22話 ダンジョン探索
ひとまず進むしかない。
そう判断した3人は安全を確認しながら通路の奥へと進んでみることにした。
時折、頭上から落ちてくる水滴がポチャリと音を立て、足元の水溜りに波紋を広げている。冷んやりとした洞窟の空気に身震いしているララは少々寒そうだ。
「あれは、わたくしが9つのときでした」
先頭を進むフェルデールは周囲を光源魔法で照らしつつ、最後尾から聞こえてくるララの語りを適度に無視していた。彼女なりに場を明るくしようとしているのはわかるので敢えて邪魔はしない。
この国では珍しいはずの光魔法だが、2人には特に何も聞かれなかったので説明は省いたままだった。
それにしても、ミュリオルには後できちんと報告しなければならないだろう。今日一日だけで相当な量を使ってしまっている。ルシュメイアの件も合わせて報告するとなると気が重い。あのプレッシャーは肝が冷えるどころの話ではないのだ。確かにララが怯えるのもよくわかる。
「丁度、お義兄様であるシャウラ様が消えてしまった頃でしたわね」
「……亡くなったんじゃなく?」
「行方不明と聞いておりますわ。もちろん、土地柄もありますから、その……御遺体が残らないケースも多々ございますし」
ルーシーの首は忙しなく前後往復を繰り返している。ララの話に興味津々といった様子だ。
ふと、通路の先に小部屋のような空間が見えた。
フェルデールは片手を上げ、一旦待てと指示を出す。一本道である以上ここを進む他ないのだが、万全を期さねば生きて帰れる保証はないと、ここにいる全員がわかっていた。
「とりあえずコレで索敵はしてみるけど、光に反応して魔物が襲ってくる可能性もあるから、準備だけはしておいて」
扇を掲げるララはなぜか自信満々だ。
更に、ルーシーを後ろに庇うことも厭わない頼もしささえ見せつけてくる。未来の息子へのアピールなのかもしれないが、ひとまず信頼は出来そうだと判断する。
ふよふよと浮かぶ、ふたつ目の光源を小部屋の中へと侵入させる。そして手元の光源で反応を伺う。視界の全てを共有出来るほどクリアではないが、少なくとも大きな個体はいないことと、向かってくる反応がないことはわかった。
意を決した3人が侵入を試みると、そこにはただっ広い空間があるだけだった。壁や天井こそ、これまでの道のりと変化はないが、床の一部が板張りになっている箇所がある。人の手が入った場所なのだろうか。
「バリュノアに呼び戻されたシャオム様が、帝国にお寄りになられたんですの。あの頃はまだ、わたくしも幼く、預けられていた寄宿学校で毎日枕を濡らしておりました……」
ここが行き止まりであることを悟った3人は、あからさまに怪しい床付近を探索してみる。すると、板張りの下には階下へと続く階段があることがわかった。
「わたくしの風の刃の出番ですかしら!」
と張り切るお嬢様を押し留めたのは、なんとルーシーである。
「こ、これ! すごく珍しいです。たぶん、北の方の樹木ですね。美味しい樹液が取れるやつです」
ルーシーが小さな手でコンコンと叩くと、なんと板張りがみるみると収縮し、ポケットサイズに変化する。やったー! と喜びながら回収に励む少女は訝しんでいる背後の2人に気付いていない。
「一体どういう仕組みなんですの?」
「ミュリオルさんが直々に育てるからには、やっぱり何かあるんじゃない?」
「あんな魔法聞いたことなくてよ?」
「さっきのサボテン汁もそういうことなのかな……ねぇルーシー、それ1本譲って貰えないかな?」
すっかり階段が露出しはじめていたことに気付いたフェルデールは、滑り込みでお願いをしてみる。手頃な武器にしたいんだけど、と相談するとルーシーは快諾してくれた。
「これくらいの大きさでいいですか?」
「うん、ありがとう」
と、受け取った楓の材木は棍棒サイズに整えられていた。
階下へと降り立った3人の目にまず飛び込んできたものは“鎖”だった。
洞窟の中に誰かが“檻”のようなものを設えたらしい。解体されたのか、はたまた“中身”が飛び出したのか、散乱している鉄の格子だったものの他に残っているものは何もなかった。
しかし、所々錆びが濃くなっているところをみるに、何もなかったとは言い難かった。やはり先ほどの板張りからして、ただのダンジョンではなさそうだ。
「帝国の寄宿学校では、それはそれは惨めな経験を致しました。家の足を引っ張るまいと、勉学やお作法に精を出すわたくしに対し、あろうことか! “元”貴族とあげつらう不逞の輩がいたんですの!」
ララの語りにうんうんと頷くルーシーにも、どうやら心当たりがあるらしい。はみ出し者には、はみ出し者にしかわからない鬱屈があるのだ。
この檻と鎖を前にしても我が道を行くことが出来る2人には恐れ入るが、フェルデールとしては嫌な予感しかしなかった。先に進む道もないようだし上へ戻ろうと提案しようとした、その時だった。
