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7.メアリーの目覚め

 昔話や神話で、人間が動物に変えられる物語を知っている。王子さまがカエルや野獣に変えられたお伽話も。


 どうやら私もそうなったらしい。

 ただ信じられないことに私が変えられたのは、私が書いた小説『デッドロック館』の登場人物だったのだ。


 そしてカエルや野獣は魔法が解け王子に戻るが、その後何日経っても私はアデルに戻ることはなかった。


 私が転生したモンタギュー伯爵令嬢メアリーは、『デッドロック館』の主人公ルイ・オルフェの妻だ。妻といってもルイ・オルフェに全く愛されなかった哀れな女性だった。

 ルイ・オルフェがメアリーと結婚したのは彼女の財産と、メアリーの兄オズワルドに、ルイ・オルフェが愛する女主人公フェリシアを奪われた復讐目的で、結婚から1年も経たずにメアリーは男の子を生み、死んでしまう。

 メアリーは主人公の妻という重要人物でありながら、登場シーンは少なく、印象が薄かった。

 だが自分がメアリーになるとしたら話は別だ。わずか17歳で死んでしまうのだ。今は8歳なのだから9年後だ。


 2日が過ぎ、改めて一連の出来事は夢ではなく、私はメアリー・モンタギューのままだと分かった。

 幸いに2度目に目覚めた時、8歳までのメアリーの記憶もあることに気付いた。メアリーの細かな生い立ちは『デッドロック館』に書いたことではなかったので、たいへん助かった。

お母さまと乳母のシュザンヌに、きちんと自分の名前とこれまであった出来事のいくつかを話すと、彼女たちは安心した。


 アデル・グレイはおそらくあの後、死んでしまったのだろう。

 セーラが渡してくれたヒースの花から、一瞬見た一面のヒースの花畑を走っていく少年少女たち。それは『デッドロック館』の主人公2人、ルイ・オルフェとフェリシアだった。アデルの死の時、私は彼らについていって、このメアリーの体に入ってしまったのかもしれない。

ということは、本物のメアリー・モンタギューもまた高熱で死んでしまったのだろうか。


 熱は下がったけれど、もう少し寝ていたいと言って、私はベッドの中で考えた。

 家事もせず、熱もないのにベッドの中でごろごろするなんて、アデルが7歳の頃以来だった。


 いつまでもこの世界に順応できなかったら、周りの人たちに不審がられるだけだ。

 アデルの記憶の中の『デッドロック館』の設定を思い出し、また憑依したメアリーの8歳までの記憶を辿る。そして、これから起こる『デッドロック館』のメアリーの運命を重ね合わせた。


 住んでいる場所はイギリスによく似た国、エインズワース。

 アデルが住んでいたベックフォースを元にして創造した、荒野が広がるブリッジミアに、300年以上続く伯爵家の邸は100以上?いやもっとかもしれない部屋のある堂々たるお屋敷だった。

 先祖たちのたくさんの肖像画、ギリシャ神話をモチーフにしたタペストリー、彫刻、騎士の鎧。外には童話の姫君が閉じ込められそうなすてきな塔がある。

 巨大な庭園、大きな噴水まであって海神と海のニンフや動物を模した彫像まであった。


 メアリーの家族、モンタギュー伯爵一家については、フェリシアの夫となるオズワルド以外、『デッドロック館』で私はほとんど書かなかったが、一家は本で読む高慢な貴族とは思えない善良な人々で驚いた。

 両親、父レイモンドと母のアンは同い年で、家門の取り決めにより15歳で婚約、17歳で結婚した。夫婦仲はよく18歳で長男オズワルドが、21歳で長女メアリーが誕生していて、現在29歳だった。


 父、レイモンド・モンタギュー伯爵は金髪碧眼のすばらしい美青年だったが、自分の美貌に無頓着な、とても真面目な読書好きで、人によっては面白みのない人間に思えただろう。家族を愛し、特に1人娘であるメアリーにはとても優しかった。メアリーもまた父が大好きで、8歳時点でメアリーはなんと将来父と結婚する気でいた。そしてメアリーの美貌は父譲りだった。


