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17.噴水

 フェリシアは伯爵夫妻とオズワルドにオルフェは自分の家族だと説明した。兄以上に兄のようなt大切な存在だと。


 馬車に2人が乗る時に、ラエルがそっと2人にそれぞれ小さな袋を渡した。

「クッキーよ。もう遅いし、もしお夕食が食べられないようなことがあったら食べてね」


「ありがとう」

 フェリシアはお礼を言った。

 夕食に遅れたことはもちろん、モンタギュー伯爵家に迷惑をかけたのだから罰として夕食は抜きになるだろう。

 ほっとしたらフェリシアはお腹がすいてきた。

 そしてふと疑問に思った。なぜメアリー嬢は悪いことをした子どもが夕食抜きになることを知っているんだろう?あんな貴族の令嬢の見本のようなお姫さまが。あの優しそうな伯爵夫人も、子どもを叱り夕食抜きにするなんて想像もできなかった。


 馬車の中でフェリシアはクッキーを食べ始めた。


「こらこら他の家の馬車だぞ。それにきれいな服を汚してどうするんだ」

 オルフェに怒られた。


「いつもはそんなこと言わないのに」

「せっかくそのドレスが似合ってるのに。フェリスもお嬢さまなんだなって」


 クッキーを飲み込むと、袋は閉じた。

「オルフェはお坊ちゃまを抜かして王子さまよね。みんな見とれてた」


 青いベルベットに白いレースの襟の衣装を着たオルフェは、本当に王子のようだった。

 デッドロック館に来たばかりの幼い頃はやや浅黒い肌だったが、今は外を走り回ってばかりいるにも関わらず、少年なのに抜けるような美しい白い肌をしていた。


「偽物だ。フェリスは本物だよ」


「ねえ…」

 気になっていたことをようやく聞いてみた。

「メアリー嬢と知り合いなの?」


「窓から見えたの。すごく仲が良さそうだった」


 オルフェはほんの少し沈黙の後に言った

「会ったのは3回目だ。1回目、彼女が荒野で霧にあって迷子になっている所を助けた。2回目、この間は助けてくれてありがとうと言われた。3回目、今日」


「ふうん」

 初めて聞いた。オルフェのことで知らないことは初めてだった。


「それこの間の教会も入ってる?」

「教会?」

「2人で会釈してた!」


 オルフェは少し驚いた。気付かれていたとは。

「よく見てんな。それ入れるなら4回目」


「ふうん」

 もう一度言うと自分の手首のバラの刺繍のハンカチとオルフェの腕に巻かれたコマドリとブルーベルの刺繍のハンカチを眺めた。


「私が刺繍したの。お友だちになった印にもらってね」

 自分の知らない所で既に2人は友だちということか。


 フェリシアがこっそりむくれていると、また少しの沈黙の後でオルフェが言った。

「フェリスが戻ってきてくれてすごく嬉しかった」


 フェリシアは顔を上げてオルフェを見る。

 喜びで胸がいっぱいになった。


「あたし気絶しちゃったの。あの後。オルフェを置いてったんじゃないのよ」

「分かってる。でも俺もっと強くなりないな。フェリスを守れるように」


 フェリシアは手に持っていた袋からクッキーを取り出し、オルフェの口に放り込んだ。


「オルフェもお腹空いたでしょ。ありがとう。あたしを守ってくれて」


 そしてオルフェに抱きついた。

 オルフェは慌ててクッキーを咬んで飲み込んだ。


「夕食なんて抜かれたっていいわ。でもまたオルフェと引き離される罰は嫌」


 父のマンスフィールド伯爵は、お転婆で怒られても悪戯や危険な遊びを繰り返すフェリシアの一番の罰はオルフェと引き離すことだと知っていた。部屋に閉じ込められ、癇癪を起こし、泣き叫んでもオルフェは来なかった。

 オルフェはフェリシアの言うことは何でも優先したが、さすがに罰だけは子爵の言う通りにした。


 オルフェもフェリシアを抱きしめる。

「ラヴェンダーの香りがする」


 青のドレスからはラエルから仄かに香っていたラヴェンダーの香りがした。フェリシアをより一層強く抱きしめて肩に顔を埋めると更にヴェンダーの香りが強くなった。


「お父さまに頼んで剣術を習おうと思ってる。あとフェリスと一緒に音楽も」


 フェリシアは顔を輝かせた。

「剣術!すてき!あたしも習いたい!」

「絶対無理だよ。フェリスは女の子だから習わせてくれない。でも俺が習えたら後でこっそり教えるよ」


 オルフェが口笛を吹いた。ピュルルルルルル…


「あ!コマドリだ!」

「分かった?」

「うん!」

 フェリシアもコマドリの鳴き声は大好きだった。


 デッドロック館が見えてきた。数時間離れていただけなのに2人はとても懐かしかった。


 部屋に戻ったらいっぱい泣こう。フェリシアは思った。

 それで不安は忘れよう。


「オルフェ、あたし戻ってこられて本当によかった」



*  *  *  *  *  *  *



 意外にもフェリシアとオルフェは大きな罰は受けなかった。

 正確にはフェリシアだけが父に厳しく叱責された。豪雨の後に危ない沼地に行ったことも、モンタギュー伯爵家に行ったこともフェリシアが率先してやったことは子爵も気付いていた。オルフェが彼女に逆らえないことも。


 フェリシアの兄のヒューは生意気な妹が父に叱責されたことは喜んだが、オルフェが露骨に贔屓されたことに我慢ができず、その後頻繁にオルフェ絡んでは彼を侮辱することを口にし、オルフェはさらりと交わしていたが、ヒューはしつこく、館は常に険悪な雰囲気になった。


