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九話

 じんと胸が熱くなって、潤んでしまう目で見つめ、一番言いたかった言葉を伝えます。


「お帰りなさいませ、シルバーさま」

「ああ、ただいま」


 シルバーさまは目を輝かせ、嬉しそうに話しだします。


「それにしても驚いたぞ。日増しに水が綺麗になって、俺の肌や喉が治っていったんだ。魔獣暴走が収束して帰ってみれば、荒れ果てていた土地も沼も見違えるようになっていた。領民たちから、クリスタが頑張ってくれたおかげだと聞いて、なおさら驚いたんだ。ありがとう、クリスタ」

「はい。お役に立てて嬉しいです」


 煌めく銀色の瞳が細められ、愛おしげに私を見つめます。


「クリスタの生み出す石クズは、どんな宝石よりも価値がある。何よりも尊いもの……クリスタは俺の得難い至宝だ」


 あふれんばかりの賛辞を贈られ、胸がいっぱいになり、笑みがこぼれてしまいます。


「シルバーさまにそうまで言っていただけて、私は幸せです」


 命懸けで守り抜いてくれたシルバーさまに、私も大切な想いを伝えます。


「シルバーさまこそ、危険な前線に立ち、辺境領だけではなくこの王国をも護って戦い続けてくださった、誰よりも勇敢な尊い英雄です。心から感謝し、ご帰還を喜んでおります」


