幕間 日向の庭園
「猊下、仰せの通り万事整ってございます」
神聖ヴェルティルオス光国を陰に日向に支える大司教ジェルディオーネへの謁見を賜った、特殊機関レクトルレガロの面々は、燦然と輝く白銀の法衣に身を包み、慈愛に満ちた表情のまま庭園でお茶を楽しむ貴人に対し、恭しく片膝をつき、頭を垂れ、右手を己が胸に当てたまま領内の変時に関する報告を上げていた。
勅令が下るまで彼らは動くことを許されない。
「わたくしの可愛い坊やは、あの聖なる腕環を受け取ったのですね? 反応はいかがでしたか?」
「猊下の御慧眼通り、終始落ち着かない様子で、今にも飛び出して行きかねないほど顕著な動揺を見せました。しかし、いずれの兆候も見受けられないとのことです」
「相変わらず聡いこと。あれが何を意味するものなのかは瞬時に悟るというのに、力の方は受け取ってくれないのね……どうしてかしら?」
物憂気に庭園の花々を見つめるジェルディオーネは一服の絵画のように美しかったが、彼女から発せられる声は、慈愛の象徴にそぐわぬ不可解な無機質さを伴っていた。
「大変残念ですけれど、失敗作として処理して頂戴。ああ……本当に勿体無いわ。手塩にかけて育ててきましたのに。ままならないものね」
優雅に茶器を傾け、ため息を吐く彼女は、さながら少女のような儚さを持っているだけに保護欲を唆った。祈りのポーズを卒なく決め込む可憐な所作も、表を上げられない部下たちには一切見えぬはずだというのに、辺りからは感極まっている様子さえ漂っていた。
「このままでは光国の未来に陰りが差しましょう。未だヴェリウスだけでは心許ないのです。わたくしが不甲斐ないばかりに……」
「即刻、次なる狩りの手筈を整えましょう」
「まぁ! いつもわたくしの期待に応えてくれるのは、お前たちだけですものね。どうかお願い致します。哀れな民を、この光国を救って下さいまし」
「恐悦至極に存じます」
「では、わたくしは、これより子供たちへの鎮魂歌を捧げに参ると致しましょう。後のことは頼みましたよ」
「はっ」
豊かな銀髪を煌めかせ、全身に尊敬と淡い恋情とを浴びせかけられながら、満足そうに庭園を後にしようとしていたジェルディオーネは去り際に、こう呟いた。
「神を宿すことはおろか、魔を宿すことさえ叶わぬ出来損ないだというのに、どうしてあの坊やは生き存えているんでしょうね? やはり生け取りにするべきかしら……いいえ、ダメね。次なる贄の準備を急ぎましょう」