六話
その人の顔を――肌を見て、私は驚いてしまいました。
「……これは……?」
肌が爛れてひび割れ、樹皮みたいに変異していて――まるで、シルバーさまの肌と同じだったのです。
その女性の虚ろだった目がハッとしたように見開かれると、慌ててフードを被り直し、怯えたように蹲ってしまいます。
「その肌は――」
「見ないでっ! 放っておいてちょうだい!!」
悲鳴を上げるように叫ぶ女性の様子から、触れられたくないことなのだと察し、私は口を噤みました。
しかしながら、そのまま放っておくこともできず、私は手を差し出します。
「あの……倒れるほどお疲れのご様子ですし、休めるところにお連れしましょう……どうぞ、手を取って」
不安にさせないよう、私ができるだけ柔らかく微笑みかければ、女性は身の置き場がなさそうに瞳を揺らめかせ、俯いて小さく呟きます。
「助けなくていいわ……わたしには、価値なんてないもの……助けてもらう価値がないの……だから、放っておいて……」
「え……それは、どういうことですか?」
女性の言動に唖然としてしまいました。
悲嘆に暮れるその姿はまるで、かつての自分を見ているかのようだったからです。
今ならばわかります。
シルバーさまや辺境領の皆さんが教えてくれたのですから。
偏った価値観に傾倒し過ぎ、本当に大事なものが何かわかっていなかった。私は思い違いをしていたのだと。
だから、どうか、それを伝えられたらと思ったのです。
「価値がないなんて……そんなことはありません」
そう伝えると、女性は潤んだ目で私を睨み、悲痛な声で叫びました。
「知ったような口を利かないで! わたしは大して価値のある石を生み出せない……それでも、必死になんとかやってきたの……なのに、なのに急にこんな醜い姿になってしまって……家族から捨てられた。醜いわたしと身内だと思われたくないと、王都から追放されてしまったのよ!!」
あふれる涙をこぼしながら、女性はその顔を絶望の表情に染めて嘆きます。
「こんな価値のないわたしなんかを助けたって、なんの意味もないわ……だから、もう放っておいて……魔境で魔獣の餌食になるか、野垂れ死にするしかないの……」
彼女のそんな姿を目にすれば、家族に捨てられた悲しい記憶が甦り、どうしようもなく胸が苦しくなります。
「……同じです。私も同じでしたから、そのお気持ちは痛いほどよくわかります」
「そんなの嘘よ、気休めはよして。そんなはず――」
どうか信じてもらえるように願い、私は魔力を込めて手の平の上に小さな石を生み出しました。
道端に転がっている小石と同じ、なんの変哲もない小クズです。
それを見た彼女の目が驚きに見開かれます。
「――それは!」
「私は高価な宝石を生み出すことができません。生み出せるのは、王都では無価値とされる石クズだけです。どんなに懸命に頑張ってもこの能力は変えられませんでした。そのせいで、婚約者から婚約破棄され、家族からも見捨てられて、ゴミ捨て川に捨てられたのです」
彼女は小石を見つめ、動揺した様子で言葉を詰まらせました。
「そんな……」
私は足元に敷き詰めてある石クズを、両手で掬い上げて見せます。
「だからこそ、あなたに伝えたいのです。なんの価値もないと王都では無価値とされた石クズでも、使い方ひとつで、こうして人の暮らしを豊かにすることができます。それは、どんなに輝く宝石よりも、ずっと大変な価値です。本当に大事なことなのです」
彼女は辺りを見回し、石クズで一面が舗装された、長い長い街道の先を見やります。
「これ……全部、あなたが……?」
「はい。頑張りました」
唖然とした表情で振り向く、涙の止まった彼女の瞳をまっすぐに見つめて言います。
「それに、私はその肌を醜いだなんて思いません。もっともっと、大事なことがたくさんあります」
同じように変異してしまった肌。
守るべき領民たちのために、汚れることも厭わず、荒れ果ててしまったシルバーさまの肌を、私は醜いだなんて思いません。
価値が低いと蔑まれつつも、それでも必死に頑張ってきた彼女を、頑張ったがゆえに荒れてしまった肌を、醜いだなんて思えるはずがないのです。
「あなたは無価値などではありません。必死に頑張ってきたあなたには、大変な価値があります。私にはわかるのです。あなたは大事な人なのだと」
「……でも、そんなの、王都では誰も……わたし……わたしは……」
不安げに狼狽える彼女の手を取って、柔らかく微笑みかけます。
「今はまだ信じられないかもしれません。焦らなくても大丈夫です。色々な価値観に触れることで、やっと理解できることだと思いますから」
私たちのやり取りを見守っていてくれた領民たちへ視線を向けます。
「ここの辺境領の方々は皆さん面倒見が良くて優しい方ばかりですし、追い出したりなんてしません。ゆっくり、心と身体を休められると良いと思います。そう、領主のシルバーさまもおっしゃるでしょうから」
そう投げかければ、見守っていた領民たちは頷き、にこやかに話しかけてくれます。
「うんうん、そうでしょうな。辺境領の民も元々は何かしらの事情で外から追いやられてきた者が多いですからな。外から来た者を除け者にしたりはしませんよ。その分、結束力が固いと言うか、構いたがりなのが玉に瑕ですがね」
「そうだね。あと、その肌を気にしているようだけど、奥さまも時々そうなっていたからわかるよ。清潔な環境で健やかに心穏やかに過ごしていれば、あっという間に良くなるさ。そんなことで思いつめる必要なんてないよ」
老夫婦の優しい言葉に戸惑う彼女は、揺らめく瞳で私を見つめて訊きます。
「本当? ……本当に、わたしここにいてもいいの? ……面倒をかけてしまってもいいの?」
かつての私がシルバーさまに助けてもらった時のように、今度は私が彼女を助けようと決めました。
「ええ、もちろん。信じてもらえるまで、私が責任を持って面倒みますから」
彼女の手を握って力強く答えると、強張っていた彼女の表情が和らぎます。
「遠慮なく、わしらにも頼ってくださいよ」
「また家族が増えるみたいで嬉しいわね」
老夫婦も近づいてきて言いました。
「……う、うぅ……うぇ……うえぇぇぇぇ――」
感極まったのか、彼女は大粒の涙をこぼし、泣き出してしまいました。
私は彼女を抱きしめて、背中をできるだけ優しく摩ります。
「あらあら、まあまあ。落ち着いたら、おうちに帰りましょうね」
「そんなに泣いたら干からびてしまうぞ。とりあえず水でも飲むか?」
おいおいと泣く彼女を心配し、領民たちが何かと世話を焼こうとしてくれます。
こうして、行く当てのなかった彼女は、私と同じようにして領民たちに受け入れられたのでした。
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