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七話

 しばらくの時が流れ、私は昼食の支度をしようと厨房に立ち、彼女に手伝ってもらっていました。

 彼女は売り物から弾かれた形や色の悪いリンゴを険しい目で見つめて呟きます。


「……こ、これは、本当に食べられるの? 見たこともない色をしているのだけど?」

「昨日、収穫したリンゴですから、もちろん食べられますよ。王都で売られているものほど見た目は良くないですし、少し酸っぱいのですが……でも、パイにして焼き上げるととっても美味しいんです」


 半信半疑といった表情を浮かべつつも、見よう見まねで料理を手伝ってくれました。

 補給物資の作業をしてくれている領民たちへ、焼きたてのパイを振る舞います。


「さあ、どうぞ。召し上がれ」


 彼女にも切り分けたパイを差し出すと、おずおずと受け取り、パイをじっと睨みます。


「……それじゃあ、いただくわ」


 目を見開き、気合いを入れた顔でパイに齧りつきました。


 サクッ! ……もぐもぐもぐもぐ、ごっくん。


 咀嚼して呑み込み、ぼんやりと放心している状態の彼女が心配になり、顔を覗き込みます。


「お婆さんに教えてもらったレシピで作ってみたのですが、どうです? お口に合いませんでしたか?」


 彼女は首を横にふるふると振り、呟きをこぼすようにして言います。


「……とっても美味しい……見た目はお世辞にも綺麗なリンゴとは言い難かったけど、こんなに美味しいものを食べたのは、生まれて初めてよ……本当に美味しいわ」

「ほ……気に入ってもらえて良かったです」


 安心して胸を撫でおろします。


「少し酸っぱくても工夫次第でいくらでも使い道はありますし、むしろ酸っぱい方が使い勝手良かったりもするんですよ」


 私が説明すると、食べかけのパイを眺め、彼女は表情を綻ばせてしみじみと言います。


「王都では見た目で捨てられてしまうリンゴでも、工夫次第で綺麗なリンゴなんかよりも遥かに美味しくなるなんて、不思議なものね……まるで、あなたの石クズみたいだわ」


 パイを大事に味わって食べ終わると、何かを決意した表情で彼女は告げます。


「わたし、あなたみたいになりたい」

「……私ですか?」


 唐突な言葉がよくわからなくて訊き返してしまいました。

 彼女は領民たちの前へと出て行き、真剣な表情で告げます。


「大した価値ある石を生み出せないから、恥ずかしくて言い出せなかったのだけど、あなたの姿を見ていて考えが変わったの。わたしもあなたみたいになりたい。だから、わたしの能力を教えるわ――」


 彼女が深呼吸して目を閉じ、合わせた両手に魔力を込めれば、そこには歪な形をした透明な物体が出現しました。


「――わたしはガラスを生み出すことができるの」


 それは光を通してキラキラと輝く、透明なガラスの塊だったのです。


「!!」


 驚愕して見つめる領民たちの前で、彼女は苦笑いして言います。


「ガラスなんて安価で手に入るものだし、希少価値なんてないわ。ガラス職人が作るような美術品を生み出せるわけでもないから、あまり使い道はないかもしれないけど、どうにか工夫して役立てることはできないかしら?」


