家路を急いで 【月夜譚No.345】
帰り道、カレーの匂いが鼻を擽った。仕事で疲れた身体が顕著に反応して、誰もいない夜道に空腹の音が鳴り響く。誰に聞かれたわけでもないのに何故だが恥ずかしくなって、彼女は頬を赤らめて腹を手で押さえた。
今日はまた一段と忙しい一日で、昼食も食いっ逸れたのだ。朝から水以外に何も口にしていないところにこのスパーシーな香りは、もはや拷問に近い。
とにかく早く帰って何か食べようと足を速める中、脳裏にちらつくのは湯気が立ち上るカレーライスである。自宅にストックしている食料を思い起こしてみるが、カレールーはあるもののレトルトのものは切らしていたと記憶している。
今から作るのも骨が折れると考えていると、目の前に煌々とした建物が見えてきた。その前で立ち止まって黙考すること数秒、彼女は吸い込まれるようにコンビニに入っていった。
会計を終えて、スキップでもするような勢いで家路を急ぐ。
少し奮発して、有名ホテル監修の高めのレトルトカレーとデザートにプリンも買ってしまった。嬉しさに紅潮する頬を緩める。
本日最初で最後のお楽しみタイムに思いを馳せる彼女の後ろ姿を、月が静かに見守っていた。