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14話 光国の秘密

 新年祭より少し前に時間は遡る。


 シャオムは帰国後すぐに、学術ギルド長ミュリオル・キュレーブルと連絡を取り合い、フェルデールから預かった“神聖光国・宣教師の腕環”について調査依頼を出していた。『早急に』という但し書きが功を奏し、数日後の深夜、シャオムは盟友ミュリオルの元を訪ねていた。


 彼女はアールハート特区より更に南に位置するドゥネルライン学術アカデミーに研究施設を構えている。

 創始者一族は代々この魔女との付き合いを大事にしてきたが、建国時の記録からしてゆうに500歳を越えているだろう実年齢と、いつまで経っても変わらない彼女の20代のような見目について言及するような野暮は犯していなかった。商人たるものなんとやら、である。


 シャオムがミュリオルのプライベートエリアに足を踏み入れると、乱雑に積み上げられた本や、そこかしこに散らかされた資料や、食べかけの干物や酒瓶、極めつけには消臭剤としてばら撒かれたであろうドライフラワーのラベンダーに熱烈歓迎された。


 パキリと折れた花が靴底で笑うと、シアンブルーの髪を後ろで高く結んだ大柄な女が振り返った。切れ長の目の中に光る琥珀と、縦に開いた瞳孔が妙に印象的である。

 彼女の足元には応接セット代わりのスツールと、酒瓶が詰められていたであろう木箱を無造作にひっくり返しただけのテーブルとがある。申し訳なさそうに乗っている可憐な茶器の方が不自然なほどであった。


「大方、予想通りの結果だ」


 シャオムがスツールに座るのを待って、白衣姿のミュリオルはおもむろに切り出した。


「預かっていた腕環から恩寵が検出されたぞ。魔力を関知出来る者ならば誰にでもわかるほど明確な量であるな」


 ミュリオルはその手に転がしていた腕環を、お役御免とばかりに正面にいるシャオムの方へと突き返した。鋭い銀の爪を巧妙に避け腕環を受け取る。

 

「ということは、我々が魔物と接触しなかった理由は明白ですね。光国の恩寵は持ち運びが可能な代物、と……」

「そなたならば、そう言うであろうと思うたわ。何にでも商売を結びつけるのは悪い癖ぞ。だが、話はここからが本題じゃ。その恩寵の出処にこそ問題がある」


 一息に茶を煽ったミュリオルは、この話は長くなるから覚悟しておけ、と前置きする。


「その腕環に宿された恩寵は、私が知る限り光神由来のものではない」

「恩寵に種類があること自体、初耳なんですがね?」

「効果そのものは、光神由来の恩寵と何ひとつ変わらぬ。お前たちが経験してきた通り、魔を寄せ付けぬし、光魔法の根源としても申し分ない力を発揮するだろう。問題なのは、それだけの力を秘めた恩寵が、光神のものではないということだ。第2の神か、はたまた人の手で創り出したのか……既に実用化されてしまっていることも恐ろしい。これがどういうことかわかるか?」


 シャオムは飄々とした態度を崩さず答える。


「あの引きこもり国家が、いよいよ外に出てくるとか?」

「それも可能性として否定は出来ぬ。が、対局的思考は一度捨てよ。光神を独占している光国が、こんなものを必要とする理由はなんだ? まったく同じ力を創り出す意味とは?」

「光神がもたらす恩寵が枯渇したか、枯渇するだろう未来に備えている」

「そうだ。そしてそれは、あやつが生きている限りあり得ないことなのだ。だとすると最悪……」

「どうも神話には疎いんですが、そもそも人工の恩寵なんてもの、技術的に可能なんですか? 作れるものなら僕だって、喉から手が出るほど欲しいですよ?」


 ミュリオルはシャオムの言に首を振っている。やや肩を落としているように見えるのは気のせいではなさそうだ。


「そこから話さねば通じぬか。恩寵とは本来、光神がもたらす聖なる祈りの力なのだ。あやつがその場に存在しているだけでも効果がある。だからこそあの国は、囲いに囲い込み放そうしないのではないか……かれこれ1000年近くも経つというのにな」

「もしかして、もしかしなくても、神様とお知り合いだったりします?」

「私にとって奴は神などではない。古き良き旧知の友ぞ。といっても、薄々そんな予感はしていたわ。もう会えないだろうとな……」


 おやおや、これはという表情を隠しもせず、シャオムは言葉を選びかねている。俯き陰る魔女の姿など、見たことも聞いたことも読んだこともない。ただ、人の上位の存在であることだけは確かに伝わった。


