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2話 孤児院での生活 独白2

 とある気持ちのいい夏の夜のことだった。

 雪国では貴重なバカンス期間であることも手伝って、人手が足りない孤児院では、浮き足だった子供たちへの対応に朝から晩まで追われていた。

 

 大聖堂に忘れ物をしたと騒ぐ年少組を、どうにかこうにか寝かしつけた僕は、母親の形見らしいからと寮監の許可さえ律儀に申請し、失せ物探しへ向かった。


 ランプ代わりの光源魔法を既に習得していた僕は、空手のまま小さな子供が寄り道しそうな場所を巡回しつつ道を急いだ。

 そして、昼の礼拝時に年少組が座っていたはずの最前列へ出ようと、人目に付きにくい奥まった廊下側から聖堂へ入ろうと、前扉に手をかけた。

 すると、中から人の気配を感じた。もしかすると自分以外にも誰かが探しに来ているのかもしれない。迂闊にもそう思い込んでしまった僕は、そのまま扉を押し開いてしまう。


 左手に携えていた小さな光球は、すべてを見通せるほど明るくはなかったが、何も見えないというには苦しい言い訳の光量を放っていた。

 僕はそこで、ヴェリウスと誰かが“抱き合っている”現場に遭遇してしまったのだ。たっぷり5秒は硬直していたように思う。


 幸いにして悲鳴を上げることはなかった。

 あくまで不幸中の、と冠する範囲ではあるが、うっかり誰かを呼び寄せでもしていたら新たな犠牲者が増えていたに違いない。

 慌てていた僕は(きびす)を返し、ただ真っ直ぐがむしゃらに突き進み、廊下を抜け、固く閉じられた表門さえ無意識に飛び越えて、気付けば近隣の里までの道のりを一気に走り抜けていた。

 

 荒ぶる呼吸が落ち着いた頃、全身汗だくのまま夜空を仰ぎ見ていた僕は、里の人間たちに発見され、水を貰い、いつも世話になっているお礼だからと引き留められるがまま、気付けば湯まで借りていた。

 

 脳裏にこびり着いた汚れた記憶を上手に消化出来るだけの知識も経験も、当時の僕には到底持ちえぬものだったし、あんな背徳的な光景を見て正常でいられるほど世俗を捨てているわけでもなかった。


 ぼうっとする頭を抱えているうちに夜が明け、すっかり家出人扱いをしてくる里人たちの対応に気恥ずかしさを覚えながらも、ひとまず帰らねばならなかった僕は、丁寧にお礼を言い残し孤児院への道を走った。

 

 しかし、何事もありませんように、という願い虚しく、表門の前で待ち構えていた謎の大人たちによって即座に捕縛されてしまう。

 一人ひとり異なる仮面を身に付けている彼らは、法衣と鎧を組み合わせた揃いの制服を身にまとっている。漂ってくる物々しい雰囲気に圧倒されてしまった僕は身を固くし、黙って従う他なかった。


 結論から言うと、僕が孤児院から消えることはなかった。後に残されたヴェリウスは、手ずから形見のハンカチを年少組へと返してくれていたし、大聖堂では何もなかったと証言してくれてもいた。

 問題点は僕が飛び出したこと、ただ一点に絞られていたようで、それくらいの罰ならばと甘んじて受けようとしたところ、騎士団でもなければ、憲兵でもない先ほどの制服集団に肩を叩かれた。

 

 彼らこそが上層部お抱えの執行官なのだと震え声の院長先生が紹介してくれる。

 執行官は刑罰から拷問、果ては処刑に至るまで、どんな汚れ仕事であろうとも職務を忠実に全うするという特殊機関レクトルレガロに所属する者を指すのだという。

 通りで血の色の制服が似合うわけだ。


 残念ながら僕への罰則は、このレクトルレガロ主導で執り行われることになった。

 ひとつ目の罰は、なぜかヴェリウスの友達になることだった。これは本人が希望したことらしい。威圧感のある執行官たちに囲まれて尚、平気そうにしているところを見るに、このヴェリウスにこそ上層部との繋がりがあるのだろうと僕は察し、素直に頷いた。

