プロローグ
この世のどんな魔法にも必ず裏側には仕掛けがある。
よく当たる占い師は話術に長けているだけで未来を見通している訳ではないし、心霊現象なんて暗示や思い込みが殆どだ。
運命なんてないし、奇跡なんて起こらないってことを多くの人は分かってない。いや、分かっていつつもどこか期待を捨てきれずにいる。俺がそうだ。
いつも自分に都合のいい偶然を求めて、何かに縋って生きている。
『貴方にだけ特別に』『こうして出会ったのも運命』だの何だの、こんな言葉に翻弄される奴は正直ロマンチストを通り越して頭の中がお花畑だと思うが、別にそれが悪いことだとは思わない。
総じて人間は弱い生き物だし、何かにもたれかかる事も必要だ。
だからこそ人の目を欺き、騙し、手の内を見せない者がスポットライトを浴びることが出来るというのが俺の持論だ。
弱肉強食の世を上手に生きていけるような者、そういう器用な人間に俺はなりたい。
…なんてことを入学初日の自己紹介で表明しようものならクラスに居場所をなくすどころか学校から注視されかねない。
「犬吠埼由人、出身は埼玉です。この春から越してきました。優しくしてください」
名前と出身、愛想笑いを少々。
このくらいが無難だろう。
田舎町に越してきた県外からの入学生、ということでしばらく好奇の目で見られるかもしれないが、奇をてらって余計な真似をして変に悪目立ちするよりはマシだ。
30名ほどの1年C組の皆様方は特段俺の存在が気に留まった様子もなく、その後も粛々とオリエンテーションは続いた。
途中ふわふわとした雰囲気の女の子が「苗字は屍の原っぱと書いて屍原で…」なんて自己紹介を始めた時は、俺を含めたクラス全員が静まり返ってしまったが、それも日常を彩るスパイス程度の出来事だ。
入学初日に学校を揺るがすトラブルに巻き込まれる。
人生を変えるような大きなイベントに遭遇する。
そんな非日常に足を踏み入れることに憧れがないと言えば噓になるが、夢や憧れは追い求めているときが一番楽しいのであって、手にしてしまえば見方は変わってしまうだろう。
俺が生まれる以前にノストラダムスとかいう爺さんの寝言に流されて人類滅亡の危機をそれとなく漂わせていた時代があったらしい。
結局のところ破滅的危機も壊滅的事件も起こりはしなかったわけだが、それを契機に不思議を不思議のまま楽しむような時代は終わってしまったと祖父は言っていた。
言うなればオカルトの死ともいうべき転換点を迎えたわけだが、だからといって超能力やらUFOやらの話題が平気で闊歩していた時代が素晴らしかったのか?というと、そうではないだろう。
不思議というベールは情緒もへったくれもないままに暴かれ、嘘や欺瞞をばら撒いたと罵られ、無価値で無用な存在と捨てられる。そうしてこれから先も人類は、文明の火でもって暗闇を照らし続けるだろう。
人面犬、口裂け女、車に追いつくババアに怯える時代はとうに過ぎ去った。が、しかし悲しいことに俺はそんな古い時代の生き残りであり、現代文明の被害者でもあると言える。そのせいで高校生活を田舎町の公立校で過ごさなきゃならなくなったのだが、ここでは割愛しよう。
結局のところ由人くんは何を伝えたかったのかというと、世の中に不思議な事なんてほとんどなくなったとは言っても、齢数百歳の吸血鬼娘だの外宇宙からやってきた不思議ガールだのに対する憧れまでも消すことは出来ない、ということだ。
◇
記念すべき高校生活1日目もつつがなく終わり、俺の足は帰路へと向かっていた。
今日の夕飯の当番は俺でなかったはずだが、思ったより早く帰ることが出来たから何か作るのもいいかもしれない。
凝ったものは作れないから何品かはスーパーの総菜に頼ることになるかもしれないが……なんて、すっかり下宿先の調理担当に染まった思考回路で夕飯の算段を立てていたところに、その声は聞こえてきた。
「環境美化及び地域奉仕活動部部長、旦椋あざりですー!」
やたら長ったらしい呪文じみた宣言だったが、その澄んだ声に惹かれて俺を含め数名が立ち止まっていた。
制服の上に丈の合っていない真っ黒なカーディガンをぶかぶかと羽織ったその姿は、どことなく「魔女」を連想させた。
彼女の長い三つ編みは大きく腕を振り回すたびに尻尾のように右へ左へ揺れており、意思を持った別の生き物なんじゃないかと思わせる。
旦椋あざりと名乗った女子生徒は、校門の前で何やら紙束をばら撒きながら、繰り返し大きな声で通り過ぎる生徒たちに声をかけていた。
部活の勧誘というより怪しげな新興宗教の勧誘を思わせるその立ち振る舞いに、周囲の人間は当然困惑している様子だった。
遠巻きに眺める者、近づいてビラを受け取る者、唐突に表れた異常事態に立ちすくむもの。はてさて一体、俺はどうしたものか。
そんな風に考えあぐねていると、件の魔女、旦椋あざりは遠くからでも聞こえるような、よく通る声でこう宣った。
「一緒に死んだ人とお話をしませんかー!」
「―――なんて?」
何ですか?イタコ?死霊術師?
恐怖の大王は留守だったし、マヤの終末予報だって外れたこの現代でまだオカルトを追いかけようなんてよっぽどの酔狂しかいないだろう。それなのに、この旦椋とかいう女はこともあろうに、さも当然とでも言わんばかりの表情で「死者との交流を一緒にしませんか?」なんて部活紹介を始めやがった。
俺はそれをどんな顔をして聞いていただろう。
相当間抜けな顔だったと思うが、そこにいた全員が似たような顔をしていただろう。逆に真面目な顔で頷いているような奴がいたらそっちの方が異常だろう。
結局のところ俺の前に現れたのは、齢数百歳の吸血鬼娘だの外宇宙からやってきた不思議ガールでもなく、イカレたオカルトマニアの女子高生だった。
これが俺の高校生活の始まりであり、ここで真っ当な人間生活が終わりとなる。