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21話 ストロベリー・インシデント

 魔法陣に込められていた転送の力は、3人をアースクローラーの故郷とおぼしき場所へと送り込むと、跡形もなく姿を消してしまった。

 

 インスタンス・ダンジョンは、バリュノア近郊に乱立しているダンジョンとは違い、魔法の力だけで構成されている。よって事実上、亜空間に存在していると言っても過言ではない。


 瞬きひとつでダンジョンへと迎え入れられてしまった一行は、仄暗い地下世界を前に呆然としていた。

 辺りを伺えど、奥へと続く通路がひとつ見えるだけで、目ぼしいものは見当たらない。

 天井も、壁も、地面も、土塊で覆われていて、若干の湿り気を感じることから、何らかの洞窟の中であることが辛うじてわかる程度だろうか。


 現状把握に努めようにも圧倒的に手掛かりが足りない3人は、フェルデールが召喚した光源魔法に寄り添い話し合っている。


「魔物の襲撃って毎回こんな規模なの?」

「そっ、そんなことないです。お義母さんが半月もいないだなんて、はっはじめてのことです!」

「ドンラン家のわたくしがあの場に居たことこそが答えですわ」

「さっきの魔法陣は?」

「あれも、見たことがないです。アカデミーはすぐに辞めちゃったから、わ、私が知らないだけかもです。けど……」

「……わたくしも見覚えがないわ。帝国の寄宿学校でも習わなかったもの」


 ため息をひとつ吐いて、フェルデールは結論を出す。


「つまり君ら2人にとって、これは不測の事態で間違いなさそうだね。まぁ……誰かさんが人質を取ってまで呼び出したことの説明は、まだなんだけどさ?」


 にっこりと微笑みながら左側を見つめ、無言の“圧”を発するのは男子寮長の名残りである。

 ララフォードは慌てて弁明する。


「そっ、それはっ……わたくしの、ミスですわ。貴方と話しがしたかったのは事実ですけれど、そのような命令を出した覚えはありません。ただ連れて来てくれと頼んだだけなんですの」

「仮にそれが本当だったとして……」

「本当に決まってますわ! 部下を死なせてまでこんな危険犯しません。わざわざ東国からお招きした師範でしたのよ?」

「確かにシャオムさんと似ていたな、あの短めの短剣捌きとか……それに、彼の咄嗟の判断がなかったら全員危なかったと思う」


 顔を歪めたまま無言になってしまった2人を励ますように、女の子が声を張り上げる。

 

「あっあの、私も特に痛いこと、なかったので! 誤解なら大丈夫。です!」

「ところでさっきから気になっていたんですけれど、このお子様は一体どなたなんですの?」

「あ。そういえば僕も知らないや」


 全体の状況さえ飲み込み難いこの状況。

 嘆いている暇はなさそうだ。

 ならば手っ取り早く、わかるところから拾っていこう。そんな図太さを発揮する。


「わ、私ですか? あの、えっと、名前は、ルシュメイア・キュレーブルです。よろしく、お願いします」


 ぎこちない挨拶に、かっくかくのお辞儀がついてくる。その苗字に聞き覚えのないバリュノア人はいない。さすがに思い至った2人は眉を上げ、まじまじとルシュメイアを見つめる。


「あのキュレーブルですわね? 魔女様ですわね? 間違いないんですの?」

「半月ってことは、あれからずっと出払ってるってことか。あ、ダンジョンが見つかったって松の根本で言ってたよね? だったらここがそうなんじゃないか?」


 だとしたら、あの魔女様ならば、お義母さんならきっと、ここを見つけ出してくれるかもしれない。そんな希望に辿り着いた3人は、ほんの少しだけ元気を取り戻す。

 もちろん、このダンジョンのカラクリは知るよしもない。


「よ、よかったですわ……アールハート家との和睦の機会を潰した挙句、魔女様のご息女を誘拐したとあらば、さすがのわたくしもお父様に顔向け出来ないところでした……」


 おそらくその事実は覆らないのでは? とは言えないフェルデールは話題を変える。

 

「で、そういうお嬢様はどなたなんです?」

「なっ、わたくしを知らない?」

「知りませんね」


 ララフォードはフェルデールを揺さぶりかねない勢いで彼の眼前へと迫ってくる。ルーシーは自分にも加われる話題に変わったことが嬉しいようで、2人の間に割って入ろうとするが、脚にまとわりつくのが精一杯だ。


