11 皇太子ガルディアス
皇太子の話
ガルディアスはアンザス帝国の第一皇子として産まれ、18歳の時に皇太子となった。彼には同母弟のナルディスと異母妹四人がいる。
この異母妹四人はガルディアスよりも恐らく知名度が高い。
皇室の行事で皇族が揃うと男達はもれなく添え物になる。ナルディスなんかは影の薄さを利用してさっさと逃げ出す始末。
異母妹四人の影響でナルディスは美人恐怖症を発症した節がある。
現在25歳のガルディアスの婚約者は皇女達と比較されても気にしない性質で、寧ろ本人は令嬢達から圧倒的な支持を誇る、いわゆる男装の麗人系だった。
父によく似たガルディアスは美しいなど言われた事のない、装飾品などで誤魔化している地味系である。皇帝である父は髭を生やしたり王冠をかぶったりでそれっぽい雰囲気を醸し出しているが、ガルディアスはまだ若造なので髭は早いし王冠なんぞない。
婚約者のアヴェリーヌが隣に立てばアヴェリーヌの方が皇太子らしい雰囲気を当然のように出すだろう。
「どうして私の世代はこんなにもアクが強いんだ」
「それが神の試練なんですよ」
ナルディスを王太子の執務室に呼び寄せ雑談に付き合わせる。ナルディスは半年後に婚約者と結婚して公爵邸に移り住む予定になっている。派手なのを好まない彼は婚約式は控えめだったし、結婚式も同様にするそうだ。
これはナルディスの婚約者も同じらしく、派手にするよりは控えめながら心の籠った式を、と決め合ったそうで。
「カルミアは元々決まっていたから良かったですし、ルピナスもようやく絞った。トレニアがまさかゾルダ王国の王太子を選ぶとは思いませんでしたけれど。この中ならトレニアの式が一番早いでしょうね」
元々皇族に産まれたのは仕方ないにしても、さっさと臣籍降下したいと公言していたナルディスは、日程が決まってからは随分と落ち着いた。
別に四人の異母妹が彼になにかした訳では無いが、特にアナベルの優秀さは抜きん出ていて、比較されるのは歳の近いナルディスだった。
外見も中身も言葉にはしないまでも貶されてきた彼が拗らせるのは無理もない。ガルディアスは逃げられない立場だし、長兄として弟妹の手綱を引くのは幼い頃から当たり前のことだった。
しかしナルディスはそうでは無い。ガルディアスのスペアとして同じような教育を受けてきたのに思うような成績が出ず、あまつさえ異性のアナベルと比べられてきた。
皇子と皇女では求められる資質は違うのだが、アナベルが優秀すぎた。
結果として、皇弟として城に残るのではなく、後継者がおらずに途絶えた公爵家の名を復活させて、本人が希望した小さな土地を与える事になった。
「皇族の名を使えなくなるが、良いのか?」
「構いませんよ。兄上、俺は家族が嫌いということはありません。ですが、俺がここに残ってもアナベルとずっと比較されるだろうし、アナベルも俺がいたら俺を立てて実力を抑え込まないといけない時も出てくる。なら、出た方が丸く収まるんですよ」
人目を避けたくて伸ばし始めた前髪のせいでナルディスの目が見えない。ナルディスは自分の心を守る手段として目元を隠し気配を薄くさせてきた。
妹達を見ると体が震えるのは、彼を扱き下ろす言葉を思い出すからだそうで。美しい女性が駄目になったのはこれが原因だ。もちろん、ナルディスを苦しめた者たちには相応の報復をして、社交の場から消えてもらったけれど。
「皆が散らばっていくか。寂しくなるな」
「トレニアとルピナスは他国に輿入れですからね。でも、アナベルは兄上の下から離れないでしょう」
「あれが今は一番の頭痛の種だ。いい加減、婚約者を決めろ、と何度も言っているのに」
「あー。無理ですよ、兄上。アナベルはある程度こちらが候補を絞ってこの中から選べと言わないと決めないですよ。手間だと思っているから」
皇太子として選ばれた時から7年。アナベルは当時14歳で、まだ婚約者を決めるのは嫌だと言い、それを皇帝の父が許したからか、今の今まで避けてきた。しかし、いい加減に決めてもらいたいのは、アナベル恋しさに未婚の男が増加しているからだ。
アナベルがナルディスに代わり城に残って皇妹として働く事は知られている話で、ならばもしかしたらと期待している者は多い。
正直なところ、アナベルの相手に国内貴族を据える意味は無い。寧ろ同盟関係の王族あたりを貰い受けた方が余程帝国としてはありがたい。
「アナベルに聞けばいいんですよ。これから関係を強化するならどの国がいいのか。そこから王子がいるなら王子を貰えばいい。アナベルに必要なのは情ではなくて国益に繋がるものですよ」
ナルディスの方が異母妹達と触れ合う時間があったのだろう。的確な助言を受け、ガルディアスは椅子の背凭れに身を委ね、足を組むと眉間に生まれた皺をほぐす。
「カルミアは決められていたとは言え相性はいいと思っていた。トレニアとルピナスは最終的に自分が決めたな。あの二人の事だから国益はもちろん考えているが、この先ともにいられるかも考えた事だろう。だが、アナベルは……頭が痛い」
貴族の政略結婚が家門の繁栄を前提としているように、皇族や王族の婚姻は「国」そのものの繁栄という大規模なものになる。
王族が国内貴族と婚姻する場合は国内基盤が緩み始めた証であり、頑丈にし揺るぎないものとする事が多い。それに対して他国との婚姻は国内は安定している為、周辺諸国との連携を密にするか、もしくは交易品が主目的となる。
帝国は他国への侵略をするつもりはない。十分に領土を広げ、これ以上は支配と管理が難しくなると判断されていた。
かと言って別に他国と積極的に繋がる必要はないが、国内貴族と無理に婚姻する必要もなく、この数代は相性の良さで選んできた。
ガルディアスの婚約者は西の辺境伯家の娘で、ガルディアスは元より皇族の誰に対しても臆す事なく振る舞えるところが評価されて選ばれた。
それだと言うのに、アナベルは何故、とガルディアスの眉間の皺が深くなったところでナルディスが肩を竦めた。
「アナベルは婚姻に夢がないんですよ。したいのは仕事で、伴侶は下手をしたら邪魔をしかねない存在。少なくとも女帝向きでは無いですよ。大事な子孫を残す事を疎んでいる。正直、生涯独身でも良いのではと俺は思いますよ?」
無理に結婚させて精神的負荷を与えるくらいなら、一人で自由にさせてもよいのでは。そう語るナルディスに対し、ガルディアスは賛同出来なかった。
彼は「女性は結婚するもの」という考えが強い。特に責任のある立場ならば。この世には結婚を選ばない多くの女性がいるのに、それを現実として理解していないから、アナベルへ婚約者を選べと言ってしまう。
皇后付きの侍女長は侯爵家出身で皇后への忠誠を誓い、独身を貫いている事を忘れているようだ。
「皇女がいつまでも結婚しないのは……」
「あまり追い込まないことですよ」
ナルディスの言葉にガルディアスは渋々沈黙を選んだ。
責任ある立場は孤独になりやすい。だからこそ支え合う人が必要なのに。そう思うガルディアスは自分が存外ロマンチストであることを知らなかった。




