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一話

「ああ、死んでくれて良かった」


 お祖母(ばあ)さまの墓前で聞こえた言葉に凍りつき、私は耳を疑いました。

 花を手向けていた指先が震えます。

 聞き間違いだと思いたかった――けれど、そうではないことを私はよく知っていました。


「昔は偉大な予言者だともてはやされていたが、この頃は世迷い言ばかり。早々に死んでくれて助かった」

「まったくですわ。出来損ないのクリスタに全財産を与えるだなんて遺言、正気の沙汰とは思えませんもの」

「無能な妹ばかりひいきして、わたくしの嫁ぎ先を下の家格にしようとしたのよ? もっと苦しんで死ねばよかったのに」


 両親と姉の容赦のない言葉が、新しい墓石に吐き捨てられます。

 私は聞くに堪えなくて涙ぐみ、震える声で訴えました。


「お祖母さまを、悪く言わないでください……」


 掠れた声で言うと、実の両親と姉がギロリと私を睨みつけます。


「はぁ? お前ごときがわたくしたちに意見するだなんて、身の程をわきまえなさいよ」


 姉が近づいてきて、威圧的に見下されました。


「価値ある宝石を生み出す一族の生まれでありながら、無価値な石ころしか出せないお前が、よくそんな偉そうな口をきけたものね」


 この国は宝石を生み出す特殊な魔法を使う者たちが集まり築かれた、宝石の王国。

 最も貴重な宝石を生み出す一族の中で、私だけが道端の石ころと同じ無価値なものしか生み出せず、出来損ないの落ちこぼれとされていたのです。


 そんな私を見捨てず、お祖母さまだけが優しく見守っていてくれました。


「お祖母さまはこの王国を救った予言者です。だから、お祖母さまを悪く言うのはやめてください。お願いします……」


 涙で滲む視界の端、遠くから近づいてくる人影が映ります。


「こちらにいらしたんですね」


 そこに現れたのは、私の婚約者でした。

 お祖母さまは、私が良き王妃になると予言していました。

 そのため、私はこの国の王太子――ジェイド殿下の婚約者となっていたのです。


「これは、殿下」

「ごきげんうるわしゅう」


 父は臣下の礼をとり、母と姉がカーテシーをし、私も後にならいました。

 いつも無表情で私に接する殿下が、嬉しそうな声で話します。


「予言者殿が亡くなってくださって、本当に助かりました」

「え……?」


 殿下の発言に理解が追いつかず、私は困惑しながらその顔を窺いました。


「先王も予言者殿も亡くなった今、やっと陛下も頷いてくれましてね。これでようやく、婚約を破棄できます」


 とても嬉しそうに殿下は笑っていたのです。


「先王の代からの恩があるとはいえ、なんの役にも立たないクリスタ嬢と婚約させられた時は、どうしたものかと思いましたよ。ははは」


 殿下は姉の側へと歩いていき、優雅な所作でその手を取りました。


「これで改めて、麗しくも有能なダイヤ嬢と婚約を結べます」

「ジェイド殿下、この日をどんなに待ち望んでいたか……」


 殿下と姉が見つめ合い、仲睦まじい様子で寄り添い合っています。


「そんな……」


 唖然とする私をよそに、両親は微笑ましそうに二人を見守っていました。


「まさにお似合いの二人ですわね。この王国の未来も明るいわ」

「いやはや、めでたい。屋敷に戻って盛大に祝おうではないか」


 知らなかったのは私だけ、私だけが取り残されていたのです。


「あの、待ってください! お祖母さまの予言は――」

「もうろくババアがいなければ、口うるさく言う者はいない。一族の恥でしかなかったお前は不要なのだ。今すぐ出ていけ」

「出ていけ……?」


 父の言葉に愕然とし、呟くように聞き返せば、姉が苛立たしげに歩み寄ってきます。


「お前なんか邪魔者でしかないのよ! さっさと出ていきなさい!!」

「きゃっ!」


 急に突き飛ばされ、私の身体は小高い丘の斜面を転げ落ちます。


「きゃーーーー!?」


 転がっていった先には川が流れ、水しぶきを上げて飛び込んでしまいました。

 そこは不要なものが投げ捨てられ、流されていくゴミ捨て川。


「ぷはっ! 助けて、助けてください!!」


 必死に手を伸ばし、救いを求めました。

 ですが、手が差し伸べられることはなく、みんな(たの)しそうに眺めているだけだったのです。


「アハハハ、無価値な石クズにはゴミ捨て川がお似合いだな」

「うふふ、一族の恥だったお荷物が捨てられて、清々しますわ」

「これで、遺産はすべてわたくしたちのものですわね」

「っ!」


 私などもういないものとして、楽しげに笑い合う人たちの姿が遠ざかっていきます。

