19話 出逢い
フェルデールは初めて貰った休日を利用して、隊商で知り合った傭兵たちの元へと見舞いに向かおうとしていた。
城塞兵に登用されてみてわかったことは、真に小金を稼ぐためには戦闘は不可避、ということだった。夜間警備や危険手当て等を得られない限り、まとまった歩合を受け取ることは難しかったのだ。
今後、腰を据えるにしても技術訓練は怪我人たちが復帰してからだと聞かされ、やや手持ち無沙汰感が否めなかったフェルデールは、何かアドバイスを貰えないかと思い行動をはじめたのだった。
いつもの癖で神官のローブを手に取りがちな青年だったが、これを見咎めた大家さんの手により、その装備は一新されている。
簡素なチュニックシャツを革のベルトで絞り、トラウザーズの上から脚絆を巻きつけるという庶民スタイルは、きっとまだまだ大きくなるぞ、と大家さんが騒いだ影響もあって、全体的にゆったりとしたサイズが選ばれていた。
療養所のあるアカデミーの近隣まで辿り着いたフェルデールが、周辺に広がる農地を見回しつつ、せめて何か他の仕事を掛け持ちしてみるか? と考えていたときのことだった。視界の端で何か動くものがある。不審に思い、閑散とした農地の畝と畝の間を進んでいった青年は、松の根元でうずくまりながら泣いている小さな女の子を発見した。
髪の毛が松の幹にでも引っかかったのだろうか? 見ればふわっふわっの綿毛のようなシェリー色が幹と同化しているようにも見受けられる。助けが必要かもしれないな、と思ったフェルデールは、斜め後ろからそっと声をかけてみることにした。
彼女が振り返ったときに驚かないよう距離を取ったまま、その場にしゃがむ。
「ねぇ、君、どうしたんだい?」
声に反応しピクリと動いた女の子は、おそるおそる声のした方へと顔を向ける。その緩慢さはカタツムリといい勝負だったが、怯えているわけでもなさそうだ。
顔を見せてくれた女の子を改めて観察すると、どうやら自発的に松の幹に抱きついているだけのようだった。ボサボサになってしまってはいるが、瞳と同じ萌葱色のリボンでまとめられた髪は、彼女の動作を制限しているようには見えない。
彼女は重そうな空の瓶をエプロンのポケットいっぱいに詰め込んでいた。
「ま、松ヤニが……」
「松ヤニが?」
「松ヤニが欲しいのに、そのためには松を傷付けなくちゃいけなくて……でもこれがないと果樹園の皆も助からないし……あんなに傷付けられて、その上、松まで可哀想だなんて、一体どうしたらいいのか、わからなくて、それで……」
ひとまず怯えられる心配はなくなったフェルデールは、会話しやすい距離まで移動する。
「アースクローラーに薙ぎ倒された木を手当てしたいってことかな?」
コクコクと相変わらず木と一体化したままの女の子は頷いている。
「お母さんかお父さんに頼んで、街の工房に連れてって貰うのはどう? きっと膠があると思うんだ。それならこの松を傷付けずに済むと思うよ」
「お父さんはいないの、お母さんは、本物のお母さんじゃないけど、今とっても忙しいの。ダンジョンがね、見つかったのよ」
「そっか、僕もいないのにうっかりしてたよ。ごめんね」
「……いいの。お養母さんががんばらないと、また魔物が出てくるかもしれないんだって」
そう言って唇を噛んで俯いている。
「じゃあ代わりに僕が工房まで行ってくるよ。どこに届けたらいい? この松の根元に置けばいいかな?」
優しげな声に誘われて、女の子が身動きを取ろうとした、その時――1本の短剣が乾いた音を立てて松の幹へと突き刺さる。丁度、女の子が抱きついていた真上ほどの位置だ。
倒れそうになっている女の子を支えようと、動き出したフェルデールの足元に2本目の短剣が突き刺さる。
短剣の位置からして、最初に農地を眺めていた方角に投擲者がいるはずなのに、そこには誰もいなかった。
逃げなければ、と立ちあがろうとしたフェルデールの背に硬い金属が触れる。
「さぁて、ガキ共。一緒に来てもらおうか」
気配もなく近付いてきた黒ずくめの男は、その手に曲刀シャムシールを握っていた。
「我が主人がお望みなんでな。おっと、大人しくしててくれよ? こいつぁ研ぎ立てだからよォ」
と男は背後でケタケタと笑っている。
すると、
「先走るなよ」
と2人目の声がした。
どうやら短剣の使い手は、こちらの方らしい。
見れば東国風の出立をした巨漢の大男が、松の根元で蹲ったまま動けないでいる少女に手を触れようとしている。
腐葉土は思いの外、音を吸い込むようだ。
投擲そのものも陽動なのだな、という悔しさを滲ませ最後の抵抗を試みる。
「わかった。従うよ。でも、その女の子は巻き込まれただけなんじゃないか?」
「だってよ? 兄弟」
「お前を大人しくさせるためには必要だろう」
女の子は泣き叫ぶことさえせず、声を殺し震えていた。その痛ましい姿と過去の自分を重ねてしまったフェルデールは、巻き込んでしまったことを酷く後悔した。
女の子を軽々と持ち上げた巨漢が先行し、その後に続くよう促される。ただでさえ人目に付きにくい場所だというのに、先日の襲撃事件の影響なのか、閑散期の農地はひとっこひとり見当たらなかった。
やがて巨漢は農地の先にある厩舎を越え、城塞の裏手へと出られる農業用の通用口を開けた。
(ここの鍵まで持っているのか……それだと光国の関係者ではない?)
なんとか誰かに呼びかけられはしないかと、周囲を伺っているフェルデールだったが、あの女の子が捕まっている限り出来ることは少なかった。
黙って付き従うがまま連れて行かれたのは、半壊したという果樹園の入り口だった。
本来ならば、ここから石段を登っていかねばならないのだが、アースクローラーが食い荒らした結果、剥き出しの斜面と四方八方に飛び散った見るも無惨な果樹の残骸だけが一行を迎えただけである。
その側には、徐々に片付けられつつある瓦礫の山が並び、石ならば石、木材ならば木材と、大雑把な分別が成されているようだった。
その瓦礫の中に紛れるようにして、一台の馬車が停まっている。見るからにお忍び然とした様相だが、その不自然さが却って異質さを際立てていた。
巨漢が馬車内に向けて声をかけると、場違いも甚だしい華美なドレスを見に纏った女が現れた。優雅な所作で巨漢の手を借り、ゆっくりとステップを降りてくる。
「ご苦労でした。お前達は下がりなさい」
「しかし、お嬢様」
「くどいですわ」
「まぁまぁ、人質がいる限り勝手は出来やせんて! おいガキ、ドンラン家に潰された商家は五万とあるんだ、観念するんだなぁ……」
「人質? なぁに? わたくしに黙って余計なことを?」
この時、この世で最も農地に相応しくない女ララフォードは事態を把握しきれていなかった。
巨漢は右の手でお嬢様を支え、左の肩には女の子を担ぎ上げたままだった。
女の子は辺りを見回してはため息を吐き、また見回しては涙ぐんでいたが、この状況よりもむしろ果樹園の惨状にこそ注意を払っている気配がした。
お嬢様と対面する位置で、地面に膝を突かされているフェルデールの背には未だ曲刀が突きつけられ、その持ち主は早く帰らせてくれとばかりに大欠伸の真っ最中。
そして、この十数秒後、地鳴りと共に姿を現したアースクローラーの襲撃により、辺り一帯は地獄絵図と化すのである。




