表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/38

5話 オークション 2

 商人の足を縫い止めたのは、廊下の壁際に立たされたまま動くことさえ許されないでいる、本日最後の“売れ残り品”とおぼしき少年だった。

 彼は他の子供たちとは明確に違う待遇を受けているようで、意図的に売れないよう配置されていた。

 

 少年は、ウールのローブの上に値札代わりの花飾りをあしらわれている。花の等級によって価格や人気度がひと目でわかる仕組みとなっているようだが、よりによって草臥れたオミナエシを選ぶとは一体どんな皮肉だろう?


 少年は一瞬、泣いているかのように見えた。

 相変わらずやや暗めに調整されている光源だけでは判断が付かない。商人が真横から観察していることはおろか、その存在にさえ気が付いていないようだ。

 彼は大広間で繰り広げられている狂乱のオークションを業務用の出入り口から覗き見るのに忙しい様子である。チラチラと背後ばかり気にしている。


 商人は最初こそ、彼が泣くのはこの境遇のせいだろうと思ったが、どうやらそれは見当違いであることを悟った。彼の視線から読み取れるのは、憂いや絶望などではなく、圧倒的な“熱”であったからだ。


 熱に浮かされ潤んだ瞳は、当の本人に自覚があろうとなかろうと如実に真実だけを物語る。

 だとすると、この少年が恋焦がれる相手はただひとり。改めて商人が覗き見直すまでもなく、現在進行中の今日一番の目玉商品。今尚、落札者たちが沈みきらない、あの美しい銀髪の子供に相違ないだろう。

 思えばあの子供もまた、己の境遇を憂うどころか儚げな微笑みを浮かべていたなと回想する。何かカラクリがあるのかもしれない。


 商人は改めて己に問いかけた。

 今ならまだ素通りすることも可能だ。迂闊に動けば自分程度の小物、瞬く間に消されてしまう。目の前でこの子供が失恋しようが絶望しようが自分には何ひとつ関係ない。そもそも泣いてすらいないじゃないか。彼はこの境遇を受け入れている。出来ることなどない。ないはずだ。

 

 しかし――客ならばどうだろう?

 少なくとも接近し、話すところまでなら容易に叶うかもしれない。ならば試しに取引を持ちかけてみようか。そう思い立った商人は瞬時に計画を組み立てる。例えばそう、この子供を買い取るのではなく、一時的避難を申し出るのは悪くないのかもしれない。断られたら断られたで痛むものは財布だけ。後腐れなく帰国の途に付いてしまえば、もう二度と会う事もない。なんなら本気でここから脱出させてみるのも面白い。嗚呼、面白いかもしれないなぁ?


 商人は素早く行動を開始した。

 巡回している侍従を捕まえ花の名前を伝えると、事は実に呆気なく進んでしまった。二つ返事で個室へと通されたかと思えば、あっという間に件の少年が連れられて来る。

 その手際の良さに目を見張りつつ侍従の背中を見送ると、気を取り直し、ベッドの淵に姿勢良く座っている少年の方に目を移した。

 

 薄暗いパーティ会場とは打って変わって、個室備え付けの燭台と、鑑定用に持ち歩いている携帯用オイルランプを併用しても、彼の容姿は決して器量が悪いわけではなかった。むしろ光国人特有の肌の白さや、整った顔立ち、綺麗に整えられた髪に、吸い込まれるような深緑の瞳が相まって、東国人の血筋を引く自分からしてみれば、かなり美しい部類だよなぁと観察結果を心の中で書き留めていく。


 この子が売れ残っていた理由はなんだろう? 商人は、自身が納得するまで鑑定の手を緩められないという難儀な悪癖に囚われつつ、手近にあった椅子を引き寄せ少年の斜め向えに座ると、話を促すべく口を開いた。


「まず、単刀直入に聞きたいんだけど、オークション最後まで見たかった? あの綺麗な銀髪の子、友達なんでしょ?」

「お気遣いありがとうございます。慣れているので問題ありません」


 少年は媚びるでもなく諂うでもなく、その上愛想さえなく淡々と質問に答えた。


「購入相手とか気にならないもんなの?」

「いえ、特には」

「あー、彼とは昔から一緒なの?」

「お世話になっている孤児院で知り合いました」

「質問ばかりで申し訳ないけど、その孤児院ってどんなところ? 答え難かったら全然いいんだけど」

「何の変哲もないただの教団施設ですよ。神官の資格も取らせてくれました」

「おや、早熟だね。成人しないと取れないものかと思っていたよ」

「16歳で独り立ちを促されるので」

「じゃあ、もうそろそろ?」

「そのはずです。ところで、これは捜査か何かの一環ですか?」

「いや? 全然。個人的好奇心だね。誰か捕まえて欲しい奴でもいたりする?」

「よくわかりません」

「まぁ、一介の客相手にペラペラしゃべるわけにいかないよねぇ。実は正直に言うとさ、胸糞悪いパーティの腹いせに誰でもいいから脱出させちゃおうかと思ってたんだけど、その様子だと自力で出られるってことでいいんだよね? ホントのホントに出られるんだよね?」


 ここに来て初めて、少年は言葉を詰まらせた。

 15歳にしてはやけに大人びていて、子供らしさが微塵も感じられないばかりか、ニコリとも笑わない姿に商人は内心胸を傷めていた。

 おそらくこうなるように育てられたのだろう。大人しく、従順で、利用しやすいように。

 

 ただ、どんな抑圧を加えようとも商人の鑑定眼は欺けない。少年が持つ生来の物腰の柔らかさや、話の運び方、物怖じしない受け答えは特筆すべき美点と言える。更に付け加えるならば、やや聡過ぎるが故に厄介者扱いを受けている可能性さえあるかもしれない。


 うん。これは取引に値する。そう改めて判断した商人は腹を括って立ち上がり、少年の前に跪くとそっと右手を差し出した。


「僕の名前はシャオム。シャオム・アールハートだ。住まいは隣国で、今は行商と情報収集の真っ最中」


 少年は、黒髪黒眼の東国人を訝しげに見つめながら、シャオムから繰り出される言葉に用心深く注意を向けている。


「さっきも言ったように僕はここが嫌いだ。だからもし君が望むなら手助けするのも薮坂じゃない。君はここから出るべきだ。少なくとも、こんな形で売られるなんて後にも先にもあっちゃいけない。無論、これは君に限った話ではないけれど、僕の力にも限界があるから、きっと友達は連れ出せない。安請け合いはしない主義でね」


 商人シャオムは、自身の申し出が十二分に胡散臭いことを承知の上でこう切り出していた。

 どこにでもいる行商人風の旅装束は敢えてボロボロにしていたし、後ろで軽く結えただけの髪型も病弱そうな雰囲気を演出するべく施したものだった。所謂“舐められる”ための演出に極振りしていたのだが、まさかこのような事態になるとは想定していなかったためである。

 唯一、活路があるとすれば、それはもう誠心誠意口説く他に道はない。何せ聡い人間を相手にする場合、小細工こそ逆効果であるということを長年の経験で知っていたからだ。


「君が自分の足で表玄関から堂々と立ち去るというなら、それでいい。でも、ツテやコネはあるに越した事ないだろう? そもそも無事に抜け出せるかどうかも怪しいわけだし? だってここの連中、帝国も真っ青レベルの外道だよ?」


 少年は瞬きだけを返してくる。

 確かにこれは突拍子もない話だ。

 だが、幸運の女神はチャンスをモノにできる人間にしか微笑まない。彼の人生は彼のもの。シャオムが立ち入ることが出来るのは、今この時を置いて他にないのだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