宝石収集蛙
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おい、つぶらや、聞いたかよ?
なにがって、おいおい、お前らしくないな。ジェムフロッグが出たって話だよ。このあたりでさ。先生たちは何もいってねえけど、注意したほうがいいって。
――はあ? そもそもジェムフロッグとはなんぞや?
え~、本気でいってんのかよ? お前のことだから、こういうのにはいっとう敏感で詳しいものじゃないのか? まあ、誰にだっても漏れとか抜けはあるものか。
んじゃあ、ジェムフロッグの話、聞いてみるか?
カーバンクル、という伝説の生き物については、お前も知っているよな?
大航海時代あたりにスペイン人が南米で見つけたという小動物。伝説ばかりが伝わって、まだ実在した証というのははっきりしていないらしく、未確認生物のひとつとされている。
その特徴は額に埋め込まれているとされる宝玉だ。名前であるカーバンクルそのものも、赤い宝石の総称。それにふさわしい、非常に質の高い紅玉を額に埋め込んでいるとされる。創作で出てくるときには、それに由来する不思議な力を持つ妖精のたぐいとして描かれることもあるな。
ジェムフロッグはそのカエル版、とでもいったほうがいいか。
そいつらは額じゃなく、背中に無数の宝石をくっつけている。とはいえ、はっきり区別がつくほどでっかいカエルなぞ、日本にはまずいないけれどな。だが、ちっこいからこそやっかいさが増すってものよ。
まあ、くどくど説明しても退屈だろう。俺がアニキから教えてもらった話をするか。
そのときは、アニキがジェムフロッグの存在に気付いた第一発見者だったらしい。
学校からの帰り道で、ふと茂みから歩道へ威勢よく出てきた、小さなバッタを一匹見かけたんだ。そのまま道路を横断するのかな、とのんきに考えながら歩いていたアニキだが、バッタは降り立ってからずっと動きを見せない。
アニキがそのまま通り過ぎても、試しに後戻りしてみても、なんの反応もなかったらしくてアニキも少し妙だと思ったらしい。自分のような人間が目の前を横切るとなれば、なにかしらのアクションを起こしそうなものだからだ。
それがこうもじっとしているなんて……と、アニキがバッタの前でかがみこんだとか。
バッタは先ほど見たときに比べ、異様に光沢を放っている。今は昼だが、その差し込んでくる日差しをまぶしいくらいに照り返してくるのは、皮や肉でできた体とは思えなかった。
試しにちょんと指でこづいてみると、バッタは逃げる様子を見せず、直立不動のままそれを受け入れ、ころりと転がってしまう。
その音、手ごたえもまた、虫の肉体を相手したとは思えない。硬かった。
高い音を立てて、バッタはそのまま排水口のフタの上へ転がったのだけど、のんびり観察はできない。
さっと、アニキの視界外から細いロープを思わせる影が伸びたかと思うと、あやまたずバッタの身体に引っかかり、またすぐ引っ込んでしまったためだ。
アニキも何が起きたかすぐに分からず、目をぱちくりさせてしまう。ただロープらしきものが伸びたほうを見やると、そばにあった家の影へ隠れていってしまう、一匹のカエルと思しき影があったのだそうだ。
すぐに見えなくなってしまったものの、その背中は泡立った洗剤のあぶくを思わせるような七色に輝いていたというのさ。
家に帰ってそのことを親に話した結果、ジェムフロッグのうわさを聞いたのだとか。
地域によって目撃情報はまちまちだが、その目的はおおよそ共通している。宝石の収集なのだと。
「家やお店とか、宝石が置いてあるところから、不意にブツがなくなるとジェムフロッグの仕業とされる。それだけなら迷信のひとつで終わっていただろうけど、こいつはときにもっとやばい被害を出してくるんだ」
アニキにもおおよそ見当がついた。あのバッタの顛末だ。
最初に現れ出たとき、確かにあいつは生き物のバッタであったはず。それが、アニキが行って戻ってきたときには、直立不動の姿。そしてあの硬い石を思わせるような手触りに化けていたんだ。
宝石、と呼べるかもしれない。バッタの形を保ったままの。そしてあれをかすめ取っていったロープらしきものは、よくよく思い出してみるとカエルの舌のように思えなくもない……。
「あいつらに大きさは関係ない。そして狙われたなら、抗うすべはない。昔からできる私たちの策は、ととのえること。コンディションが悪いやつは、ジェムフロッグのえじきになりやすい。日々の健康法が長く伝わっている理由のひとつだよ」
そう聞かされたアニキは、もう一度だけジェムフロッグに出会ったことがあるらしい。
とある交差点での信号待ちをしていたとき、隣に背広姿のサラリーマン風なおじさんがいたのだそうだ。
信号待ちをする十秒程度の間に、その人は4回もあくびをしたらしい。
寝不足で大変だなあ、くらいに思っていたものの、いざ青信号になり渡ろうとしたとき、隣のおじさんが動かずにいるのを不審に思ったのだそうだ。
ひょいと見ると、おじさんは大あくびをした姿勢で固まっていた。身に着けていた服も、先ほどとは様子が違い、きらきらと光を照り返している。
まさか、と思ったときにはあのときのバッタと同じように、視界の外から舌が伸びてきていた。相変わらず速いが、心の準備はできている。アニキはかろうじて舌がおじさんをからめとり、引っ込んでいく先を見据えていた。
ざっと5メートルは離れているところに、ジェムフロッグはいた。
舌はおじさんの身体を軽々と引っ張っていき、ジェムフロッグの口元まで来る。すると、これまで手のひらに乗っかりそうな図体だったフロッグが、にわかに大きく口を開けたんだ。
そのさまはもはや口を越えて、高波かと見まごうほどの大きさ。どのようにすれば、そうも口を広げられるのか、と驚いている間に閉じてしまった。おじさんの身体をそのうちに取り込んで、だ。
その後、ジェムフロッグはこちらへ背を向けて、飛び跳ねながら去っていく。その背に、いくらかおじさんの身に着けていた背広と似た色の、輝きを放ちながらだ。