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健全なボランティア ①

「体操服、汚れちゃうな」


 降り出した雨は止む気配がない。このまま夜まで降り続けそうだ。レインコートに打ち付ける雨粒は次第に強さを増して、痛みすら覚える。

 一度シャベルを動かす手を休め、額に張り付いた前髪を払った。

 軍手をしてこなかったせいかグリップを握る両手は血豆が破れ、ずきずきと痛む。雨で洗い流された血液が地面へと滴り落ちる。

 このシャベルも黙って持ち出して来てしまったが、気付かれただろうか。いや、まだ気が付いてはいないだろう。普段使う道具という訳でもないし、何より今日は遅くに帰ると言っていた。


 時間に余裕はあるはずだ。


 泥が顔に跳ね、腐った果実のような匂いが鼻につく。

 両手から滴る自らの血の匂いと混じり合い、ひどく不快な気分になる。

 それでもここで投げ出すわけにはいかない。

 再びシャベルに手をかけると、力いっぱい地面に突き刺した。

 辺りは仄暗く、人気などありはしない。そもそもこんな天気、こんな場所に来る人間が自分以外に居ては困るのだ。 

 聴こえるのは雨音、自身の息遣いと、土を掘る音だけ。


 ざく、ざく。

 ざく、ざく。


 メトロノームのように単調な、それでいてどこか耳障りな音が響く。


 まだ足りない。


 その単語ばかりが、やけに覚めた頭の中で繰り返し浮かぶのだ。


 足りない。


 この子を埋めるためには、深さが足りない。

 二度と目の前に現れないように、地中深くに埋めてしまわなければ。


 まだ、雨は降っている。


 

 エコ部などという胡散臭くいかがわしい部活動に属している俺や旦椋あさくらあざりが鵜呑坂うのさか高校の序列の底辺、底のよどみだとするならば、そのピラミッド型のカーストの頂点は鹿島初愛かしまうぶめという3年の女生徒だ。

 女子テニス部キャプテンにして成績上位者。

 文武両道の体現者の上に由緒ある家の生まれだというのだから、ますますもって住む世界から違うというものだ。

 しかし、輝かしい成績には影が付き纏うもの。頂点に立つ者の下には敗者が埋まっている。

 優秀な人間ほど妬みや嫉みを集めやすいのはどの世界でも変わらない事であり、高校という狭い世界においても鹿島初愛は熱狂的なファンと同じほどのアンチやヘイターを抱えていた。

 成功者を表舞台から引き摺り降ろしたい者たちの負の情熱は凄まじいもので、鹿島初愛には事実かも疑わしいスキャンダル紛いの噂話が常にまとわりついていた。


 噂話。

 

 思えば、この似非ボランティア部に属する事になった理由も、何処からか広まった噂話が原因だった。世にも奇妙な根も葉もある噂話に絡め取られて今ここにこうしている訳だが、人の噂ほどアテにならないものも無いだろう。

 一方スクールカーストの異端者、魔女裁判の被告人こと旦椋あざりは噂話についてこう述べる。


「この世に数多存在する奇々怪々な噂話のなかにはときに真実味のある物語が混じっているんだよ。メアリー・セレスト号の乗客は何故消えたんだろう?ディアトロフ峠で何があったのかな?誰も正しいことは答えられない。それこそ私達が求めるものなんだ。世に蔓延する怪奇事件は私達を待っているんだよ!」


 と、まぁヤバゲなおクスリでもキメてるんじゃないかと疑いたくなるくらい訳のわからないことを語っていた。この熱意を他に生かせないものか。

 

“鹿島初愛は人を殺している ”


 数ある噂の中でも特に、馬鹿馬鹿しさ極まれりといったその話が校内に流れ出したのは、5月の連休に入る前の事だった。



「旦椋はどっか行く予定とかあるのか?」


 シャッフルしたトランプを配りがてら、ふとそんな事を聞いてみた。

 旦椋あざり。俺の一つ年上の先輩で、俺を脅迫してこの部活動に無理矢理参加させている。だから俺はぞんざいな口調で接しているのだが、旦椋は俺のタメ口に対して文句をつけることはない。

 正直コイツにとって生きている人間なんてのは関心の範囲外で、何をしようがどうだっていいんじゃないか。

 明日俺が周藤と入れ替わっていても変わらずに「犬吠埼くんおはよ!」と挨拶をしてくるんじゃないだろうか。

 旦椋は配られたカードとしばらくにらめっこを続け、やがて観念したかのように手札から3枚をこちらに投げて寄越す。


「それチェンジ。うーん、どうだろう。心霊スポット巡りとかUFO観測に出掛けたい気持ちはあるんだけど、最近金欠だしねー。アルバイトするかも」

「うっわ、久々にマトモな発言を聞いたな。アルバイト?マジすか旦椋さん、とうとう社会不適合者を卒業するんすね」


 互いにカードを配り終え、確認する。

 俺の手札には狙い通りのカードが全て揃っている。言うまでもなくイカサマだ。悪いな旦椋。


「ひどいなー、私は元からマトモだよー。犬吠埼くんこそゴールデンウィークはどうするの?散々人をバカにしといて自分は部屋から出ませんとか言い出したら怒るからね」


 出ないに決まってるだろう。

 旅行もバイトも行かない。何が楽しくて初夏の外界を出歩かにゃならんのだ、修行僧か。今年は下宿先のキッチンを占領して自炊のバリエーションを増やすと決めているのだ。

 今回は油淋鶏ユーリンチーあたりをマスターしたいな。揚げないで調理するやり方があると聞いたからそれを試してみたい。


「いや、俺の話はいい。ちゃっちゃと始めよう。ショーダウン」

「しょうだうん!」


 今月の『ふぁんたずま』執筆担当を決めるポーカー勝負。

 俺は5が3枚、Jジャックが2枚のフルハウス。このくらいがイカサマを匂わせない最良の手だろう。

 対する旦椋のカードは―――


「6とKキングのフルハウス…」


 666と並んで13が2枚。悪魔の数字と忌み数。

 勝ち負けについての感情よりも感心が先に来てしまった。よくもまぁここまで不吉な数字を揃えられたものだ。


「魔女め……」

「褒め言葉として受け取っておくよ」


 悔しいが仕方ない。

 イカサマをして負けたのだから今回は潔く受け入れよう。だが、ボランティアもゴミ拾いの予定も今のところ入ってない中、活動報告として何を書けばいいんだろうか?

 部室内に掛けられているカレンダーにも5月中の予定は書き込まれていない。今後どこかで加筆される可能性はあるが、そのときは急遽人手が足りなくなり、ヘルプとしてエコ部が呼び出される場合だろう。空白を埋めるためにゴミ拾いを実施するというのも本末転倒な気がするし、どうしようか。


 ま、そんなものは月末の俺が悩めばいいことか。スケジュール管理は旦椋ぶちょうの仕事だし、俺の知るところではない。

 そんな未来のことよりも今週末から楽しいゴールデンウィークが待っているのだ。まずはそっちを思い切り享受するとしよう。

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