「シャオム様から何も聞いてらっしゃらないの?」

「……シャオム、様?」

「私わかります!」

「ララフォード・ドンランの名前が、これまで一度も出ないだなんて、そんなこと許されるものではありませんわ!」

「アカデミーで噂ありました! 薔薇より凄いんだぞって、教えて貰いました!」

「だって貴方、隠し子なんでしょう? アールハート家に遂に後継が現れたと噂になっておきながら、言い逃れだなんて許しませんわよ?」

「……はい?」

「あの、実物のララさんも、とても綺麗だと思います。しょ、植物を大事にしてくれて、いつもありがとう、ございますっ」


 あれだけのことをしておきながら、ルシュメイアからの好感度が存外高いララフォードである。

 しかし、お嬢様はそれどころではない。


「ちょっとルーシーは黙ってて」

「わ、わぁ! は、はじめて、呼ばれた」

「子供の前で変な話、止めて欲しいんですが?」

「ダメよ。これはわたくしの将来に関わることなのです。今はっきりさせなくて、いつするというのですか!」

「あっ、あのですね。私、小柄過ぎて、よく勘違いされるんですが、じゅ、12歳です!」

「「12歳!?」」


 どう考えてもその半分程度だろうと思っていた2人は、同時に驚き絶句した。栄養的な問題でフェルデールも年相応には見えないが、上には上がいるようだ。2人に改めて見つめられたルーシーはモジモジと恥じらいだす。


「あっ、えっと、ごめんなさい。普段ひとと話をしないので、よくわからなくて……話し方も、へたくそだってよく言われました。アカデミーで。その、お義母さんが色々使うから、混ざっちゃって……上手に話せ、なくて……」


 あ、これお近づきの印です!

 と、ルシュメイアはポケットに入れていたらしい胡桃のクッキーを2人に手渡した。崩れていても食料は食料。ダンジョン内では、かなり貴重である。


「さっきは、おふたり共、ありがとうございました」

「ルーシー、どうしてそんなに嬉しそうなんだい? 巻き込んじゃってごめんね」

「そうね、魔女様には是非この調子で口添えをお願いしたいところですわね……って、睨まないで! 貴方わたくしに対して当たりが強いですわ!」

「あの、お、おともだち、人間の! お友達は! はじめてなので!」


 キラキラと興奮して見せるルーシーにより、すっかり毒気を抜かれてしまったフェルデールとララフォードは顔を見合わせ、ひとまず休憩しようということで合意した。

 今更泥だらけになったところでどうということはないとばかりに地面に座り込んだ3人は、フェルデールの出自を聞きながらクッキーを齧る。


「要するに、隠し子ではない……?」

「そもそも似てないでしょ、何をどう勘違いしたのかわからないけど」

「だって、隠し子じゃなくったって、今後はわからないでしょう? その、養子とか? わたくし、嫁ぎ先の事情は全て受け止めるつもりなんですの。だから嫁入り前にきちんとお伝えしておきたくて呼び出しを……」


 うっすら頬を染め、恥じらう様も内容も決して悪意はないのだが、フェルデールのトーンは低い。いや、むしろ、はっきりと暗い。

 

「……念の為、聞きたいんだけど、ドンラン家としてはそれでいいの?」

「それでしたら何の問題もございませんわ。自由貿易協定が成された今、我々を阻むものなどひとつとしてないのです! なんでしたら、わたくしのことは今後、ママと呼んで下さっても構いませんわ!」


 フェルデールはもはや無言である。

 ルシュメイアは少し離れた場所で、ガサゴソとエプロンを漁っている。


 内心、問題だらけでは? と思いはするものの、知り合って日の浅い自分が口を出すべき問題ではなかったし、毒だのなんだのよりも政治が大事なのかもしれなかったし、なんだか無駄に不快感だけが増したような気もするし、いっそ不潔とさえ思いかけてしまうフェルデール16歳は、ひとまず無視することを決めた。


「じゃあララで」

「ちょっと! それだと無礼ですわよ!」

「で、出来ましたっ」


 やったぁ! と駆け寄って来たルシュメイアの手には、松の根本で転がしていたはずの瓶があった。なんと中には液体が入っている。


「あら? どうしたんですの? それ」

「えへへへへへ、サボテンの力を、えっと? ちょっぴり借りました。みっつあるので、どうぞです」


 そのサボテンは一体どこから?

 という疑問はさて置き、青臭さを放っているとはいえ水分は水分である。背に腹はかえられぬ、とそれぞれが一息に飲み干した。実に健康的な味がした。


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