13 第二皇子ナルディス
ナルディスはアンザス帝国の第二皇子として産まれた事を好運とは思わなかった。例えばこれが第三皇子だったり異母妹で第一皇女のアナベルの後に生まれていたならば幸運だったと思っただろう。
一番目でなくてよかったとは思うけれど、二番目には二番目なりの苦労がある。
まず、兄であるガルディアスの万が一のスペアとして同等の教育が施される。これだけで苦労するのだ。何故ならナルディスは凡人だからだ。頭の出来が良すぎる訳では無いのにとにかく詰め込まれる。
だからと言って皇太子になれる訳では無いのだ。
次に、二歳年下の異母妹がナルディスを上回る優秀さであった事だろう。別に彼女の事が嫌いな訳では無い。妹として可愛いとは思う。
しかし、世間の目というのはとかく厳しい。特に巨大な帝国の皇族ともなれば人であるのに人と同じとは思われていない。
人間には個性があり得手不得手があるにも関わらず、皇族と言うだけで優秀である事を自然と望まれる。否、優秀でなければならないと決めつけられている。
正直やってられないと思うのだけれど、周りはそれを許してはくれない。
発破を掛けるためなのか、アナベルと比較され続けてきて心は早々に折れた。アナベルはナルディスを追い落としたいとは思っていない。
あれは単純に与えられた仕事を如何に効率よくこなしていくか、予定を立て計算し尽くした事業がどれだけの完成度となるかを喜んでいるだけで、あくまでも個人の好みでしかない。
ナルディスの異母妹達はその母である側室達の良い所を引き継ぎそれぞれの美しさを持って産まれ、そして育った。
兄のガルディアスは他国の王子を見ても引けを取らないどころか十分に理想的な皇子といった感じだけれど、ナルディスはその中でいて一人だけ地味だ。目の色こそ皇族を示す紫だけれど、髪の色は地味な茶色で一人だけ華やかさがない。
兄ですら異母妹達と容貌を比較されると言うのに、ナルディスなどは陰でこき下ろされているのだ。
そのせいもあって美人に対しての卑屈が恐怖症になってしまった。
妹達は可愛い。しかし恐ろしい。彼女達の前に立つと居ないはずの他者からの貶める言葉が思い出されて震えてしまうようになった。
前髪を伸ばし始めたのは顔を見えにくくする為で、そうなれば「ハズレの皇子」の評価は加速する一方であった。
アナベルが城に残ってガルディアスの補佐をしたいと望んだ事と、ナルディスの状態から両親である皇帝と皇后はナルディスを臣籍降下させ、血筋が途絶えた公爵家を復活させてその当主とする事に決めた。
ナルディスの婚約者は外見よりも内面と相性が重視された。そこには、ナルディスを一度も貶したことの無い家門である事も含まれていた。
十分に愛されていると分かるけれど、幼い頃から積み重なってきた劣等感は最早取り除く事は不可能にまでなった。
「デイジー、待たせたかな?」
「いいえ。カルミア様の料理人が用意して下さったお菓子を堪能しておりましたわ」
「そうか。レーグの作る菓子は俺も好きだよ」
「ナルディス様のお好みの味をよくご存知ですものね」
食への拘りが強いカルミアが専属にしている料理人のレーグは、元は男爵家に産まれた三男で、家を継ぐこともなければスペアになることも無い上、利用価値も無いからとあまり良い境遇では無かった。
そこでレーグは12歳になると料理人を志して家から出る事になった。その時に貴族籍から外してもらって一度平民になったと言う。
裕福ではない男爵家で使用人も一人しか居ないとなれば、レーグは役たたずなのだからと使用人のような扱いをされて料理などをさせられていた。
その為、料理の道を選ぶのは自然な事だったし、12歳ともなれば平民なら奉公に上がっていたりもするので、経験があるだけ働くのに有利だったそうだ。
曲がりなりにも貴族であったので文字は最低限読み書き出来たのも大きかったのだろう。
そうして彼は地道に働き、気付けば20歳になっていた。
店でも信頼されてそれなりの立場になっていたレーグが偶々作ったデザートが、偶々お忍びをしていた当時8歳のカルミアの口に入ったのは神の加護が働いたのではないだろうか。
カルミアがレーグを引き抜くとなった時には少々騒ぎになったが、皇女自らが望んだともなれば最高の栄誉とされ、店主などはレーグを惜しみながらも送り出すしか無かった。
初めの頃こそレーグは反発心があったそうだ。いずれは自分の店を持つのが夢だったそうで。しかし、カルミアはもっと上を目指す気は無いのか。カルミアの元にいればどんな食材でも手に入れる。様々な調理法を試せる機会なのにそれを不意にしていいのか、とあの甘ったるい口調で問い掛け、レーグは完全に負けた。
そこからレーグはカルミアの好みをとことん追求し続け、更に他の皇女やナルディス、果ては皇族全員の好みまでを把握したけれど、彼の主はカルミアだったので勝手に使うことは許されなかった。
ただ、こうした交流日にはカルミアが気を利かせて茶菓子を頼んでくれるので十分に優しいのだろう。
いつの間にやらレーグはデイジーの好みも把握して、ナルディスに出すものとは異なる茶菓子を別に用意するようになった。
穏やかな日差しが降り注ぐ一室でお茶を飲み、お菓子を食べ、穏やかな会話をする事はナルディスにとって心安らぐ時間だった。
胡桃色の髪の毛と琥珀色の目をしたデイジーは、異母妹達と比べるまでもなく地味な顔立ちだろう。しかし、ナルディスはそんなデイジーが愛しい。
目立つ程の美貌など要らない。もしそうならばナルディスは震えて話も出来なかっただろう。
デイジーは包み込むような優しさを持ちながら、しかし譲れないものは簡単に妥協しない芯の強さも持っている。そんな所に救われた。
「デイジー、本当に臣籍降下する俺でいいの? 皇子妃の方が権力とかあるのに」
「まあ。何度目ですか、ナルディス様。私に皇族は荷が重いですわ。それに目立ちたくもありません。与えられる領地はそこまで広くはありませんし、ナルディス様と穏やかに過ごすことがなによりも大事ですのよ?」
不安になる度、こうして問い掛けては変わらぬ答えを貰えて安堵する。それが情けなくて仕方ない。
面倒な性格だと自分でも思うのに、デイジーはナルディスの心を大事にしてくれる。だから、ナルディスは何があっても彼女を守ると決めていた。
「ナルディス様は優しすぎるのです。人の悪意を真っ直ぐに受け止めてしまったから見えない傷が沢山ついてしまいました。私はナルディス様を悪意から全部守るとは言いません。そんなのは無理です。ですが、隣で分かち合うことは出来ます。ですから、一人で苦しまないでくださいね?」
「分かっているよ。君と婚約してから俺は息がしやすくなったからな」
二人揃えば地味だなんだと笑われる事もあるけれど、その度にデイジーはおっとりと微笑みながらその場をやり過ごした後にきっちりと報復をしていた。
女性の方が強いんだろうなぁ。分かってはいたけれど。
「結婚式が楽しみだな」
「ええ。待ち遠しいですわ」
まずは兄が式を挙げてからとなっているのでまだ少し時間が掛かるが、それまでの間は婚約者として、恋人としてこの時間を大切にしていきたい。




