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6.アデルの目覚め

 目が覚めた。


 頭が重い。

 目がぼんやりしている。

 倒れた時にどうやら気絶したようだ。


 でもほっとした。少なくとも私は生きているようだ。


 私はどのくらい眠っていたのだろう?

 犬たちには私の代わりに誰か餌をやってくれたのだろうか?


 セーラ?メグ?ハンナ?


 目をこすり起き上がろうとした。

 ずっとだるく重かった体が軽い。


 その時、誰か女性の声が聞こえた。

 「ああ、目が覚めたわ!神様」


「セーラ?」

 ベッドに起き上がったものの、まだ目がぼんやりしている。


「何を言っているの?お母さまよ」


「お母さま?」


 母は私が3つの時に亡くなった。

 夢を見ているのだろうか?


 私の人生の最初の記憶、それは母の葬儀だった。

 棺の中で青ざめた顔で横たわった母。

 どんな声をしていたのか、私を可愛がってくれたのか、全く記憶がなかった。

 顔も肖像画でしか知らず、後で肖像画の顔を、棺の中の幻の母に重ねたのかもしれない。


 だが今聞こえる声は若々しく元気で澄んだ声だった。


 それとも…

 ああ、やはり私は死んで、ここは母がいる天国なのか。


 あれほど苦しんだ咳も胸の痛みもない。ただ頭が重いだけだ。


「よかった。お熱が下がってきているようです。奥さま」


 他の声も聞こえた。少しフランス訛りのある若い女性の優しい声だった。


 ここはどこだろう?

 改めて見ると、広いベッドだ。天蓋付きの。


 病院だろうか?

 それなら王侯貴族のための特別室だろう。

 ベッドを囲むバラ色のカーテンはとても質のいいものだった。


 目をもう一度こすって、ようやく完全にすべてが見えた。


 心配そうに見ている数人の人物たちがいる。

 すべて見知らぬ人たちだ。

 20代後半だろうか。美しいドレスを着た金髪の上品そうな貴婦人が、私の枕元にいた。

 それが先ほどお母さまと名乗った女性らしい。


 私は30歳だ。

 そして彼女は20代半ばだろうか?私より年下に見えた。

 それに彼女は美しい金髪だったが、私たち5人きょうだい全員が黒髪だったのでおそらく亡くなった母も黒髪だろう。どう考えても彼女が私の母ということはない。


 もう一人若い女性、お母さまより少し上の女性は先ほどお母さまに「よかった。お熱が下がってきているようです。奥さま」と言った女性だろう。

 私が普段着ているような簡素な服装だった。裕福な家庭の乳母か家庭教師といったところだ。


 そしてもう1人、村では見かけない立派な服装の紳士がいる。お医者さんだろうか?他にカーテンの向こうにメイド服姿の若い女性2人が見えた。1人は栗色に近い濃いブロンドのすばらしい美人で、私が見つめるとにっこり笑った。


 改めて、カーテンの向こうに見える室内を見ると、明らかに私の家ではない広い豪華な部屋だった。

 病院の特別室というより、お姫さまの部屋のように可愛らしい。

 寝ている天蓋付きのベッドは私が寝ていたベッドの2倍以上の広さで、凝った彫りの柱と、今は開いているが窓と同色のピンクのカーテンがついていた


「メアリー、お水を飲む?」

 ❝お母さま❞が私に聞いた。


 メアリー?

 明らかに私の名前ではないが、のどが渇いていたからゆっくり頷いた。


 水差しが唇に近付き、私はそれに手をのばした。


 手が…?

 私はショックで震えた。


 なぜ私の手がこんなに小さいのだろう?

 まるで子どもの手だった。


 水が唇からこぼれた。


「メアリー?」

「まだご気分が悪いのですか?」

 ❝お母さま❞ともう一人の女性が心配そうに私に顔を近づけてきた。


「あの…どういうことでしょう?ここはいったいどこですか?私に何があったのでしょう?」


 声を出して驚いた。高い子どもの声だった。

 咳のせいでがらがらになった声ではないことはもちろん、病気の前の私の声でもなかった。


「まあ、メアリー!」

 ❝お母さま❞が戸惑っている。


「お嬢さま、高いお熱が続いて混乱なさっているのですね。お気の毒に。こちらはモンタギュー伯爵邸のお嬢さまのお部屋ですよ」

 もう一人の女性の方は、戸惑いながらもその場を回収しようとしている。


「モンタギュー伯爵邸…」


 発した声はやはり私の声ではない。


 そしてモンタギュー伯爵邸、その名前を私は知っている。

 でも信じられない。それは私が知っているモンタギュー伯爵邸だろうか。


「お嬢さまは3日前から高いお熱が出て眠られていたのです。わたくしはお嬢さまの乳母のシュザンヌですわ」


 そう言われても、私は❝お母さま❞もシュザンヌのことも全く記憶がない。


「あの…記憶が混乱しているんです。私は…私は誰でしょうか?」

 子どもの声で私は尋ねる。


「モンタギュー伯爵のご息女、メアリー様ですわ」


 メアリー・モンタギュー!

 信じられなかった。


「すみません。鏡を見せてもらえますか?」


 シュザンヌが小さな金の手鏡を持ってきてくれ、私に見せてくれた。

「これが私?」


 見たことのない少女がいた。

 ふわふわとカールした長い金髪。7、8歳だろうか?

 童話のお姫さまのような、天使のようなとても美しい少女だった。


 私は驚きのあまり、気を失った。


 私があのメアリー・モンタギューとは!



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