表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

うちは珈琲しかないですよ。

作者: 貝原元

腕の時計に目をやると3:35を示していた。


目の前の店の扉を開ける。

焙煎されたコーヒー豆の香りが鼻腔をくすぐる。

カウンターの向こうに店主がひとり。

ほかには誰もいない。


おれはカウンターに座ると店主が言う。


「うちは珈琲しかないですよ。」


尋ねるのも野暮というものだ。

俺は一言、「ええ」と告げた。


「かしこまりました」

店主はそう言うと、レコードに針を落とした。


針は浮いて沈み、回転するレコードの溝を擦る。

古き良き時代のジャズとレコードノイズが、店内を満たす。


壁には、マチスの版画が一枚。

店主の趣味だろうか


しばらく音楽に耳を傾けていると、

店主が俺の前にカップ&ソーサーを差し出した。


「お待たせしました。」


酸味と苦味のバランスが絶妙で、上品な味の珈琲だった。

心の奥に広がる静けさに満たされる。


店主がふと口を開いた。

「珈琲、お好きなんですね」

「はい」とだけ返すと、店主は微笑みを浮かべた。


「今日はもうひとつ、特別な豆が届きました。


もし宜しければ、お淹れします。お代はいりませんよ。」

店主はにっこりと言った。


俺は、首を縦に振った。


店主はレコードを裏返し、針を落とした。

さっきと同じ曲だった。

なぜ、同じ曲が?


考えを巡らせていると、

新しいカップ&ソーサーが目の前に差し出される。

俺は不思議に思いながら、一口、二口と飲んでみる。

酸味と苦味のバランスが取れた味だ。

これは、一杯目と同じ味だ。


「これが特別な豆ですか?」

俺は尋ねた。

店主は微笑んだまま、静かに言った。


「ええ、これが特別な豆です。

この珈琲には特別な効果があるんです。」


「特別な効果?」俺は訝しげに尋ねる。


店主は一拍置いてこう言った。

「そうです。時間を戻す効果です。」


「時間を戻す?」

と半信半疑で聞き返す。


店主は穏やかな目をしながら頷いた。

「さっきのレコードを裏返し、

同じ曲をかけたでしょう。あれも時間を戻した証です。


あなたがこの店に入った時の状態に戻すために。」


おれの中で何かがざわついた。

何か言おうとしたが、ただ、カップを見つめるだけだった。

もう一度、カップを手に取る。


店主は言った。

「時間は有限です。どう過ごすかは、あなた次第ですよ。」

俺は静かにカップを飲み干した。


腕の時計に目をやると3:35を示していた。


目の前の店の扉を開けると

焙煎されたコーヒー豆の香りが鼻腔をくすぐる。

カウンターの向こうに店主がひとり。

ほかには誰もいない。


おれはカウンターに座ると

店主が言う。


「うちは珈琲しかないですよ。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
とても素敵なショートショートでした! 読み終わってもう一度初めから読むとまた違った感想を抱きました。ちょっと怖いけど行ってみたい…!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