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9.出会い

 1年が過ぎ私は10歳になった。

 1年経っても何も進展はなかった。

 『デッドロック館』の登場人物とは、フェリシアとヒューを教会で見かけるだけだった。ミス・ゴドウィンも、おかしな言動はあれ以来なく、前世で教師を目指していた私の目から見ても、満遍なく有能な教師だった。あの日に聞いた奇怪な笑い声と言葉は、激しい風による幻聴だったのかもしれないと思うようになった。


 変化が訪れたのは10月になったからだった。しかもそれは私の新たな人生を変える大きな変化となった。

 その日、伯爵邸は明日のパーティに向けて大忙しだった。

 パーティの前日である今夜は首都ドルトンから役者たちも呼び劇を上演するらしい。


 パーティはともかく劇はいいなと思う。

 騎士と姫君の美しい悲恋らしい。観てみたかった。


 でも10歳の子どもには関係なかった。

 近隣の領主や貴族、首都ドルトンからもいらしたお客様の一部にご挨拶しただけで、今日の夕食はお客様を含む大人たちだけで取るので、私は早めに部屋で夕食を取って寝るようにと言われている。


 上演される劇が悲恋と聞いた時、1年前にシュザンヌが歌ってくれた恋の歌を思い出した。


「眠るの そうしたら忘れられるわ

 眠るの 今までの思い出を全部

 眠るの 愛も 悲しみも あなたも」


 あれから間もなくシュザンヌは伯爵家を去っていった。

 シュザンヌは別れ際、私の顔が腫れるくらいたくさんのキスをし、仲良しだったスーザンを抱きしめ「エインズワースのシュザンヌ、あなたがとても幸せな恋をして、その恋が実りますように!」と言った。シュザンヌは笑顔だったが、スーザンはシュザンヌを抱きしめたまま、しばらく声を出さずに泣いた後「ルマーニュのスーザン、あなたとお子さんも幸せでありますように!」と言った。

 シュザンヌには私より一つ上の娘がいた。ご主人は亡くなったとのことで実家の母親が子どもを育てているとのことだった。

 伯爵家からも、長年働いてくれたシュザンヌには新たな就職先への紹介状はもちろんのこと、彼女と子どものために、ドレスや人形などをプレゼントした。



 一方、明日に迫った伯爵家のパーティの準備は忙しく、私の専属メイドであるスーザンはもちろん、ミス・ゴドウィンまでパーティの準備に駆り出された。

 ミス・ゴドウィンはお料理がほとんどできない、重いものも持てないと、あまり役立たないらしく早々に他の使用人たちから匙を投げられ、あなたはお嬢さまについていてと早々に解放されたそうだけれど。


 とにかく今日と明日は屋敷すべての人間が慌ただしくて子どもに構う暇がないから、外へと抜け出すチャンスだった。

 唯一私についているミス・ゴドウィンは隙だらけだし、いや彼女こそ外に出るチャンスをうかがっているだろう。


 ミス・ゴドウィンは伯爵邸の近くの荒野を歩き回るのが好きで、風の強い日や雨の日も散歩に出ていった。そういう所は私の前世であるアデルと似ている。

 ただ私の想像の中で陰がある彼女だと荒野で何か動物でも捕まえて、魔物を召喚したり、妖しい魔術でも行っているのではと思ってしまうのだけれど。


 彼女が利用している小さな裏門が一番荒野へと出やすかった。

 私はこの世界、ブリッジミアの荒野に一人で行ったことがない。前世の故郷、愛するベックフォースの荒野と似ているのだろうか。見てみたかった。


 ミス・ゴドウィンがもし出かけるならそっと後ろについていくつもりだった。

 迷ったらたいへんだし、もし他の誰かに見つかってもミス・ゴドウィンと一緒だったと言い訳ができる。


 午後の授業が終わり、私が一旦自室に戻るとやはりミス・ゴドウィンが出かける気配がした。


 私はそっと自室のドアを開けた。

 誰か廊下にいるかしら?

 誰もいない。

 なんだか楽しくなってきた。


 荒野探索には護衛騎士として犬のパラディンを連れていく。

 9歳の誕生日に貰った犬。大人になっても小犬のように小さな猟犬チワワで、とても頭がよかった。

私が小さな声でしいっと口に指を立てると、パラディンはしっぽを振りながらもおとなしくついてくる。

 彼もやる気満々だ。


 階段の横には金髪の青年と少年2人の肖像画がかかっている。父レイモンドと弟のラファエル叔父の肖像だ。

 祖母の願いで、体の弱くいつ天に召されてもおかしくなかったラファエル叔父の肖像画は小さいものも含め、とても多かった。

 肖像画の2人にもしいっと指をたてる。

 本物の父が私の外出を許可すると思えないけれど、肖像画の彼らは黙っていた。


 ミス・ゴドウィンは何も気付かず、私は彼女の後から門を出て、念願の荒野へと出た。


 ああ!懐かしい風景だった。

 10月だから花はなく茶色がかった草原と丘がどこまでも広がっている。


 ミス・ゴドウィンが気配を感じたのか振り向いたので慌ててパラディンを抱えて岩の陰に隠れた。


「誰かいるの?」


 いません!

