以外は全部の料理を担当していたので暇がなかった。
昼が軽食程度ならば良かったのだが、カルミアは兎に角食べるので軽く、なんてことはまずなく。
それでも二年目になれば楽しさを感じるようになった。
カルミアが自慢するから、と他の皇女殿下や側室方、皇子殿下や果ては皇帝陛下や皇后陛下がこっそりとレーグを呼んで食事やお菓子を提供させるようになると胃が痛くなったし万が一のことがあればと恐ろしくなったが、その度にカルミアが「レーグは私の料理人ですぅ!」と怒るのが嬉しくなって。
カルミアに婚約者が出来た時には喜ばしいと腕を奮った。基本的に皆の好みを把握しているレーグは、カルミアの婚約者の好みも、交流のある人々の好みも覚えて行ったしそれ用のノートはかなりの厚みが出来た。
カルミアに雇われて八年。
カルミアに許されているからと荒っぽい話し方は変わってないけれど、カルミアは怒らないし変えろとも言わないからこのままでいる。
カルミアが結婚する時には辺境伯家にまで連れて行くと宣言されている。レーグはカルミアの嫁入り道具の一つらしい。まあ、それも悪くないな、と思う。
店を持つ夢はあったけれど、あの時に言われた腕前を上げる機会はカルミアの料理人にならなければ得られるものではなかった。
カルミアの婚約者はレーグが辺境伯家に移動する事を止めないどころか「我が家も待ち望んでいる」とありがたい言葉を貰った。
あちらでは大型の獣が出てくるし、ドラゴンなんかも出るそうで。それの肉を食べる事もあると聞いてレーグは楽しみで仕方がない。
男爵家はレーグが出て行ってから直ぐに潰れたと聞いて驚いた。けれど悲しみはない。
あそこで暮らしてきた以上の月日が濃すぎてもうほとんど覚えて居ない。
レーグが王都に来たのは12歳の時で、今はもう28歳だ。しかも8年は皇女の専属料理人である。これ以上の濃すぎる経験は無いだろう。
レーグは厨房に置いてある壁掛けの板に貼られている予定表に、来週の予定を書き込む。
レドニージュ公爵家のムキムキは濃いめの味付けで甘いものはあまり好きではない。少し前に行ったショモナ王国のご令嬢は甘さ控えめが好み。なんてのをメモして。
「さーて、姫様のお茶の時間だな」
準備していた大量のお茶菓子を皿に盛り付けて侍女が取りに来るのを待つ。
レーグはカルミアの専属料理人である。彼女の為に今日も明日もいつまでも料理を提供し続ける事が今の喜びだ。