 

 ふたつ目の罰には抵抗した。

 彼らはもうこんなことが起こらないようにするためだと言って、たった一晩の滞在であったにも関わらず、里の民家の土地家屋から“恩寵”を奪い取ると宣ったのだ。

 

 僕は命乞いをした。鞭打ちでも奴隷でも構わないから、それだけは止めてくれと懇願した。

 恩寵がなくなれば、彼らが許さない限りあの場所にはもう人が住めなくなる。恩寵がない場所には必ず魔物が湧くようになるのだ。魔物が湧けば人を襲い、作物を荒らし、近隣からも不吉の烙印を押されてしまう。


 レクトルレガロが非情にして狡猾なのは、僕のこの懇願を見越して対応を考えていたことだ。

 僕はこの日以降、彼らが要求する“すべての雑事”に応えねばならなかった。従順に仕える体のいい玩具だったように思うが、恩寵を盾に取られては逆らうことなど出来なかった。


 まず、最初に覚えさせられたことは、教団主催のオークションに出るために“客の喜ばせ方”を学ぶことだった。練習台だからと称する執行官たちが、代わる代わる自室を訪ねてきた時は何度も吐いた。


 孤児院の仲間には絶対に知られたくなかった僕は、次の工程で院長先生の屋敷へと連行されるようになった時、心底安堵してしまったことをよく覚えている。


 だんだんと泣くことも考えることも放棄しかけてきた頃には、なぜか隣にヴェリウスが居ることが増えていた。

 上層部と言われるものが何を考えていたのかはわからない。けれど彼も僕とほぼ同様の扱いを受けていたことから、あの子にも人質がいるのかもしれないなと、自然に思うようになっていった。大聖堂でのあの行為も、きっと強要されたものに違いない。

 やがて僕たちは不思議なほど仲良くなっていくのだが、彼を見つめるだけで、なぜだか胸が締め付けられたり、眠れなくなる日も増えていったのだった。


 孤児院での暮らしは変わらないまま月日が流れ、僕が15歳になる頃、神官になるための資格試験を受けることになった。

 執行官たちは相変わらず孤児院に根を張っていたが、この試験期間中だけは手出ししないと決めているらしく、不気味なほど静かだった。

 

 ただ、たとえこの試験に合格したとて、3年もの長い年月を、執行官や教団が用意する客たちによって貪られ続けてきた僕は、ここから解放される日は永遠に来ないだろうと確信していた。

 ならばいっそ、わざと落ちてしまおうか、とさえ考えてもいた。最早光神に対する信仰心など、とうの昔に尽き果ててしまっていたからだ。


 にも関わらず、僕は神官の資格試験に一度で合格してしまう。光を源とする回復魔法や浄化魔法を扱うだけならば、どうやら信心なんて必要ないらしい。とんだ茶番もあったものだ。


 その夜、早速呼び出しがかかった僕は、執行官たちに連れられるがまま、いつもの通り院長屋敷へと連れていかれた。


 珍しく客はおらず、なぜか同年代の他の子供らと共に手足を拘束され、目隠しまでされてしまった。皆、抵抗する気力さえ持ち合わせていないようで、まるで人形のように静かだった。

 その後、謎の祝詞が飛び交う儀式のようなものがはじまったところで、この日の記憶は途切れている。


 翌朝、なぜかいつものベッドで目覚めた僕は、焼け付くような痛みを感じ、昨夜出掛ける時から着ていたローブをおそるおそるたくし上げてみる。

 

 ジリジリと苛む痛みの根元にあったのは、身に覚えのない真っ黒なこぶし大ほどの痣だった。

 腹部の中心を陣取る異物に恐れをなしてしまった僕は、慌ててそれを隠すと、痛みも苦痛も飲み込んで強引に日常へと帰った。何もかもなかったことにしたかったのだ。たとえそれが命に関わるようなものだとしても、直視出来るだけの気力なんてもう残っていなかったし、いずれ僕はこの場所で死ぬのだろうと、薄々勘付いていたからかもしれなかった。


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