 感謝の気持ちを伝えると、シルバーさまは噛み締めるようにして呟きました。


「ああ、そうだな。俺は守り抜くことができたんだ……頑張った褒美をくれるか?」


 そう言うと、シルバーさまは私をぎゅうぎゅうと抱きすくめ、頬に口づけしました。

 私は顔が熱くなって、きっと真っ赤になっているに違いないのですが……そんな私たちを遠巻きに眺め、微笑ましげに話している領民たちの姿が目に留まりました。


「シルバーさま、恥ずかしいです……領民たちも首を長くして待っていたのですよ! いっぱい褒めてもらって、ご褒美をもらいましょう!!」

「ははは。では、盛大に祝勝会を開くとするか」


 シルバーさまが私を下ろして領民たちに手を振れば、老夫婦を先頭にみんなが嬉しそうに駆け寄ってきます。

 シルバーさまや兵士たちの帰還を歓喜し、無事を祝福する声があちらこちらから上がります。

 魔獣暴走を収束させた英雄として、そして領民を守り抜いた領主として、大いに称賛され、シルバーさまの笑顔は眩く輝いていたのでした。


 ◆


 一方その頃、王都では大変な騒ぎになっていた。


 輝く美貌を誇っていたダイヤは、鏡に映る己の姿を見て悲鳴を上げる。


「ひっ?! わたくしの顔がっ! 嫌ーーーー!!」


 その姿を拒絶するように物を投げつけ、鏡の割れる音が部屋中に響き渡る。


「最高級の化粧品で手入れして、名医にも診せているのに、全然治らないなんて……!」


 美しかった白い肌は(ただ)れてひび割れ、樹皮のように変異し、化粧では隠しきれないほど、おぞましく醜い姿へと変貌していたのだ。

 ダイヤは部屋を飛び出し、ジェイドのいる執務室へと駆け込む。


「ジェイド殿下、王都で蔓延(まんえん)しているこの奇病を早くどうにかしてください!」

「騒々しい……奇病に(かか)っているのはダイヤ嬢だけではないんですよ。わたしだってできることなら早々にどうにかしています」


 泣き縋ってくるダイヤを見下ろし、鬱陶(うっとう)しそうに顔を(しか)めるジェイドもまた、皮膚病に犯されていた。

 王都は毒素に汚染されて不浄の地となり、様々な奇病が発生して大変な騒動になっていたのだ。


「殿下、大変です!」


 執務室に大声を上げて役人が飛び込んでくる。

 ジェイドは大声に苛立ち、横目で役人を睨みつけて訊く。


「今度はなんですか?」

「辺境領の様子がおかしいのです! 行商人から噂を聞いて真偽を確かめに行ったら、王都が荒れていったのとは反対に、荒れ地だった辺境領が栄えていっているのです!!」


 重大事件だとでも言わんばかりに訴える役人に対し、ジェイドは興味なさそうに返す。


「田舎の辺境領がなんだと言うのですか。今はそれどころではないでしょう」

「それが、怪物辺境伯の醜かった容姿が一変しているのです。以前の肌の状態が、王都で流行っている奇病にも似ていたので、何か関係があるのではと……」

「怪物辺境伯が醜いのは、攫われた王女の呪いという噂ではなかったですか?」

「それは、そうなのですが……」


 元を正せば、役人が辺境伯への嫌がらせとして悪い噂を流していたため、返答に困り、言葉を濁していた。


 執務室で静かに話を聞いていた国王が重いため息を吐き、呟きをこぼす。


「やはり、予言者殿の告げた未来を無視したから、災いが起こったのだろうな……」


 国王の言葉を聞いて、ジェイドは訝しげに目を眇める。


「予言者殿の世迷い言を無視した災い? 占いなんて、ただの迷信でしょう?」

「いいや、たしかに先王の代に予言者殿はこの国を救っていたのだ。価値ある宝石を生み出す我々を狙う敵は多い。王国が危機に瀕した時、宝石や鉱石から出る毒素を用いて敵国を撃退できたのは、すべて予言者殿の告げたことを実行したからだった……」


 ――誰も気づいていない真実がある。

 クリスタが日々、鍛錬のために生み出し続けていた、無価値とされた道端に転がる大量の石クズ。宝石や鉱石の反応で生成される毒素はこの石クズにより吸収・中和されていたのだ。

 王都がかろうじて美しく健全な状態を保てていたのは、他でもないクリスタの石クズの効果だった。

 王都の絢爛豪華(けんらんごうか)な生活を維持するため、過剰に生み出される宝石や鉱石の数々。それらが反応して垂れ流される毒素を放置し続けた結果――それが、今の王都の現状だったのである。


 予言者は、クリスタがこの王国にとってなくてはならない、重要な人物であることを予言していたのだ。


「能無しな孫娘を庇うための嘘だと思っていた……だが、それが誤りだったのだ。予言は本物だった……あの時、予言者殿の言葉を信じていれば、こんなことには……」


 国王の言葉に、ジェイドは頭を抱えて声を荒げる。


「今更、そんなことを言ったところで、どうしようもないじゃありませんか! 予言者殿が王妃になると告げたクリスタ嬢は川に落ち、もう居ないのですから!!」


 役人が何か思い当たったように呟く。


「そう言えば、怪物辺境伯の溺愛している娘が同じ名前だったような気が……」


 頭を抱えていたジェイドがバッと顔を上げ、役人へと詰め寄る。


「それは本当ですか?!」

「は、はい。確かそうだったと思います。さえない砂色の髪と目をした娘です」


 ジェイドはしばし考え込み、不気味な笑みを浮かべる。


「そうか、ゴミ捨て川の行き着く先は辺境領でしたね。なら、クリスタ嬢は生きている……それなら、今からでも連れ戻すことはできますね」


 ジェイドの言葉にダイヤが狼狽し、喚き散らす。


「ジェイド殿下! まさか、わたくしではなく、あの能無しを王妃にするだなんて言いませんわよね?!」

「お飾りでもなんでも、クリスタ嬢がわたしの妃になれば、予言通り問題は解決するのでしょう。王都が元に戻り、奇病が治れば、わたしたちはまた美しい姿を取り戻せます」


 悪辣(あくらつ)な笑みを浮かべ、ジェイドはダイヤの手を取り囁く。


「その後、クリスタ嬢には相応の場所で相応の仕事をしてもらえばいいんです。ダイヤ嬢こそが、わたしの隣で輝くべき価値ある宝石なのですから」

「ジェイド殿下ったら、聡明ですわね。そんなところも惚れ惚れしてしまいますわ」


 その場にいた者たちは皆、醜い顔で歪な笑みを浮かべていたのだった。


 ◆


 綺麗になった沼――美しい湖の(ほとり)に二人で腰掛け、そこから一望できる辺境領の景色を眺めていると、シルバーさまはしみじみとした様子で呟きます。


「まさか、こんな日が来るなんて思いもしなかったな」

「最近では流れてくる投棄物も減りましたから、水が澄んで綺麗ですね」


 透き通る碧い湖は日差しを反射してキラキラと煌めき、青々と緑豊かになった農地や活気づいた街並みと相まって、美しい光景を生み出していました。


「こんなに嬉しいことはない。すべてクリスタのおかげだ」

「シルバーさまがいたから、頑張れたんです。私も嬉しいです」


 笑いかけてくれるシルバーさまに微笑み返せば、そっと抱き寄せられました。


「クリスタ……」


 私の髪を()いて頬を撫で、愛おしげに見つめる銀色の瞳が近づいてきて――。


「シルバーさまー! 一大事ですー!!」


 ――突然、血相を変えた領民が駆け寄ってきて、息を切らせながら告げました。


「っ……王都から……王都から来た王家一行が、クリスタさまをお探しです!」

「はっ? なんだって!?」

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