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47.襲撃

「フェリス!フェリス!大丈夫か!」


 フェリシアは突き飛ばされた時に打ち付けた背中が痛むのをこらえながら、必死に答えた。

「オルフェ!入ってきちゃだめ!ヒューは銃だけじゃなくてナイフも持ってるの!お願いだから今日は家じゃない、どこか別の所に泊って!」


 その声に答えるかのように、オルフェの声が聞こえなくなった。

 ヒューは銃を持ったまま乱暴に玄関の扉を開けた。


「いない…」


 フェリシアもヒューの後ろから外を見た。本当にオルフェはいないようだった。


 ほっとした。

 オルフェが自分の言うことを聞いてくれたなら、今日は父が泊っている宿屋に行くだろう。それとも納屋にでも潜んでいるのかもしれない。

 ヒューはかなり酔っているし、オルフェがいないなら、諦めてそのうちまた眠るだろう。

 そうしたら外に出て、念のため、納屋や馬小屋など、オルフェがいそうな所を見に行こう。


 10分ほど経ったがヒューはまだ玄関のドアの所で銃とナイフを握っていた。

 まったくどうかしている。

 ヒューを見ていると、成人しても子どもがいても、大人になれない人間がいるのだと改めて思う。


 あいにく今家には男性使用人は誰もいなかった。こんな状態のヒューには力の強いライリーくらいしか敵わないだろうが。


 2階の自分の部屋に行く気にもなれず、ナンシーかロイド夫人がいるかもしれないと台所に向かうと、前の方からガシャンという音がした。


 慌てて台所に入った。

 台所の窓の片方が落ちていて、オルフェが入ろうとしていた。


 けれどもう一つの窓の仕切りが邪魔をしていて中には入れなかった。


「オルフェ!」

 フェリシアは窓に駆け寄った。


「あなた、なんで戻ってきたの?」


「フェリス!外へのドアを開けて!ナンシーがいるかと思って来たたけど誰もいなかった」


「分かった!」

 フェリシアが外へのドアを開けようと振り向き、息を呑んだ。


 ヒューが台所に入ってきた。


「そこにいるんだな」

 にやりと笑うと窓の方に駆け寄った。


「だめ!」

 フェリシアはヒューの右腕を掴んだ。


 バン!と銃弾が天井に打ち込まれた。


「くそ!」

 ヒューはフェリシアの顔を殴りつけると、窓に向かった。

 フェリシアは床に倒れた。

 必死に足を掴んだが蹴飛ばされた。


 ヒューが窓の外に向かって銃を持った右手を出そうとした時、窓の横に隠れていたオルフェがその腕に飛びつき銃を奪った。

 ヒューは慌てて折りたたみ式ナイフを取り出したが、窓越しにオルフェともみ合い、そのうちに逆に自分の手を切りつけてしまった。


「うおおおっ!」

 手からは血が滴り、痛みにナイフを落としそうになると、それもオルフェに奪われてしまった。


 オルフェはさっとナイフをたたみ、自分のポケットに入れると、ヒューを見て挑戦的に笑った。軽蔑しきったひどく冷たい笑顔だった。


 形勢は完全に逆転した。

 ヒューは元々まともに喧嘩などしたことがなかった。慌てて逃げようとすると、襟を掴まれ、殴りつけられて、後ろにひっくり返った。


 フェリシアは床で起き上がりかけたまま、オルフェとヒューの争いを見ていたが、ヒューが自分の方に向かって飛んでくるのを慌てて避けた。


 オルフェは窓の仕切りに大きな石をぶつけて壊すと、窓を飛び越えて中に入ってきた。


「オルフェ!オルフェ!」

 フェリシアは立ち上がり、オルフェに駆け寄った。


「フェリス!大丈夫だったか?」

 オルフェは右手をフェリシアの左頬に触れかけ目を見開いた。そしてフェリシアを上から下、覗き込んで後ろまでを見た。


 フェリシアの美しい黒髪はボサボサに乱れ、服は汚れ、左頬は腫れていた。その他にも額や手にも傷があった。


 激しい怒りが湧いてきた。

 オルフェは床に転がっているヒューに向かって歩いていき蹴りつけた。

 ヒューは悲鳴をあげた。


「よくも…よくもフェリスを傷つけたな!」

 更に数回蹴り、さんざん踏みつけた。


 フェリシアはオルフェの右腕に縋った。

「もういい!もういいからオルフェ!死んじゃう!」


 オルフェは自分の腕にあてられたフェリシアの手を優しく握った。

「大丈夫だ。本当に危なそうな所は避けたから」


「大丈夫ですか…?」

 台所の入口からおずおずと声がして、ナンシーとヒューの娘リネットの乳母のノラが入ってきた。

 2人は2階にいたらしかった。


 壊れた窓と床にのびているヒューにすっかり怯えている。


「酔っ払いがひと騒動起こした。こいつに殺されるところだったよ」


