表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/77

43.『デッドロック館』秘話 ブリッジミアの嵐

 新しいモンタギュー伯爵、レイモンド・マンスフィールドは既にかなりの財産持ちだった。

 彼は伯父のオズワルドの爵位と財産、母メアリーの財産、それだけで莫大なものなのに、1年前に亡くなった母方の大伯母メアリー・オクタヴィアからも財産を受け取っていた。メアリー・オクタヴィアは私の母の姉、伯母だった。14歳で既に大富豪のレイモンドよりも、三十代で貧乏な子爵の私にこそ財産を残してくれればよかったのにと伯母を恨まずにはいられなかった。


 アデル・グレイ著 『デッドロック館』より



 『デッドロック館』の中でメアリー・オクタヴィアについての記述は、ダニエル・ホーソンが語るこの一文だけだった。



 *  *  *  *  *  *  *



 その日、ドルトンは朝から雨で、昼から風も強くなり嵐になった。

「戸締りをしっかりしてね」

 とメアリー・オクタヴィアは執事のウィルクスに言いながら、亡くなった母を思い出す。


 嵐の日、いつ母が外に出ていったのかも分からない。メアリー・オクタヴィアは自分のせいではないかもしれない、不運な事故だと、何度自分自身に言い聞かせても、母を殺したという罪の意識からは逃れられなかった。


 オクタヴィアが現在住んでいる首都ドルトンは、雨は多いものの、嵐の時以外は、風はそれほど強く吹きつけなかった。少なくともブリッジミアと風の音が違った。


 それなのに今日に限って風の音がびゅーびゅーと荒々しく、ブリッジミアの嵐の音と重なった。

 単なる雨だったなら気分転換に、音楽会にでも行ったのに。

 カーテンを厚く閉めて、本でも読んでいよう。


 立ち上がった時にカーテン越しに雷が光ったのが見えた。

 と、同時に幻聴が聞こえた。


「ラフィ!ラフィ!ラフィー!!!」

 母が嵐の中を亡き弟ラファエルを探している。


 伯爵邸の庭園、木々が風で吹き飛ばされそうに乱暴に揺れ動く中、雷が一瞬その姿を明るくする。

 喪服姿の母がずぶぬれになり、長いドレスのスカートを風で舞わせ、飛ばされそうになるのを、木に抱きついたり、屈んだり、必死で戦いながら、庭園のあちこちを見回しながら歩いていた。

 結っていた長い金髪は落ち、激しい風で舞い上がり、雨で顔にも張り付くのを手で拭い、彼女は再び叫ぶ。


「ラフィ!どこにいるの?ラフィーーーーッ!!」


 直接見たわけでも聞いたわけでもない。

 自分の知る母は常に背筋をぴんと伸ばした完璧な貴婦人で、乱れた髪やドレスで、庭を彷徨い歩くなど想像もできなかった。

 それなのに見えるし聞こえた。


 弟が死んだ日、初めて激しい感情を見せ、号泣していた母。

「ラフィ!ラフィ!ラフィーッ!!」


 激しい風の中に母の声が聞こえ、耳を塞いでいた時だった。

 ドアを叩く音に気付いた。


「レディ・メアリー!レディ・メアリー!いらっしゃいますか?」

 執事のウィルクスだった。


「何?いるわよ」

「大丈夫ですか?」


 どうやらしばらくドアをノックしていたらしい。

「ええ、大丈夫。ごめんなさい、風の音のせいか聞こえなかったの」

「こちらこそ失礼いたしました。何かあったかと」


「どうしたの?入って」


 ドアを開けて老執事のウィルクスが入ってきた。

「お客様がいらしています」


「お客?どなたかしら?」

 今日は来客の予定などなかったし、こんな嵐の日にいったい誰だろう。


「マンスフィールド子爵と伺いました。姪御さま、メアリー・ラファエル様のご夫君だとのことです」


「マンスフィールド子爵?ブリッジミアの?確か今はオズワルドの奥さんの兄君が子爵のはずだけど、小さなメアリーは彼と結婚したのかしら?」


 甥のオズワルドから妹のメアリー・ラファエルが駆け落ち結婚をしたので縁を切ったとの手紙は届いていた。

 相手がブリッジミアの名家出身で子爵なら全く問題ないし、むしろ良縁と思うが、オズワルドの結婚式の時に聞いた噂ではヒュー・マンスフィールドはかなり素行が悪く、アルコール中毒、身分違いの結婚で寡夫となり幼い娘が1人いるとのことだった。それでオズワルドに結婚を反対されたのだろうか?