 まったく自分の子どもたちは…と、フェリシアとヒューの父であるアーネスト・マンスフィールド子爵は頭が痛くなった。

 いったい誰に似たのだろう?顔だけは2人揃って父である自分に似ていたから、間違いなく自分の子どもであることは認めるが、幼い頃から悪魔のようだった。親族の勧めるままに結婚した亡き妻は、特に美人ではなかったが穏やかで優しい女性だった。母を早く失ったことが原因なのか。ヒューは乳母に甘やかされ育った。

 2人とも我儘で癇癪もちで乱暴で、付けた家庭教師たちから早々に匙を投げられ、教師たちは次々と変わった。

 フェリシアはルイ・オルフェを引き取ってからは、少しおとなしくなったが、表面的なもので、ヒュー以上に何かをしでかしそうな予感がした。

 ただでさえ手が付けられないのに、2人とも何かとオルフェを巻き込みたがった。


 ヒューについてはようやく解決策がみつかった。子爵家の助言者である牧師の勧めもあり、ヒューはデッドロック館を離れ首都ドルトンの大学へと行かせられることになった。それはなぜ自分の方が追い出されるのだと、更にヒューのオルフェへの嫉妬心を掻き立てた。


 そしてモンタギュー伯爵家とマンスフィールド子爵家の交流も始まった。


 まずフェリシア単独で伯爵夫人とメアリー嬢にお茶会に招待されモンタギュー伯爵邸に行った。

 その後に今度はメアリー嬢がデッドロック館のお茶会に招待された。

 メアリーと一緒に来た家庭教師のミス・ゴドウィンは豪奢な伯爵家に慣れているはずなのに、300年の歴史があるとはいえ貴族の館としては小ぢんまりとした石造りのデッドロック館の外観も室内も一つ一つに感激していた。フェリシアの部屋も見てみたいと言うミス・ゴドウィンをメアリーがたしなめていた。フェリシアが怪我をした時、幽霊に思えたのが不思議なほど、ミス・ゴドウィンはおもしろい人だった。

 そのお茶会にはオルフェも参加した。頭が良かった彼は意識して紳士的にふるまうことを少しずつ学んでいった。

 そして伯爵家の次のお茶会には、オルフェもフェリシアと共に招待され、その後子どもたちはお互いの家を頻繁に行き来するようになった。


 この年の冬は大雪で何度も吹雪となり、子どもたちは天気のいい日曜日の教会以外会えなくなった。

 幸いヒューは、大学が休みになっても、都会の何が楽しいのかデッドロック館には戻らなかった。


 春が来ないかな。

 オルフェは口笛でピュルルル、チチチとコマドリの鳴きまねをした。

 そのたびフェリシアが「春が来た」と手を叩いた。


 長い冬の間オルフェはピアノとヴァイオリンも習うようになり、外に出られない分練習し、元々音楽の才能があったらしく短期間でかなり上達した。

 フェリシアはオルフェの弾くヴァイオリンがとても好きだった。彼女自身は音楽の授業が苦手で楽譜を読むのがやっとだったが。


 そして春になると3人の子どもたちはいっそう仲良くなった。


 メアリー嬢がフェリシアにメアリーではなくミドルネームのラファエルの愛称ラエルと呼んでほしいと言ったので、フェリシアは彼女をラエルと呼ぶようになり、そのことで最初は遠慮してメアリー嬢もしくはレディ・メアリーと呼んでいたオルフェもラエルと呼べるようになった。


 招待された伯爵家の長い廊下や広い部屋の壁に途切れることなく飾られている伯爵家の先祖たちの肖像画に、巨大なタペストリー、彫刻、甲冑、壺などの美術品に、フェリシアとオルフェは驚いた。


 たくさんの肖像画の中でオルフェが特に気に入ったのは12歳で時を止めたラエルの叔父で彼女と同じ名のラフェエルだった。赤ん坊の頃から亡くなるまで彼だけで20枚もの絵画がある。

 モンタギュー伯爵家の男子の名としてレイモンド、オズワルド、エドガーの名が繰り返される中で、彼一人だけが天使の名前だった。


「生まれた時から長くは生きられないだろうと言われてお祖母さまが天使の名をつけて溺愛したそうなの」


 母の伯爵夫人に抱かれた赤ん坊のラファエルの肖像があった。

「お祖母さまの名前がメアリー。叔父様がラファエル。私の名前は2人から頂いたの」


 フェリシアとオルフェが伯爵邸の中で特に魅了されたのは庭の大きな噴水だった。真ん中に海の神と女神たちの彫刻がある。

 水が華麗に上に上がるのを見て2人は感激して、噴水のへりに登って回り始めた。


「すごーい!」

 最初はフェリシアとオルフェは前後に並んで回ったが、1周するとオルフェが逆方向に回り始め正面で会った2人は笑った。


「ラエルもおいでよ」

 オルフェが手を差し出したので、ラエルも登って一緒に回り始めた。彼女についてきた小さな犬のパラディンも勢いよく飛び乗った。


「あ!パラディンが水に落ちた!」


 オルフェが慌てて噴水に飛び込んで助けようとしたが深さは膝より少し上くらいだった。パラディンは嬉しそうに泳ぎ始めた。


「パラディンが泳ぐのは初めて見たわ」

 ラエルが感激する。


 噴水の水が上からかかってすっかり濡れてしまったオルフェは開き直って噴水の水の裏側まで行って見てみる。

「ここから小さな虹が見えるよ!」


「あたしも見る!」

 フェリシアも飛び込んだ。

「ほんとだ〜!虹!」


 ラエルは少し迷ったが噴水に飛び込んだ。伯爵令嬢に転生して、こんなにお転婆なことをしたのは初めてのことだった。


「本当ね。虹!」

 とても楽しかった。


 そして3人は噴水の中で笑いながら水の掛け合いをした。


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