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幽霊の手 未解決

 やっぱり旦椋はイカレてるし、それに付き合う俺もどうかしてる。

 確かに知らないままには帰れないとは言ったが、こうなるとは誰が予想できただろう。

 不法侵入に器物損壊罪をプラスした上、俺達はどんな悪行を重ねたかというと、薄暗い校内を進み図書室までやってきて卒業アルバムを物色していた。ダイジェストで説明してしまえばそれだけのことだが、犯行に及んだ当人からすればとんでもないクライム・サスペンスだ。

 とは言ってもほとんど旦椋あざりの単独犯ではあるが、何も言わず雛鳥のようにそれについて歩いていた時点で同罪―――旦椋の言うところの共犯者だろう。


 卒業アルバムが一体何の為に必要なのか?


 俺はカビくさい図書室でそう問いかけた。

 旦椋はアルバムの一冊を無造作につまみ上げると、埃を払いながらこう口にした。


「同じ顔を探すんだよ。あの心霊写真に写っていた女の子は釣堀峠の制服を着ていたんだから。卒業アルバムを辿ればいつ卒業した誰か、くらいは分かるんじゃない?知りたいんでしょ、犬吠埼くんも」

「そりゃ知りたいけど…釣堀峠の制服ってとこまで知ってたんじゃないか。なら最初からそう説明してくれ」

「最初に説明してたら絶対止めたでしょー」


 ごもっとも。デッドボールを食らってでも阻止していただろう。


 その後薄暗い図書室で黙々と捜索すること数十分。目当てのものは意外と早く見つかった。


「この人だ」


 エコ部の部室は部室棟の改装に伴って、今はグラウンドの隅に置かれたプレハブ小屋に移設されている。陸上部が主に使っている競技場、その奥にひっそりと隠れるように在るのが我らが部室だそうだ。

 こうして場所を知らされてから改めて外観を見てもやはり小屋だ。物置小屋以外の何物にも見えない。

 もともとは新校舎建設にあたって業者が使っていたプレハブを、どこかで再利用できないものかと学校側がたまたま貰い受けていたらしく、それをエコ部の部室改装に伴ってあてがわれたという流れ――らしい。

 そもそも他の部活が「捨てるのは勿体無いけど別に使わないしいらない」という扱いに困ったモノを押し込めるために使われていたのだから、物置小屋という感想もあながち間違いではない。事実、車輪がない一輪車やらグラウンドに白線を引く正式名称が分からないアレやら、どこから拾ってきたのかも見当がつかない怪しげな桐箱のようなものまで選り取りみどりだ。

 週が明けて月曜日の放課後。忌々しいことにエコ部の新入部員となった俺は、そんな雑多な空間に召喚されていた。

 

「とりあえず霊感テストやろっか。まず目を閉じて―――」

「とりあえずでそんなモノを始めるな」


 第六感だか真性異言ゼノグラシアがどうのこうの、『知り合って間もない異性にしてはいけない会話集』の例みたいな内容を、旦椋あさくらあざりは楽しそうに語りだす。

 おのれ旦椋。共犯者だの言っておきながら「うちに入部してくれたら今日の事は黙っててあげる」なんて脅迫じみた事をしてきやがって。

 おかげで俺の高校生活は地の底からのスタートじゃないか。恨むぞ。祟るぞ。

 どう切り抜けて帰宅したものかと俺が思案しているのを、部長からの一言を待ちわびているとでも思ったのか、旦椋はぱっと目を輝かせて不気味な決意表明をする。


「私はもっと色々な事を知りたいんだよ。おかしなことも不思議なことも不気味なことも知って、知り尽くしたい。そうすれば、いつか死んだ人にも会えると思うから。犬吠埼くんにはその手伝いをしてほしいんだ」

「俺、霊感とかそういうのないからな」

「それでもいいよ。やっぱ部員一人は寂しいからさ、一緒に部活やろーよ。また幽霊とかさがそ」

「……死んだ人間に会ってどうすんだ。飼うのか」

「それはナイショ」


 ああそうかい。別に興味もなかったさ。

 そんなに幽霊が好きなら幽霊部員にでもなってやろうかという言葉が喉元まで出かかったが、あまりにもくだらなすぎてそのまま飲み込んだ。

 

「とりあえず明日からやるから、よろしくー」


 エコ部は活動報告として広報誌というか、一種のフリーペーパーのような印刷物を学内掲示板に貼り出しているらしい。

 更新は一ヶ月に一度。明日はその草案作りをしたいとのことだった。旦椋も常に幽霊だの怪異を追い求めているわけじゃないと分かって少しだけホッとした。

 環境美化および地域奉仕を目的としているエコ部らしく、定期的なクリーンアップ運動や奉仕活動記録に加え、学区内のボランティア募集案内や短期アルバイト情報なんかを載せている訳だが、この活動報告書のタイトル―――


「『ふぁんたずま』…幽霊ファンタズマ、ね…」

「いいタイトルでしょ!」


 もはや何も言うまい。コイツに何を言ったところでどうにもならないんだから。

 小さくため息をつくと、プレハブ小屋の小さな窓から外を眺める。

 昇降口から出入りする生徒たちをなんとなく見ていて、自然と思い浮かんだのは例の「幽霊の手」のことだった。


 心霊写真に写っていた女子生徒は確かに存在した。

 特筆すべき特徴もないくらい平凡な、何処にでもいそうな人物。

 彼女の姿は卒業アルバムの中のクラス写真、部活動ごとの集合写真やイベントに参加している様子にも残されていた。

 だが奇妙なことに、彼女が写っているどの写真でもその首元に白いもやのようなものが巻き付いていた。


 教室で友人たちとはしゃいでいる姿にも、笑顔でグラウンドを駆ける姿にも、文化祭も修学旅行も、どんな小さな写り込みであっても彼女にはその白い何かが常につきまとっていた。

 写真の中で月日が移ろい、卒業が近づく毎に、写真の中の女子生徒はその表情にかげりが見られるようになっていく。それに対して、白い靄は色濃く写し出され、よりはっきりと見えるようになっていた。まるで命を吸って成長するように。


 この説明しようのない不可解な異物に向き合って、俺はこれ以上知ることを放棄した。知りたくないと思ってしまった。

 理解しがたいモノに触れ、恐ろしくなったのかもしれない。この世に不思議な事などないという俺の価値観は随分と脆くなってしまい、今まさに折れようとしている。これ以上踏み込めば戻れない。

 だから俺は100%超常現象とも言い切れないが、矛盾なく科学的な説明をする事も難しい、ギリギリの分水嶺で留まったままにした。

 そうして結局は、真実を探って奔走した俺を無知で愚かだと嘲笑うかのように「論理的にこの事実を説明できない」という結果だけが残された訳だ。

 確かに写真に写っていた女子は確かに釣堀峠女子学院の卒業生であり、疑いようもなく何かにまとわりつかれていた。

 そして今現在、彼女が写ったモノが心霊写真として広まっている。

 

 それは誰の手によって、何の目的で広められたのか?

 

 どれだけ思考を巡らせても俺には何も分からないし、これ以上は知る由もない。





 ふと『ふぁんたずま』のバックナンバーに目が留まる。

 小学生への学習支援ボランティアの募集案内。学校紹介の写真。

 子どもたちに囲まれて笑っている、恐らく三十半ばの女性教員の首元に――――

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