 見つからないように心の中で数を200まで数えてから出るとミス・ゴドウィンの姿はなかった。


 この時点で帰ればよかったと思う。

 けれど遠く先に岩山が見えたのでそこまで行って帰ろうと思った。

 岩山は前世で私のお気に入りの場所だった。頂上はベックフォースで一番高い場所で、そこから荒野を見渡すのが大好きだった。


 ところが途中で霧が出てきた。

 さすがに戻ろうと思ったら、既に遅く、気付けばあたり一面霧で見えなくなってしまった。


 どうしよう…


 10月の霧は深い。そしてブリッジミアの荒野は初めてだ。


「ミス・ゴドウィン…」

 仕方なく呼んでみた。


 遠くへ行ってしまったのだろうか。返事はなかった。

 何の気配もしない。何も聞こえない。風の音さえしなかった。

 パラディンを抱きしめた。


「ミス・ゴドウィン!ミス・ゴドウィン!」

 更に大きな声で呼びかけたが、私の声が響き渡っただけで何も返ってこない。


「どうしよう…」


 霧はいつ晴れるのだろうか?屋敷からどのくらい離れたのだろうか?

 実年齢は30歳プラス10歳で40歳だけれど、子どもでいることにすっかり慣れてしまい、この時は10歳らしい行動をしてしまった。

 泣いたのだ。声を出して。


 長く感じたけれど5分…本当はもっと短かかったのかもしれない。


 抱きしめていたパラディンがワンワン!と鳴いた。


「大丈夫?」


 いつの間にか小さな人影が近付いて、私の傍に屈んだ。

 その人物にパラディンが飛びつきそうになったのでその人の顔が見えなかった。


「パラディンだめっ!」

 慌ててパラディンを抱きしめ直すとようやくその人の顔が見えた。


 少年だった。すぐに屈んだので身長は分からないが、私より少し年上だと思った。

 第一印象はどこかの国の王子だった。

 黒のジャケットに黒のズボン、貴族の少年らしい上品な服装。

 黒い髪…真っ黒な瞳…、幼いのに彫刻のように整った顔立ち。

 声が出ない。

 綺麗どころではない。前の人生も合わせて、私はこれほど美しい人間は見たことがなかった。


 彼は少し微笑んだ。

 それがまたとても美しく、私が前世で一番美しいと思った絵画、こちらの世界にもあるのだろうか?ロンドンのナショナル・ギャラリーで観たレオナルド・ダ・ヴィンチの『岩窟の聖母』の天使ウリエルを思い出した。


 胸が早鐘のように打った。


 少年は小犬を見て言った。

「この子パラディンていう名前なんだ?お姫さまと聖騎士パラディンだね」

 声変わりしていない、高く澄んだ美しい声だった。

 

 彼のいう通り、パラディンは聖騎士という意味だ。

 けれど私は話しかけられたのに何も言えなかった。魔法にかけられたように、声が出なくなったのだ。



 霧が少し晴れてきた。


「お嬢さま!メアリーお嬢さま!」


 ミス・ゴドウィンが荒野を駆けてくる姿が見えた。


「どうなさったのです?なぜ荒野に?」


 ところが彼女は途中で突然立ち止まった。私と一緒にいる少年を見たのだ。

 顔に驚きが溢れている。


「ルイ・オルフェ…」

 ミス・ゴドウィンは少年を見ながら呟いた。


 心臓がどくんと打った。

 ルイ・オルフェ?

 心の奥では気付いていた。彼ではないかと…

この辺りで12歳くらいの上品な服装の少年は彼くらいだったから。


 私が描いた『デッドロック館』の男性主人公、ルイ・オルフェ。

 けれど私が書いた彼の容姿は人を惹きつける端正な顔立ち止まりだった。


 こんな…。こんな美貌だなんて想像もしていなかった。

 絶世の美貌と言っていいだろう。


「どうして僕の名前を知っているの?」

 ルイ・オルフェがミス・ゴドウィンに言った。


「あなたとは初めて会うけど」


 え?

 そうだ。彼はフェリシア以外にはファーストネームのルイと呼ばれていた。

 神話の詩人オルフェウスから取られた美しいミドルネームは、マンスフィールド子爵とフェリシア、ヒューくらいしか知らないはずだった。


「ええっ…と。ええっ…と」

 ミス・ゴドウィンは慌てている。


「マンスフィールド子爵家にお住いのお坊ちゃまですよね?以前子爵家のメイドの方と少しお話をしまして…聞いたんです」


 メイド?ナンシーだろうか?

「私がお仕えしているマンスフィールド子爵家のお子様たちは、ご長男のヒュー・マクシミリアン様、フェリシア・ローズ様、それに旦那様が引き取られたルイ・オルフェさんです」

 う〜ん、教会で少し顔を合わせた近隣の家庭教師にこんなに詳しく話すだろうか。


 ルイ・オルフェはまだ不思議そうな顔をしていたけれど、ミス・ゴドウィンは落ち着きを取り戻したようで言葉を続けた。


「お嬢さまを助けていただいてなんてお礼をいっていいか。こちらの方はモンタギュー伯爵家のメアリーお嬢さまで、私は家庭教師のカーミラ・ゴドウィンと申します」



 結局私は助けてもらったにも関わらず、その日は一言もルイ・オルフェと話さなかった。


 ルイ・オルフェから離れ、ミス・ゴドウィンに抱きかかえられるようにしてその場を去った時もお礼も言えず、会釈さえできず、でもミス・ゴドウィンのスカートの陰からルイ・オルフェを見つめ、彼の姿が見えなくなる瞬間までずっと見ていた。


 会いたくて仕方がなかったのに会うのが怖かった。

 できるなら教会でこっそり見ているフェリシアと同じように遠くで見守りたかった。


 ルイ・オルフェ。

 私の主人公。

 私の未来の夫。


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