 帰れる場所などなく、誰かに助けを求める気力も失い、ただ近くを流れる樽に掴まるのがやっとでした。


 私は無価値で不要なゴミとして、ゴミ捨て川に捨てられてしまったのです。


「…………」


 一族の恥とされる私のことを、お祖母さまだけが庇い、守ってくれていました。

 もしかしたら、私の居場所を作ろうとしてくれたがために、私が王妃になるだなんて、大それた予言をしたのかもしれません。

 そのせいで、世迷い言を騙るようになったもうろくババアと、疑いの目を向けられてしまったのですから。

 それでも、お祖母さまは断固として言い分を変えず、私を励まし続けてくれました。


『クリスタ。あなたは良き王妃となる、特別な娘なのです。己の力を信じて励みなさい』


 お祖母さまの言葉を支えに、私は必死に頑張ってきたのです。

 厳しい王妃教育に耐え、価値ある宝石を生み出せるようにと、来る日も来る日も暇さえあれば、ひたすら鍛錬してきました。

 けれど、生み出せる石クズの量が増えただけで、価値のない小さな石ころであることは、何も変わりませんでした。


 輝くように美しく優秀なダイヤお姉さまと比べれば、私は道端に転がる石ころ同然。

 お祖母さまの予言でもなければ、ジェイド殿下の婚約者に選ばれることなど、到底ありえなかったのですから。


「お祖母さま、ごめんなさい……」


 過去を振り返れば、優しくて大好きだったお祖母さまとの思い出が(よみがえ)り、ボロボロと止めどない涙があふれてきます。

 そうして、私は悲嘆に暮れながら、どこまでも流されていったのです――――。


 ◆


 王国の最果てまで流され、夕暮れ時には辺境領のドブ沼に辿り着きました。

 ここで惨めに朽ち果てるのかと悲しみに浸り、めそめそと泣いていれば、ひどい臭いが鼻を突きます。


「ぐす…………うっ! くっさい!! 何この臭い?!」


 とてつもなくクサい……耐え難い悪臭に思わず鼻を摘み、辺りを見回します。

 投棄物やら何やら、よくわからないものが大量に流れ着き、そこら中に漂っていました。

 空気はどんよりと淀み、漂う腐敗物からはひどい悪臭が立ち込めているのです。


「何この、同じ国とは思えない有様は……」


 美しくきらびやかな王都からは想像もつかない、汚く荒れ果てた場所だったのです。

 とんでもないところに来てしまったと茫然としていると、ドブ沼の奥で何かが(うごめ)きました。


「……なん……でも……」


 暗がりで蠢く影――大きな人影がブツブツと何か呟きながら、こちらへ近づいてきます。


「ひっ!?」


 薄暗い闇の中でギラリと光る、鋭い眼光に息を呑みました。

 ドブ沼の奥から現れたのは、大男――浅黒いひび割れた樹皮のような肌に、黒くうねる重い髪を持つ、それは醜く恐ろしい怪物だったのです。


「……かん……でも……」


 バシャバシャと水音を立てて、その怪物が近づいてきます。

 ですが、私は身体が(すく)んでしまって、逃げることもままなりません。


 ついに、目の前まで来た怪物は樽ごと私を引き上げ、地鳴りのように低いしゃがれた声で叫びました。


「なんでもかんでも、川にゴミ流してんじゃねぇー! 挙句の果てには人まで流してくるとか、ふっざけんじゃねぇぞぉー!! ああっ、クッッッソ、王都の奴らめ、ゴミはてめぇらだ! ゴミクズがぁーーーー!!」

「ひゃえぇ、ご、ご、ご、ごめんなさいぃ〜!? クズです、ゴミクズです、掃いて捨てるほどの石クズですぅ〜! びえぇ~~~~ん!!」


 ものすごい剣幕で激怒して叫ぶ怪物に反射的に謝り、私はわけもわからず大泣きしました。

 身も世もなくおいおいと泣き叫ぶ私の姿に怪物は硬直し――間を置いて、戸惑ったように小さく呟きます。


「あ……いや、お前のことじゃない……その、なんだ……驚かせた。すまん」

「びえぇ……え? あ、はい……?」


 怪物に『王都から流れてきた憎たらしい奴め』と八つ裂きにされるかと思いましたが、どうやら、そんなことにはならなさそうです。

 むしろ、申し訳なさそうに謝られてしまい、困惑してしまいます。


 さらに、怪物は私を沼の岸辺まで運んでくれ、陸地へと降ろしてくれました。

 何時間も樽にしがみついていたせいで、私はすっかりへとへとで、地べたにへたり込んでしまいます。


 怪物も沼から上がって水気を拭い、陸地に置いていた衣服を羽織ります。

 身なりを整えれば、上等な衣装や背筋の伸びた出で立ちからは、貴族然とした気品が垣間見え、只者ではない雰囲気が漂っていました。

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