「僕に出来ることでしたら協力しますよ」

「……ああ、すまぬ。今はそれどころではないな。人の生はいささか短過ぎる。話さねばならんことが山ほどあるぞ。そうさな、そなたが連れ帰ったお気に入りの童の話からがよいか?」

「ええ、是非」

「そうか、お気に入りは否定せなんだな? よいよい。ただの憂さ晴らしぞ。入国審査の報告には敢えて記載せなんだが、実はあの童からも恩寵を感じたのだ。極々微量だが、こちらは間違いなく我が旧友のもので間違いないわ」

「なら朗報では?」

「否、真逆ぞ。なぜ人間風情にわざわざ恩寵を授ける必要がある? 光国内ならば、神が存在するだけでよいのだ。外に出すにしろ腕環のようなアイテムに付与するほうがずっと利便性があるのではないかえ? なぁ、商人よ?」


 苦笑いを浮かべるシャオムを無視したミュリオルは、そこら辺に転がしていただろう食料品のいくつかを木箱の上に並べた。

 

「そなたが持ち込んだ光国の食料だ。クラウドベリーのジャムに、干した茸、お茶の葉に薬草。色々あるが一番わかりやすいのはコレだな。私の好物でもある胡桃だ。収穫までに5年から10年はかかるだろう? 一通り味見と検分を済ませたが、どれからも恩寵は感じられない。つまり光国で育とうが、光国の食物を摂取しようが恩寵は得られないわけだ。ではなぜ、そなたが偶然連れ帰っただけの孤児院育ちの童の中に神の恩寵があるんだろうな?」

「偶発的でないのだとしたら、意図的に摂取したか、させられたか」

「うむ。これでようやく人工恩寵の話に戻れるな。神聖光国は、人に神を食べさせているぞ」

「はぁ?」


 さすがのシャオムも食い気味で反応し、腰を浮かしかける。ミュリオルはジロリとひと睨みし、話を聞けと圧をかける。


「神を神だと思うのは人だけよ。神を純粋な力の源と捉えてみよ」

「んな無茶な……」

「刺客が来たと言っていたな?」

「……ええ、けっこうな大物を派遣して来ましたよ。大司教直属の執行官でした」

「これはまだ推測に過ぎない話だが、刺客が欲しがったのは童の命そのものではなさそうだ。ここからの話は、私が恩寵を感じ取れる存在だからこそ可能な発想として聞いて欲しい」


 魔女が敢えて一拍置く理由を鑑み、黙って見つめ続けるシャオム。


「教団が命じたのは、おそらく“収穫”だ。連中は、光魔法の適正が高い神官候補生に対し、長年に渡り神の血肉を与え、フォアグラよろしく肥えさせたのよ。本来、恩寵は気を巡るように循環されゆくものだが、人にそんな力はないからな。彼らが見込む“利子”がどれほどのものかはわからぬが、体内で熟成、ないし定着化するのを待っているんだろう。無論、それだけが目的とは限らない。最終的には、恩寵を宿し循環させられるだけの力を持つ者を探しているのかもしれぬ。そして連中は、この過程の中で運良く人工恩寵を創り出す術に気付いてしまったのだろう。宣教師が消えるのもまったく同じ理由で説明がつく。孤児院だなんて、とんだ建前もあったものだな。よもや畑か牧場の発想よ」

 

 眉間を抑えたシャオムはミュリオルから放たれた衝撃に動揺を隠せない様子で、口から言葉を捻り出す。


「待って下さい? だとしたら、なぜこの腕環を押し付けてきたんです? どの道回収するつもりだったにしろ、僕が迎えに行くまでに、どうこうする時間はたっぷりあったはずですよね?」

「詳しいことは本人に直接聞いてみないことにはわからぬが、そなたが目撃したオークションだの虐待だのが頻繁に繰り返される環境だったとしたら……食わせる方法は何も口腔経路とは限らぬぞ? よって、最後の晩餐代りのダメ押しであろ。2種の恩寵が揃うと一体何が起こるのやらなぁ……こればかりは今後要注目案件じゃ。久々に胸が高鳴るぞ」


 ガタリとスツールが倒れる。

 が、ミュリオルはまったく意に介さない。


「だから先に言うたではないか。人の発想ではないと」


 そう言って片手で胡桃を割りはじめたミュリオルの手には、どう考えても“鱗”にしか見えない深い青が浮かび上がっている。

 もう片方の“人型のままの”手でワインを握ると、今夜はこれで終いじゃとミュリオルは宣言した。


「そなたが今後どうするにしろ、打倒帝国のためだけに光国と手を組む案は夢物語ぞ。私にしてみれば、まだまだ帝国の方が可愛いらしいわ」


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