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15話 夜明け

 フェルデールは新年祭で揉みくちゃにされるシャオムを眺めたり、すっかり小綺麗になった姿を見直してみたり、周囲が騒めく演説内容に不安を覚えたりしながらも楽しい時間を過ごし、そして夜が明けた。

 

 新年祭で知り合った串焼きチェーンのボスである小母さんは、世界を放浪しがちなシャオムが借りているアパルトメントの大家も兼ねているそうで、1人増えるも2人増えるも同じだからと、返事をする前になぜか賃貸契約が成立してしまっていた。オマケに、ひとまず僕にツケといてと言うシャオムを押しのけ、こう宣った。


「坊や、この街の流儀には従って貰うよ?」

「もちろん、そのつもりです」

「だったらとっとと今いる宿から荷物を引き払ってきな! 一泊200マルベリーったら朝食4回分だよ!」


 と、手厳しい。

 二日酔いの酔っぱらいどもを掻き分けて、メインストリートを駆け抜けていく様を見送ったシャオムは「これが青春ってやつかぁ……」と独りごちた。すると間髪入れずに、


「あんたもいい加減に不在中の家賃を払ったらどうなんだい!」


 と、どやされた。

 こうしてバリュノア生活1年目が幕を開けたのである。


 アパルトメントは、城門広場やメインストリートのある北側の商業区画と、ミュリオル率いるドゥネルライン学術アカデミーや図書館のある南側の学術区画から見て、やや東寄りの市街地の中にあった。

 

 丁度、目の前には新年祭が行われたアールハート特区が臨み、利便性も悪くない。

 シャオムは10年ほど前に亡くなった兄のシャウラから議員枠を引き継いだが、その大分前からこちらに居を構えているのだという。また、居住権利のある議員宿舎は迎賓施設に改装してしまったとのことだった。


 白い漆喰の壁を這うように、伸び伸びと植えられているブーゲンビリアが特徴的な3階建てのアパルトメントは、涼やかな青色のドアを軽快に開き少年を迎えた。


「これが鍵だよ。シャオムの隣が空いてたからね。荷物を置いたら戻っておいで」


 中に入るとすぐにキッチンがあった。

 床材には薄めのグレーや赤茶の乱形石が敷き詰められていて、白い漆喰壁とのコントラストが美しい。名物の串焼きが生まれたであろう作業場周りには、バリュノア・スタイルのカラフルなタイルが一面に張られている。1枚1枚丁寧に絵付けられたそれらには、様々な動植物の姿が幾何学模様と共に描かれていて目にも心にも楽しく、家主の拘りが色濃く出ている箇所だった。


 食事はここでしか作れないからねと言いつつ、小母さんはダイニングの丸椅子に座ろうとしていた。どうやらそろそろ眠いらしい。夜通し続いた新年祭に付き合うだけの体力があるとはいえ、齢60を越えたなら無理は禁物だ。フェルデールは小母さんの背中に向けて、そっと回復魔法を掛けてから新たな自室へと向かう。


 階段に置かれた植木鉢や、壁掛けの絵皿を眺めながら3階の部屋へと辿り着くと、ガランとした殺風景がフェルデールを待っていた。

 部屋の中にあるのは、簡素なベッドがひとつだけ。装飾的なものといえば窓枠くらいなもので、ただただ真っさらな空間が目に痛いほどだった。

 

 その白さに故郷を思い出したフェルデールは、そっと息を吐く。深く深く息を吐く。あの命を脅かされ続けた3年が、ようやく終わったのだと実感したのだ。

 瞼の裏には、突きつけられたレクトルレガロの鋭い切先が未だにちらついている。まさか生き延びられるだなんて思っていなかった。あいつらに肩を叩かれたあの日以来、常にどこか無気力で、ずっと何かを諦めるかのようにして生きてきた。今、こうして目の前に広がる静寂は、生まれて初めて得た自由そのものを表していた。


 この街は雪国から出たことのないフェルデールにとって、冬でも暖かいというだけで、なぜだか少しワクワクする場所だった。街全体が匂いからして違うように思う。あの肺を刺すような澄んだ空気も懐かしかったが、活気に満ちた市場ひとつ見られない生活を強いられてきたのだから、それ以上の感慨は浮かんでこなかった。

 

 ただ少しだけ、僅かな期間ではあるものの同じ境遇を共にした友人ヴェリウスの姿が浮かんだ。背後に誰が付いているのか、彼が孤児院に預けられた理由はなんだったのか、結局何ひとつとしてわからないまま離れ離れになってしまった。確かなことは、他愛のない会話しか交わせなかったにせよ、彼のお陰で1人耐え忍ぶ辛さは味わわずに済んだということだけだった。

 

 そういえば結局、腹部に出来てしまった痣が自分だけのものなのかどうか調べるのを忘れていたなと思い出す。日に日に大きくなるかと思えば、今度は逆に小さくなり、最近では形を変えつつあるのではないかとさえ思う黒い痣は今も尚、フェルデールの腹部にしっかりと宿されたままだったのである。


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