「とにかくこんな嵐の中来るなんてどうしたのかしら?取りあえず応接室にお通ししてちょうだい」


 オクタヴィアが階段を降りていくと、玄関で話すウィルクスと1人の背の高い黒髪の青年の姿が見えた。


 その時、雷が光り、逆光となったので、顔は見えなかった。オクタヴィアはふと悪魔を連想した。


 ところが一瞬の後、オクタヴィアは驚き、目を見開いた。

 そこにいたのは、オズワルドの結婚式で見かけたヒュー・マンスフィールドではなかった。

 それにしてもなんという美しい青年だろう!黒い髪、黒い瞳にこれ以上ないほど整った高貴な顔立ちは憂いを帯びていて、細身だが逞しく、背筋を伸ばした立ち方もとても洗練されていた。


 黒いマント姿の彼はずぶ濡れだった。

「はじめまして、レディ。ルイ・オルフェ・マンスフィールドと申します」

 よく通る美しいテノールだった。


「はじめまして。マンスフィールド子爵。メアリー・オクタヴィア・モンタギューですわ」

 階段から降り、右手を差し出すと、彼は軽くその手に口付けた。


「こんな嵐の中来られるのはたへんでしたでしょう?早くお入りになって」


「いえ。ずぶ濡れですから、すぐに帰ります。一つだけお尋ねしたいことがあり、こちらに参りました」


 言葉も物腰も上品だった。よく見るとかなり若かった。二十歳にもなっていないかもしれない。けれど堂々として目には威圧感があった。


「何でしょう?」


 ルイ・オルフェの澄んだ黒い瞳が揺れた。

「妻はこちらに来ていないでしょうか?」


「え?」


「彼女は家を出ていったのです。行方知れずで、もう5日になります」

「行方知れず?小さなメアリーが?何かあったのですか?こちらには来ていませんわ」


 ルイ・オルフェの目に明らかな失望が過った。

 美しい黒髪からも、手に持ったシルクハットからぽたぽたと雨水が落ちた。


「そうですか。すみません。お騒がせをいたしました」

 そう言ってお辞儀をすると、出ていこうとした。


 オクタヴィアは慌てて、青年の腕に触れ、止めた。

「待って。まさかこの嵐の中を出ていくんじゃないでしょうね」


「メアリーを探さないと。彼女もこの嵐の中、どこかにいるはずです。困っているかもしれない」

 低い声で彼は言った。


「実家のモンタギュー伯爵家にいるんじゃないの?そこしかないわ」


「メアリーは遠くに行くと置手紙を残して家を出たんです。でも彼女はこれまで遠くになどほとんど行ったことがない。せいぜい保養地だ。手紙を見てからすぐに伯爵家を訪ねました。最初は来ていないと門前払いで。毎日訪ねて、何度も問い詰めると、ようやくメアリーは来たけれどすぐに出ていったと執事から聞きました。信じられなくて屋敷の周辺を探りましたが、彼女のいる気配も出ていった様子もない。もしかしたらこちらに来ていないかとお訪ねしたのです」


「とにかくこんな所にいてはいけないわ。きちんと中に入って」


 そう言うとメアリーは執事の方を向き、命じた。

「子爵に何か着替えを持ってきて。確か以前ダニエルが来た時に置いていった服があるはずよ」


 その時、ルイ・オルフェの低い声が響いた。

「ダニエル?ダニエル・ホーソン子爵でしょうか?メアリーの従兄の」


「ええ、そうよ。ご存知?」

「いえ、お会いしたことはありません。ただ最近、モンタギュー伯爵家で何度かお名前を聞いたので」


「とにかくお着替えが先よ。その後で居間へいらして。熱いお茶を飲んでお話しをしましょう?今日ブリッジミアへお帰りになるのなら無理よ。今夜はこちらにお泊りになってくださいな」


「初めてお目にかかったのに」

「私たちは小さなメアリーを通して親族でしょう?」


「私を信頼してくださるのですか?」

「もちろんよ。なぜ?」


「多分オズワルド・モンタギュー伯爵からは私のことは良いことは聞いていないと思います。それどころか本当にメアリーの夫であるかも分からない」


 そう彼が何者であるか分からなかった。

「本当にほんの少しだけどブリッジミアの訛りがあるわ。それにね、あなたが小さなメアリーをとても大切に思っていることだけは伝わったわ」


 ルイ・オルフェが口を動かしかけた時、強い風の音がしてその言葉を消した。


 オクタヴィアはふと思った。

 彼がこのブリッジミアの嵐を連れてきたと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