前触れなく、階段付近の通路にガラガラと音を立てて追加の鉄格子が降りてくる。ルーシーは背後の音に驚き尻餅をついてしまった。
「ララ、風で防御を任せられるか?」
楓の棍棒片手にフェルデールがルーシーを拾い上げ、ララの足元に避難させる。
「もちろんですわ! わたくし、風魔法だけは得意なんですの。だって、シャオム様が褒めてくれたんですもの!」
惚気が挟まるとコントロールがブレる気がするが、この際守ってくれるのならばどちらでも構わない。
ララはドンラン家特注の扇に施された魔法石の補助を最大限に利用して、3人まとめて守れるように風のヴェールを纏わせた。その気になれば嵐のように動かすことも可能だ。
「素直にすごいな」
「でしょう? ところで、敵さんは一体どちらからいらっしゃるの?」
それがわかれば苦労はしない。
フェルデールは光源魔法で周囲を照らし、警戒するものの変化はない。
「それで、どこまでお話ししましたっけ?」
集中力散漫は命取りである。
フェルデールの光源魔法が影を捉えた。
「気をつけろララ、上だ!」
上方の横穴から這い出て来たのは、蜘蛛を模した姿を持つソイルシザーだった。鋏型の触覚を用いて土塊を進み、獲物をも切り刻むそれは、大型犬ほどの大きさを持つ好戦的な肉食魔物である。
「い、いっやあああああっ!!!」
カサカサとした素早い動きで這いずる上に、見るに耐えないグロテスクさを誇るそれらは、カチカチと鋏を掻き鳴らしつつ、人の肉を狙い迫ってくる。
咄嗟に嵐の盾で攻撃を弾くことに成功したララは2匹に狙われジリジリと後退していく。
フェルデールに向かっていったソイルシザーは1匹だった。ララより早く出現を察していたため冷静ではあるが、あの鋏相手に棍棒だけではやや心許ないし、リーチも足りなかった。
ララの盾の力を借りながら、足元にあった鎖を巻きつけ増強を図る。そして、風の力に弾かれた瞬間を狙い、タイミングよく叩き返すと、上手くひっくり返してやることに成功した。
当然、その隙を逃すことなくトドメを刺す。
1匹仕留めたフェルデールが振り返ると、鉄格子ギリギリまで後退させられているララとルーシーがいた。
滴り落ちるソイルシザーの涎を前に嵐の勢いが落ちつつある。繰り出される鋏を弾いていられるのも時間の問題だろう。
「ララ! 追い詰めるから手伝え!」
2人に迫るソイルシザーを鎖棍棒と光源魔法とで隅へと追い立てる。ようやく攻め手へと回れるチャンスがララに訪れたわけだが、特技の風の刃がなかなか出てこない。恐怖の余り奥歯が鳴り、扇を持つ手も震えてしまっているのだ。ルーシーが「ままままま魔力なら、私のを使って下さいっ」と言ってしがみついている。ドレスのスカートが涙でべしょべしょだ。
「く、蜘蛛はっ蜘蛛だけは苦手なんですのよっっ!!!」
「わかってる! 見なくていいから、合図で真っ直ぐだ!」
フェルデールは辛くも攻撃をかわしつつ、怯えるララに指示を出す。
呼吸を整え、ララは改めて自身の武器を握り直した。
「わっ、わたくしだって、たった1人の跡取りなんですもの、ばっ馬鹿にされたって、相手にしてもらえなくったって頑張って来たんですのよ……こんなところで倒れるわけには参りませんの……!」
合図に合わせてようやく飛び出した渾身の風の刃は、瞬く間にソイルシザーを切り裂いた。
3人は辛くもこの戦いに勝利したのだ。
フェルデールとルーシーがこっそり胸を撫で下ろす。
ララはその場に座り込み絶対に泣くまいと頑張っている。
「学校ではずっと独りぼっちでしたわ……こんな戦闘訓練なんて、参加出来ませんでしたもの……だってひ、ひとりじゃ……」
「ごめん、僕の状況確認が拙かったよ。ララが苦手なものは無理しなくていいんだ」
「お、怒ってらっしゃいませんの?」
「なんで? ララのお陰で切り抜けられたんだ。むしろ守ってくれなきゃ危なかったよ」
ありがとうと言ってフェルデールは手を差し伸べる。そしてルーシーは、
「スカートが……こ、これたぶん、すごくたかいやつ……」
と言いながら右往左往していた。
ララはフェルデールの手を取り立ち上がると、ふふっと笑ってルーシーの頭を撫で、いいのよこれくらいと胸を張った。
「もし帰れたら、ルーシーにも可愛いお洋服を着せてあげたいですわね」
「そこは縁起でもないから、もしもはナシで頼むよ」
「あら? ヤキモチですの? 仕方がないですわね。なんでしたら特別にフェルデールにも誂えて差し上げてもよろしくてよ!」
急に元気を取り戻したララを胡乱げに見つめる青年は、続く発言にもげんなりした。
「昔、シャオム様に言われたんですの。わたくしを否定する世界の型になんて合わせてやる必要はないって! 君には型を変える力があるだろうって! ありのままでいていいんだよって!」
ね? 凄いでしょ?
だからわたくしは世界を変える女なんですのよ? と言ってキラキラ輝くララフォードは、魔物への嫌悪感を大好きなものたちだけで上塗りしたのだった。