 そう話した彼女の前に一人の青年が進み出ていき、彼女の手を取って膝を突き言いました。


「結婚して欲しい」

「!!?」


 突然の告白に一同は困惑しました。

 状況をうまく把握できていない彼女が訊きます。


「……はい?」

「あ、しまった!」


 口元を押さえた青年は、恐る恐る背後を振り返ります。

 そこには怒髪天を衝く他の領民男性たちの姿がありました。


「おっ前、ふっざけんなよ! 何をどさくさに紛れて、プロポーズしてんだよ!!」

「彼女にプロポーズしてぇのはお前だけじゃねぇんだよ! ボケナス!!」

「ここに馴染むまでは見守るって約束だろうが! 何勝手なことしてんだ、バーカ!!」


 激怒する他の領民男性たちから、青年はタコ殴りにあっていました。


「あ、いや、違うんだ! つい口が滑って、本音が出てしまった! すまん、他意はないんだ!! 俺はただ『協力して欲しい』と言おうとしただけなんだ!!!」

「それを言い間違えるバカがどこにいるんだよ! いや、ここにいたな、バカ!?」


 どうやら、『結婚』と『協力』を言い間違えてしまったとのことなのですが、とんでもない話で、開いた口が塞がりません。


「協力……とは?」


 彼女が訝しげな眼で青年を見ていると、老夫婦が思い当たったように説明します。


「ああ、なるほどな。何かしらの事情で外から追いやられてきた者が多いと前に少し話しましたが、宝石の生成能力には頼れず、代わりに腕を磨いた職人が多いんですよここは」

「そこの男もガラス加工を得意としている職人ですからね。救済の女神にでも見えたのでしょうね」


 タコ殴りにされていた青年が地面を這って抜け出してきて訴えます。


「……そ、そうなんだ。この土地は沼地でガラスの材料になる珪砂が採れない。むしろここでは入手しずらいガラスは貴重なんだ。それを処理工程なしに不純物のないガラスを生み出せるなんて、これほど素晴らしいことはない。それで、運命的なものを感じてしまったんだ」


 立ち上がった青年は、真剣な顔で訴えます。


「君のガラスは間違いなく人の助けになる。だから、協力して欲しい。シルバーさまへの補給物資に使わせて欲しいんだ」


 大変に必死な表情で彼女にお願いしていました。


「あの、提供するのはいいのですが、ガラスなんて割れやすい物を補給物資に混ぜるのは、危険ではありませんか?」


 戸惑って問う彼女に、青年は己の胸を叩いて見せ、自信に満ちた表情で答えました。


「そこは職人の腕の見せ所だから、心配には及ばない。叩きつけても割れない強化ガラスでも、宝石よりも価値のある美術品でも、どんなものでも作ってみせる自信がある」


 一人の力ではどうすることもできなかったとしても、知恵を持ち合い、力を合わせることで、その能力が開花され、本領を発揮できることもあるのです。


 さらに彼女へと一歩近づき、青年は真摯な眼差しで訴えました。


「補給物資だけじゃなく、生活用品としても使うことができるなら、この辺境領の暮らしはもっと豊かになる。本当に皆の助けになるんだ。宝石なんかより、よほど重要で貴重な能力だ」


 断言した後、青年は慌てて補足するように付け足します。


「あ、もちろん、その能力がなかったとしても、君がとても魅力的な女性であることには変わりないんだけど。貴族出身のお嬢さんなのに偉ぶったりしないし、いつも優しく微笑んでくれるし、まっすぐで一生懸命なところか、すごく好きだなって、思わずプロポーズしちゃうくらいには思ってるわけで……」


 後半は声が小さくなり、ぼそぼそと何を言っているかわかりません。

 彼女はしばし考え込み、おずおずと口を開きます。


「わ、わたしで良ければ……よろしくお願いします……」

「ありがとう! 一生大事にするから!!」


 了承を得たと歓喜する青年は彼女の手を取り、満面の笑みで詰め寄ります。


「あ、え、いや、あの…………はい」


 彼女は青年の笑顔に驚き、しどろもどろになって顔を赤くし、俯いてしまいました。

 そんな姿を眺めていた老夫婦が、喜色を含んだ声で囁きます。


「あらあら、まあまあ」

「まんざらでもなさそうだな」


 逆に他の領民男性たちは鬼の形相で怒り狂っているようです。


「「「こんの野郎ー! 許さねぇぞー!!」」」

「あっ! ま、待て、話し合えばわかる! ちょ、ちょっと、うぎゃーーーー!!」


 またしても、青年は引きずられていき、タコ殴りにあっていました。

 なんだか賑やかで楽しくて、笑ってしまいます。


「うふふ。ね、あなたは大事な人だって本当だったでしょう?」


 きっと、彼女も実感できただろうと、微笑みかけて訊いてみます。


「……うん。そうね、ありがとう……」


 頬を桃色に染める彼女は、気恥ずかしそうに頷きました。

 それからすぐに顔を上げ、明るい表情で私に宣言してくれます。


「わたしも、あなたに負けないくらい頑張るわ!」


 その言葉がとても嬉しくて、私はなおさら頑張らなければと、心が熱くなるのでした。



 しかし、そんな空気を一変する――


「大変だ! みんな、早く来てくれ!!」


 ――切迫した声が辺りに響き渡ったのです。

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