十話
立ち上がり街道に視線を向ければ、仰々しい王家の行列がこちらへとやってきます。
馬の嘶きが聞こえ、一足先に乗馬して姿を現したのは、ジェイド殿下でした。
一瞬、誰なのかわからないほど、その姿は様変わりしていました。
「……ジェイド殿下が、なぜこちらに?」
ジェイド殿下が馬から降り、私たちの方へと近づいてきます。
「クリスタ嬢、迎えに来ました」
馬車も到着し、もう会うことはないと思っていた顔ぶれが続々と現れます。
「お姉さま、お母さまに、お父さままで……」
かつての美しかった肌は爛れ、威厳に満ちて輝いていた瞳は、濁り血走っていました。
「クリスタ、ごめんなさい!」
私の顔を見た途端、姉と両親は涙ながらに懇願してきます。
「わたくしたちが間違っていたわ。どうか帰ってきてちょうだい」
「許してちょうだい、クリスタ。あなたはわたくしたち一族の大切な家族でしたわ」
「今までのことはすべて謝る。だから水に流しておくれ。血を分けた家族じゃないか」
家を追い出して川に捨てた肉親から、大切な家族だったと言われても、あまりの豹変ぶりに信じられず、得体の知れない恐怖が湧いてきます。
いつも無表情だったジェイド殿下が私に微笑みかけ、手を差し伸べて言います。
「予言者殿のお告げは本物でした。クリスタ嬢こそが王妃に相応しい人だったんです。お祖母さまとあなたの名誉は挽回し、国民から称賛されるでしょう……さぁ、わたしたちと一緒に王都へ帰りましょう」
突然の懇願、不自然に取り繕った笑顔、何一つとして心からの言葉には聞こえません。
「………………」
ですが、お祖母さまの予言で私は良き王妃になると告げられていました。
お祖母さまの名誉のためにも、この王国に住む多くの人々の未来のためにも、きっと私はジェイド殿下の妃になり、王妃にならなければならないのでしょう……。
だけど、この穏やかで幸せな日々を手放したくない。シルバーさまと離れたくない。
そう思ってしまう気持ちと、別れなければならないと思う責任感に押し潰され、胸が引き裂かれそうに痛みます。
あふれる熱い涙が私の頬を伝い落ちていきます――
「……ふざけんじゃねぇぞ」
――すると、私は力強い腕の中に抱き寄せられました。
「シルバーさま……!」
「俺の惚れた女を泣かせる奴は、誰であろうと絶対に許さん」
地を這うような低く重い声が辺りに響きます。
「貴様らのような外道なゴミクズにクリスタは渡さん! 腐りきった王家も、落ちこぼれた王都も、もう終わりだ。この俺が叩き潰す!!」
王太子であるジェイド殿下に向かって、シルバーさまは堂々と宣戦布告したのです。
「っ!?」
逞しく筋肉の張った腕に力強く抱きしめられ、守られているのだと感じると、途方もない安心感と多幸感に包まれて、どうしようもなく胸が高鳴ってしまいます。
漢気に惚れ込んで押しかけた王女の、筋肉フェチな気持ちがわかってしまいました。
「シルバーさま……しゅき」
勇ましく精悍な横顔に見惚れ、思わず小さく呟き、噛んでしまいました。
そして、私は気づいたのです。
これは何がなんでも貫かなければならない、強い思いだと。
私が王妃になることは変えられない運命。ならば、私が――王を選びます。
王として、私はシルバーさまを選ぶのです。
民を護り導く、彼こそが王位に相応しいのですから。
良き王妃となる運命の私が、そう確信しているのですから。
確固たる信念、揺るがぬ強い思いを込めて、私はシルバーさまに告げます。
「シルバーさまが王におなりください。私があなたを王として望みます」
強く訴えると、シルバーさまは銀の瞳で私を見つめ、はっきりと宣言します。
「お前が望むのなら、王にでもなってみせよう」
それを聞いたジェイド殿下が激怒して喚きます。
「ド田舎の辺境伯風情が、不敬にもほどがあるぞ! この無礼者に思い知らせてやってください!!」
後方の王家の紋章が刻まれた馬車へ呼びかければ、馬車から誰もが知る人物が登場しました。
「……国王陛下!」
そこに現れたのはこの国の王、ゴールド陛下だったのです。
領民や貴族たちが次々とひれ伏していきます。
しかし、国王陛下は対峙するシルバーさまを見た途端、目を見開いて驚きの表情を浮かべ、震える指先を向けて呟きました。
「そ、その顔は……っ……姉上?!」
陛下の後に続いた側近たちも、シルバーさまの顔を見て、驚愕の表情を浮かべています。
「あれは……アリアネル王女と同じ顔だ!」
「そうだ、辺境伯はアリアネル王女の一人息子だった……」
「怪物辺境伯は、その顔も、その性質も、そのまま受け継いでいたのか!!」