 床にのびているヒューを顎でしゃくり、ポケットからナイフを取り出し見せた。


 「銃を拾ってこないと」と、オルフェはひらりと窓を片手で乗り越え、拾ってまた窓から入ってきた。


「ナンシー、包帯ある?こいつ、手を怪我してるんだ。ノラ、誰か男の使用人を呼んできて」


 ナンシーが慌てて包帯を取りに行き、オルフェと二人でヒューの手に包帯を巻いた。


 ノラがピーターじいさんを連れてきた。


「坊ちゃま!なんてひどいお姿に…」

 ピーターじいさんは怪我をしてボロボロになって伸びているヒューを見て驚いた。


「何間抜けなことを言ってんだよ。俺がこいつに殺されかけて反撃したんだよ」


 けれどピーターじいさんは責めるようにオルフェを見た。ヒューを生れた時から知っているピーターじいさんにとっては、後から来たオルフェよりヒューに思い入れがあった。


「こいつを部屋まで連れていくから手伝ってくれ。大丈夫だとは思うが、どこか折れているかもしれないから後で医者も呼んでくれ」


「かわいそうな坊ちゃま…」

 ぐだぐだと言うピーターじいさんはあまり力がなく、ナンシーの手も借りて3人でヒューを部屋まで運んでいった。

 ヒューを運ぶ前にオルフェはノラにフェリシアを手当てするように言った。


 ファリシアの手当てが終わった時、ライリーが外から戻ってきた。


「ああライリー、たいへんだったのよ」

 ノラが夫に駆け寄った。


 オルフェたち3人も台所に戻ってきた。


「よかった。ライリーが戻ってきたなら安心だ。ピーターじいさんじゃ頼りないから医者を呼んでくる。あとお父さまにも知らせないと」


「だめ!行かないで」

 フェリシアが言った。


「オルフェも怪我をしてる」


「こんなのたいしたことないよ」

 オルフェのシャツの右腕の所が裂け、ひどい擦り傷になっていた。


「それよりフェリス、痛そうだな。もっと早く助けられなくてごめんな。俺を助けてくれてありがとう。助かったし、すごく嬉しかった」


 フェリシアの目から涙が溢れた。頬に貼ったガーゼに涙が染みるので、オルフェがポケットからハンカチを取り出し、フェリシアの涙を拭いた。


 ハンカチにはラエルの綺麗な鳥の刺繍があった。


「汚れちゃうわよ」

 フェリシアが言った。

 オルフェがラエルから貰ったハンカチをどんなに大切にしているか知っていた。


「ハンカチってこういう時のためにあるんだろ」


 フェリシアはオルフェに抱きついた


「あたしこそ助けてくれてありがとう。オルフェが無事でよかった」


 そのままフェリシアは泣き出し、オルフェから離れないので、ライリーが代わりに、医者とマンスフィールド子爵の元へと行った。



 フェリシアはオルフェの手当てをするナンシーを手伝おうとするが、包帯がうまく巻けず、悔しそうだった。


「あたしって本当に役立たずね」

 オルフェはヒューの手の包帯をぎゅっときれいに巻けたのに…


「そんなことないよ。今日は最高に勇敢だった」


 そしてオルフェはフェリシアを部屋まで送った。

 ヒューの部屋の前ではホレスが番をしていた。


「ホレス、もういいよ。さすがに今日はもう暴れないんだろ」


 幸いヒューは骨折はしていなかった。けれど当分はひどく痛むだろうと医者に麻酔を打たれて眠っていた。


 ホレスは階段を降りていった。


「じゃあ、フェリスお休み。ゆっくり休んで」


 フェリシアの前でオルフェが別れようとすると、フェリシアはオルフェの両腕を掴むと頬にキスをした。


「本当は唇にしたかった」

 オルフェにしか聞こえないよう耳元に小声で言った。


「でもそうしたらまたあなた、ラエルの所に謝りに行ったりするでしょ」

 と少し悪戯っぽく笑った後、真面目な顔になる。


「お父さまやあなたがなんて言おうと、あたしはあなたを兄だなんて思わない。お願いだから無理矢理気持ちを変えさせようとか思わないで。分かるでしょ?絶対無理だから」


「同情もいらない」

 フェリシアはオルフェをまっすぐに見つめた。


「ルイ・オルフェ・マンスフィールド、あたしは生涯あなただけを愛します」

 結婚式の誓いの言葉のように言った。


 そして部屋の扉を閉じた。



 その夜遅く、雪が降り始めた。

 オルフェはひどく疲れているのに眠れず、部屋の窓から暗闇でも明るく落ちていく雪を見ていた。

 大雪になりそうだと思った。


 ラエルラエル…。

 次はいつ会えるのだろうか?



 暫く後ヒューはまた一つ騒動を起こし、それは一つの命に係わることだったため、廃嫡が決定的になった。


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