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幽霊の手 ⑥

「幽霊の手…?」


 呆気にとられている俺を他所に、旦椋あざりは興奮したように語り始める。


「町中に貼られてるプリクラのことだよ。君はそれを調べてここまで辿り着いたんだよね!私以外にも居たんだねぇ、嬉しくなっちゃった」


 《《私以外にも》》ということは、もしかして誰がこんな事をしでかしたのか、あんたなら分かるのか。その疑問に対し、旦椋は得意満面で答えた。


「もちろん知ってるよ。幽霊の手はね、町の小学生たちが呼んでる名前なんだ。『幽霊の手が写ってる心霊写真』だから幽霊の手。小学生らしいネーミングでしょう」


 言われてみれば、確かにどこかでそんな名前を聞いたような気がする。


「小学生の間で流行っている心霊写真の都市伝説はね『その写真を見つけたらきれいに剥がして別の場所に貼らなくてはならない』というものなの」


 なんだそりゃ。俺が周藤から聞いてた話とまるっきり違うじゃないか。そんな呪いの手紙の亜種みたいなモノが蔓延っているなんてのは流石の周藤も知らなかったのか。

 鵜呑坂に精通している奴でも流石に小学生の流行りまでは知りようがなかったのだろうが。


「その心霊写真を見つけてしまった者は呪われる。呪われた者は他に呪いを移さなければ死んでしまう。だから注目が集まる場所や誰かの持ち物に貼り付けてしまえばいい。ゲームセンターの両替機とか、自転車とかね」

「自転車……」

「当人たちは遊びの延長のつもりだろうけど、ま、迷惑な話ではあるよね」


 旦椋は「やれやれ」と大げさに肩をすくめてみせた。

 なるほど。呪いの真偽はさておき、プリクラが貼り付けられていた位置が高校生の俺たちから見て気付きにくい場所にあった理由がそれだろう。身長による目線の違いが出ていた訳だ。

 もしくは、呪いの心霊写真なんてはた迷惑なものが誰かの目に触れないようにした結果か。だとしたら健気なことだ。


「これで事件解決かな、ワトソンくん」

「…いや、ちょっと待ってください」

 

 得意げな笑みを見せる名探偵に待ったをかける。

 そうだ。まだ怪談は終わりじゃない。解決していない疑問は残っている。


「町中に写真が貼られていた件については納得できましたけど、そもそも例の写真がどっから出てきたどういう代物なのかまでは分かってないじゃないですか。さっきの話だけじゃ釣堀峠ここに繋がらない」

 

 子どもたちのタチの悪い遊び。それが始まる前からどこかにその写真はあった筈だ。少なくとも円さんが居た十数年前の釣堀峠女子学院には存在していたんじゃないか?

 それは何処から来た?どうやって町に広まった?


「そんなに知りたいの?」

 

 いたずらっぽく旦椋は笑う。

 いや、違う。

 笑っているように見えるだけで、コイツは笑顔を貼り付けているだけだと、ようやく気が付いた。いくら表情を取り繕ってみせても、眼の色は夜の闇のように暗澹あんたんとしているのだ。

 こちらを見て微笑んでいるようで、その実どこも見てはいない。

 立ち振舞も言動も、明るく朗らかに見せかけているだけ。最初に感じた違和感の正体がそれだ。何もかもがわざとらしく、嘘っぽい。生気のない死者のようだ。

 ぞっ、と薄ら寒いものが背筋を這うような感覚を覚える。

 旦椋あざり。コイツはあのとき、あの入学式の日に何と言っていた?『死んだ人とお話しませんか』と呼びかけてはいなかったか?

 

 得体のしれないこの女が今は何より恐ろしい。

 正直、関わり合いになるとロクな事にならないってのは火を見るより明らかだ。


「…知らないままじゃ帰れない。何も解決してないまま終えることになるのは嫌だ」


 それでも俺は黙っていられなかった。

 このまま黙って、何も見ないフリをして帰るのはそれこそ信条に反する。結局一番怖いものは見ず知らずの他者でも怨嗟えんさ振りまく幽霊でもなく、なあなあに生きることに慣れきってしまった自分だ。

 確かに旦椋は気味が悪いが、正体不明のイカれたオカルトマニアに押し負けるほど俺もヤワじゃない。


「少なくともあんたがここに来た理由の説明くらいはしてもらいたい。こんなんじゃ俺は納得できない。何一つ分からないまま帰れって言うなら、あんたを道連れに停学にでもなってやるよ」


 大嘘だ。入学そうそう停学処分なんて冗談じゃない。

 つい感情的になってしまい、言葉が荒くなってしまった。どうにも歯止めの効かないまま、言いたいことを吐き出した結果がこれだ。


 人気のない無機質な廃墟に残響だけが響く。

 長い沈黙に耐えきれず俺が口を開こうとしたところ、旦椋あざりはしっかりと俺を見据えていることに気が付く。


「君、名前は?」

「あ?え、犬吠埼由人いぬぼうさきよしと、です。理由の由に人道の人で由人よしと

「変な自己紹介」

「うるさいな」


 今までとは違う。生きた人間と、生の会話をしている感覚があった。今度は旦椋あざりと話をしているという実感が確かに感じられた。

 旦椋は玄関前から俺の方へ歩み寄ると、カーディガンの袖口から白く細い腕を差し出す。

 そうして、澄んだ声でこう告げた。


「犬吠埼くんさ、共犯者になってよ」

「共犯者って」


 俺はたじろぐ。

 共犯者、という非日常的な言葉に気圧されたこともあるが、差し出された手には《《硬式野球ボール》》が載せられていたからだ。


「そのボールと、何の関係が?」

「今から鍵の掛かったドアを非合法な手段で開けるから、もしもの時はアリバイよろしくって意味だよ」

 

 困惑する俺を置き去りにして、旦椋はどこからか取り出したソレを握りしめると惚れ惚れするような綺麗なフォームで全力投球した。

 時速80キロ程でぶん投げられたボールは玄関ドアに向けて一直線に飛んでいくと、ドアガラスに衝突し突き刺さる。

 ガラスが不快な音を立てて砕け散るその光景を、俺は唖然として見ていることしかできなかった。何してんのこのひと。


「すとらーいく!」


 白球が迷いなくガラスをぶち抜くと、旦椋あざりは嬉しそうにその場で小さく飛び跳ねてみせる。

 そうして、本当に晴れやかな顔で「なにかあったら過失だって証言してね」と言ってのけた。

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