7話 雪嶺の戦い 1
特殊機関レクトルレガロの執行官は、2人1組を最小単位とするチーム行動が一般的とされている。
神聖法典に基づく、あらゆる罰則を行使することが出来る彼らではあるが、勅令を持って命じられない限り独断では動けないという制限もあった。
今回の任務では更に、若手執行官に経験を積ませるための訓練戦であることも手伝って、監督官の随行が必須要件となっていた。
いつもの畏まった儀礼用の装備一式から、毛皮をはじめとする雪中装備へと切り替えた彼らをレクトルレガロだと思う者は少ないだろう。良くて猟師、悪くて山賊といったところだろうか。
雪靴で道ならぬ道を踏み慣らしつつ、彼らはフェルデールを追っている。
「街道を逸れてくれたお陰で後始末の手間が省けたぜ!」
「回収任務は好かんな。何より山だと熊が味を占める」
「せめて可哀想って言ってやんなよ? さりげに俺よりやべーのやめて?」
「おい、お前ら。ここが片付き次第、みなし子狩りからやり直しなんだからな。体力は残しておけよ」
「相変わらずかってぇなぁ、大将! 小鼠1匹くらいすぐだって」
「……また積もりそうな降り方だ。今時期は里の猟師たちとかち合いかねん。早く行こう」
「俺が到着するまでに片付けられたら今夜の酒代はツケにしていいぞ」
にわかに気合いが入ったらしい地元民の新人2人は、監督官を置き去りにしたまま雪深い森を滑るように抜けていく。
「あ、大将! こっちはイノシシ用の罠だらけなんで足元きーつけて下さいねー!」
と注意喚起も忘れない。
1人残された監督官は、降り続ける雪に早くも埋もれつつある逃亡者の足跡を、じっくりと着実に辿っていくのだった。
先を急ぐ先行の2人は、人目に付く可能性のある山路ルート、完全に遅れを取るだろう迂回ルート、そしてこのまま森の中をショートカットしながら進む最短ルートの3択の中から、迷わず最後のルートを選択した。
この道にデメリットがあるとすれば、それは地元の猟師たちが仕掛けている対イノシシ用の罠の多さにあった。
うっかり踏み抜けば足首ごと持っていかれかねない特製トラバサミを最も厄介だと判断した2人は、それらを迅速に見つけ出しては手折った枝を放り込み、手際よく無効化しながら進んでいく。
来る年末に備え、馳走を用意しようと躍起になっている猟師たちには敬意を払ってやりたいものの任務は任務だった。せめて最低限の無効化だけで済ませてやろうという里心から、雪中訓練よろしく無駄のない動きを心がける。
ところが、である。
先陣を切り細心の注意を払っていたはずの男がよろめいた。どうやら巧妙に隠されていたトラバサミを踏み抜きかけたらしい。
すぐさま追いついて来たお調子者の男が相棒を揶揄おうとした、その時だった。辛くもかわしたはずの罠が雪面を跳ねるように飛び出し、鉄の牙を軋ませたかと思うと、辺り一体に不可解な音が鳴り響きだしたのだ。ひとつ、またひとつと連鎖していく音は、幼い子供が手遊びで嗜むような、ごくごく軽い鳴子の音だった。無数に連なっているのか一向に鳴り止む気配がない。こんな罠は聞いたことがなかった。足を止めていた2人は顔を見合わせる。何かある。
まだ監督官は追いついていないようだが時間の問題だろう。
ターゲットのガキに逃げられるよりかは幾分マシだと考えた2人は、速度を上げるべく焦って森の外へと転がり出ようとする。すると1人が足をもつれさせ倒れ込んだ。足元ばかりに気を取られ、トラバサミ以外の罠の存在が頭から抜け落ちていたのだ。
彼らを襲った第二の罠は、木々の合間に張り巡らされていた“糸”だった。
鳴子の合図と共に、それまで弛緩していた鋭利な鋼の糸が不可視の刃となって執行官たちの足や、胴や、腕、そして首が倒れ込んでくるのを待ち構えていたのだ。「避けろ!」と叫ぶも一足遅い。白が赤へと一瞬にして染まる。
ああ、なんてことだ。ああ、だけど、なんてことはない。俺は生きているし、きっとあいつも生きている。だってほら、脚だけだ。そう、脚だけ。なら撤退しよう。大将もわかってくれるさ。問題なんてない。ほら、俺の周りにもあるんだろ? 見えない罠がさ? そんなもん叩っ斬ってやるよ。そう、こんな子供騙し斬り落としちまえばいい。ほれ見たことか! 斬れた! やった! と笑う男は頭上を見ていなかった。
間もなくして追いついてきた監督官が部下たちの元に辿り着いた時、1人は片脚に深手を負って動けないでいた。そしてもう1人は、なぜか棒立ちで硬直したまま、全身丸焦げになってしまっていた。
既に事切れている部下を尻目に監督官が辺りを見回すと、複数の短剣――おそらくは東国式のクナイとおぼしきものが数本散らばっていた。
「使い切りの内臓型電撃石……か、なるほど。手引きの商人が付いていると言っていたな」
監督官は部下だったものたちを一瞥すると、再び少年の足跡を追って駆け出した。このままでは逃げられる。