 母のアンは年より若く少女のように見え、優しく美しかったが、父レイモンドの美貌の前ではやや地味に見えた。夫をとても愛していて、彼と同様娘のメアリーをとても可愛がっていた。


 そして3つ年上の兄オズワルド。

 『デッドロック館』のヒロイン、フェリシアの夫となる人物だ。

 母によく似た顔立ちで、父譲りの真面目な性格だったが、次の伯爵としての品格を育てるためか、早くに教師がつけられ、両親もメアリーに比べ厳格に接したせいか、自分に対しても他の人の人に対しても厳しい所があった。

 メアリーには穏やかな兄として接してくれたが、どこか距離感があり、既に家門に泥を塗るような結婚をした妹を冷たく突き放す要素はあった。


 それから乳母のシュザンヌ。

 『デッドロック館』のオリジナルの国、フランスをイメージしたルマーニュ国出身で、貴族の間では夫人や娘にルマーニュ人のメイドをつけることがお洒落だと思われていたから、小さなメアリーにも乳母としてつけられていた。

 ルマーニュ語の歌をメアリーに歌ってくれる明るい若い女性だ。


 そして私付きのメイドのスーザン。病気だった私にカーテンの向こうから微笑んでくれたとびきりの美人のメイドだった。

 貴族の間では容姿の美しい使用人を、主人を引き立てるために身近に置くが、メアリーには早々に専属メイドとして彼女がつけられた。20代半ばで、こんな美人がよく結婚せず傍にいてくれると思ったが、『デッドロック館』ではメアリーが結婚で家を出た時以外、その最期を看取るまで独身のまま傍にいてくれた。


 乳母シュザンヌの名はスーザンのルマーニュ語の名前で、シュザンヌにスーザン、メアリーは2人の名前を時々逆にして呼び、2人も互いを「エインズワースのシュザンヌ」「ルマーニュのスーザン」と呼びあっては笑い、3人は仲が良かった。


 その他にも、伯爵家には近くの村からの通いも含めて、100人以上の人間が働いていたように思う。


 そして9歳の誕生日に貰ったチワワの小犬が私の新たな友人に加わった。

 前世のアデル・グレイの時から犬好きだったので、何より嬉しい贈り物だった。パラディンと名付けた。


 また嬉しいことに、伯爵邸には牧師館では貴重だった本も、図書室には壁いっぱいの本棚に数えきれないほどたくさんあった。まだ8歳の子どもだったので、図書室への出入りは制限されていたが、父は私の読書好きを分かってくれ、シュザンヌやスーザン付きで本を選ぶと、自由に部屋へ本を持って帰れるようになった。


 それでも、メアリーに転生して1年間は、幾度となくアデルとしてのホームシックが私を襲った。

 メグ、セーラ、父、メイドのハンナ、飼い犬のウルフとシルフ、みんなどうしているだろう?と。

 けれどメアリーとして過ごしていくうちに、次第にアデル・グレイだったことが夢のように思え、記憶の中に封印されていった。


 9歳になってしばらく経ち、正式な家庭教師として彼女が現れるまでは。



「はじめまして」

私は彼女に淑女らしくスカートをつまんで挨拶をした。


 小柄な女性で、まだ少女だろうに黒い髪をひっ詰めるように結い上げ、青白い顔に、珍しい金色の瞳をしていた。

 ドレスも地味な形の黒色で、魔女の使いの黒い猫を思い出した。


「こちらこそはじめまして」

その女性は私の目の高さまで腰を低くしてじっと私を見つめた。不必要なくらい長く。


そしてにっこり笑うと「なんてきれいなお嬢さまでしょう」と、彼女は母に言った。


母、私に付き添うシュザンヌ、スーザンも笑顔だ。彼女も。


誰も何も思わないのだろうか?

私は彼女にぞっとするものを感じた。


それが私メアリー・ラファエルの運命を変える、17歳のカーミラ・ゴドウィン先生との出会いだった。


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