4話 オークション 1
オークションパーティの一般参加チケットには入札権が付いていない。あくまでも賑やかし要員としか見られていないようだ。
「もし何らかの商品を思し召しでしたら、まずは侍従にご相談下さいね?」
と、受付で念押しされたシャオムは、何食わぬ顔で検問を通過し、光国の僻地に佇む貴族屋敷へと足を踏み入れた。
ここが雪国でなかったならガーデンパーティに持ってこいの庭だよなぁ、とガラス張りの廊下から外を眺めつつ屋敷内を進む。白を基調とした反対側の壁には、牡鹿の剥製や、ありきたりな絵画が切れ目なく続いている。
踏み心地の良い暗緑色の絨毯の上には、引きずったような家具の痕跡がいくつか残されていた。この人出を見越しての撤去だろうか。調度品の類が一切ないというのも違和感がある。
余所見にばかり気を取られていたシャオムが、遅ればせながら大広間へと辿り着くと、屋敷の格に似つかわしくない大きなさざめきに圧倒された。
火の魔法石をこれでもかと使用しているのだろう。薄布1枚でも絶対に寒くはないと断言出来る熱気がそこにはあった。
本来あるはずのシャンデリアはからは火が落とされ、代わりに妖しげなトーンの明かりを放つ光源魔法が無数に宙を浮いていた。ムード優先の演出と言えば聞こえはいいが、商人にしてみれば粗探しをさせないための方便のように見えて仕方がなかった。
広間の片側に設えてある迫り出し気味の舞台には、今や遅しと人々が集まりつつあった。座席の類は一切なく、仲間内で固まっているように見受けられる。
客層は貴族が5割、商人かそれに準じる業者が1割。残る4割はまず間違いなく、神聖ヴェルティルオス教の要職に就く聖職者たち……とシャオムは看破していた。
身なりのいいお貴族様がここにいるのは当然として、なぜこうも教団の人間が? と訝しむ。
商人が舞台の行方を見守っていると、
「大変長らくお待たせ致しました。本日、皆様にお届け致します至極の逸品の数々を、まずは全品ご覧に入れましょう。入札までのお時間を、どうぞ、ごゆるりとお楽しみ下さい」
というアナウンスが流れた。
風魔法を利用しているのだろう。会場の後方に陣取っているシャオムの耳にも、しっかりと聞こえてくる。
よほど自信があるのか、ねちっこい言い回しが鼻につくオークショニアだった。
とりあえず買う気もなければ、権利そのものもないわけだし、いちいち説明を聞いたところで益はなさそうだ。だったら早々に切り上げて、光国の要人にでも接触してみようか、むしろそっちが本題だし、と周囲の出方を伺う。
やがて仰々しく舞台に登壇してきたものは、古代文明の遺物でもなければ、光国の巨匠が手掛けた彫刻でもない。ましてや東国の名刀でさえなかった。
そこに並べられた商品とは、“人間”だったのである。
商人が唖然とした表情で呆けていると、会場は待ってましたと言わんばかりの歓声に包まれ、前へ前へと人が集っていく。手を触れんばかりの勢いで押し寄せる客たちを警備員が止めてはいるが、どうやらポーズに過ぎないらしい。彼らは銀髪の子供しか守っていないのだ。察するに、最大の目玉商品、といったところだろうか。
シャオムの記憶が確かならば、かの悪名高き帝国でさえ表向きは奴隷制を廃止したことになっている。
しかし、今、目の前で繰り広げられている地獄は、それどころの話ではなかった。闇のオークションに出品されているのは、そのほとんどが子供なのである。
これまで神聖光国ならば安全だろうと信じてきたことそのものが、根底から覆されていく瞬間だった。
太陽が輝く間は何食わぬ顔で人を導き、庇護を与え、時に命さえ救う聖人たち。そんな彼らが月が昇るや否や、飢えた野獣の如く人の尊厳を踏み躙らんと下卑た笑顔で無抵抗の子供ににじり寄っていくのだ。吐き気がした。
この世に蔓延る闇の根深さに辟易したシャオムは、ここで退散することを決めた。
余りに早すぎる退出であることを念頭に入れていた彼は、刺激の強さに昏倒したフリさえ見せて大広間を後にした。
ほんの一瞬、監視の視線を強く感じはしたものの、奴らが廊下まで追ってくることはなかった。
さて帰り道はどっちだったかな? と、よろめく演技を織り交ぜつつガーデンロードまで戻ると、ここはここで人々が賑わいを見せていた。
なんとこの廊下でさえも陳列棚のひとつであったようで、お買い逃しは御座いませんかと言わんばかりに並べ立てられている子供たちがいた。否が応でも客の目に入るよう設計してあるのだろう。
オークションに参加するほどの資金はないけれど、これくらいならばという手頃な価格帯を取り揃えているようで、恐ろしいことに既にそのほとんどが“売約済み”だった。常連客の手際だろうか。
大人たちに連れられて、次々と去っていく子供らを人垣に紛れつつ見送る。誰も彼も無表情で精気がない。胃が痛くなってきた。
麻袋を担ぐようして運ぶ猛者までいるようで、小さな嬌声が既に漏れ出でている。手馴れ方からして、あれはプロだろう。
どうやら屋敷の2階に個室が用意されているらしい。外へと向かっているのは、シャオムただひとりだった。
一介の商人に出来ることといえば間諜ごっこが関の山。そう信じて疑わない男は、確固たる意志を持って見て見ぬふりを貫こうとしていた。
とっととここを出て酒でも飲もう。赤ら顔の酔っ払いたちに紛れ、歌でも歌えば気分も収まる。年越しに向けたあれやこれやも、いっそやっつけてしまおうか。そうだ、僕は忙しい。幸いにしてやるべきことは山ほどある。光国がどんな悪事を働こうと僕にはどうしてやることも出来ない。
そう己に言い聞かせ、最早閑散としてしまっている廊下を進む。
ふと庭への出入り口がひとつ、開け放されてしまっているのが見えた。蝶番のゆるみだろうか?
突発的に吹き込んできた風に煽られたシャオムは反射的に顔を背け、左手で風除けを作りながらおそるおそる目を開ける。
すると、たちまち視界に飛び込んできたものがあった。彼はそれを目に留めた瞬間、当初の志しさえ忘れ、その場から動けなくなってしまった。