陛下の顔色がみるみるうちに青くなり、その場に膝を突いて言葉をこぼします。
「終わった……わしの王政は、もう終わりじゃ……」
「へ、陛下? 何をそんな弱気になっているのです! たかだか、ド田舎の辺境伯ごとき、恐れるような相手ではありませんよ!!」
陛下の尋常じゃない様子に困惑し、ジェイド殿下は喚きました。
しかし、陛下は絶望の表情で俯き、ぼそぼそと語ります。
「……わしは、姉上に一度たりとも勝てた試しがない……」
「は? 何を仰っているのです! 陛下は継承争いで王位を勝ち取ったではありませんか!!」
陛下は首を横に振り、淡々と事実を語りました。
「違う……本来は、女傑で人心掌握にも長けていた姉上が王位に着くはずだったのだ。だが、急にこの王国を救うのは辺境伯だと言い出し、妹を押しのけて嫁に行くと宣言し、出ていった……わしは、なかば王位を押しつけられて国王になっただけなのだ……」
顔面蒼白になり、心底恐ろしいといった表情で、陛下は断言するのです。
「姉上の性質を見たまま色濃く引き継いでいるのなら、やると言ったら必ずやってみせる。どんなことをしても、止めることはできない……あれはそういう目だ――怪物なのだ」
陛下の断言を受け、ジェイド殿下は勢いを削がれ、姉と共に狼狽えだします。
「そんなバカな……次期国王になるはずのわたしの立場は、どうなるのです……」
「わたくしたちは、これからどうなるの? ねぇ、ねぇったら!」
シルバーさまが合図すると、即座に軍勢が集結しました。
一糸乱れぬ動作で隊列を組むのは、前領主が育て上げた王国屈指の精鋭部隊です。
魔獣との死闘を幾度となく潜り抜け、今や大陸最強と謳われる不敗の軍隊であります。
シルバーさまが魔法を展開すれば、巨大な銀の剣と盾が無数に出現し、地面を突き刺して立ち並ぶ轟音に空気が震えました。
攻防共に圧倒的な戦力を見せつけ、シルバーさまは怒気を孕んだ声で告げます。
「覚悟はできたか、ゴミクズども」
「「「ひいぃっ!!?」」」
銀の目に睨まれた者たちは情けなく震え上がり、戦意喪失して命乞いするしかできませんでした。
◆
王位継承が認められ、シルバーさまが新たな国王となりました。
そして、その隣には王妃となった私が寄り添っています。
「お祖母さまの予言通りになったな」
「そうですね。シルバーさまのおかげです」
奇病に苦しんでいた民は逃げるようにして辺境領へと流れ、他領とも繋がりが強くなったことで、辺境領は新たな王都となりました。
気がつけば、元王都は衰退しきり、わずかな前王家一族と無法者を残しただけの、不浄の地と化していました。
「う゛ぶっ……くっさい! どうして、わたくしたちがこんな汚ない作業をしなければいけないの!!」
「騒々しい……黙って手を動かしてください。口先ばかりで役に立たないブスなど、救いようがありませんよ……」
「なんですって! 性悪なブサイクのくせに! キィーッ!!」
「誰がブサイクですか!? この超絶ドブスが!! 大体、お前が――」
王都に溜まった投棄物を片付けたら、そのうち浄化してやると約束し、元王太子たちに延々と捗らない様子のドブさらいをさせたのでした。
私の石クズは浄化作用があったようで、私の石クズとシルバーさまの戦力で未開の魔境も開拓されていき、領土はどんどん拡大して王国は更に発展していきました――。
王城の高台から見渡せる、輝くように美しい王国の景色を二人で眺めていると、シルバーさまは私を抱き寄せ、甘く穏やかな声で囁きます。
「クリスタ、お前はこの世で最も尊く愛しい、俺の至宝だ」
「シルバーさま……私は世界で一番、幸せな女です」
愛する人から大切にされ、これ以上幸せなことはありません。
頬を撫でる手に私も両手を添え、あふれる想いを伝えます。
「心から愛しております」
銀色の瞳が愛おしげに細められ、優しく口づけされました。
それから、逞しい腕に抱きかかえられ、寝室へと運ばれていくのです。
「……だが、俺の方が愛しているぞ」
「あら、張り合いますか? 負けませんよ? ふふふ」
「まいったな、惚れた女には弱いんだ。降参するかもしれん」
――新たな王政が始まり、価値観を変えた政策で王国は益々栄え、後世に名を残す偉大な国王夫妻と称えられることになる。
国民から祝福される二人は、たくさんの子供たちにも恵まれ、いつまでも仲睦まじく幸せに暮らしていくのであった。
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