10話 ラッキーボーイ
「これだよコレ! 滴る肉汁に、ガツンと効かせたスパイス! 前歯がぶん殴られる旨さだぜ」
ガッハッハと腰に手を当て、串焼きに齧り付いているのは、シャオムら隊商一行の護衛役を勤めた傭兵の大男だった。
「それにしてもなぁ、シャオムの旦那よ。珍しいこともあるもんだ。魔物がまったく出ないなんてな」
「こんな楽な道中は40年近く生きてきて、初めてでしたねぇ……」
「楽なことに越したこたないが、念の為上には報告するぞ」
「そうですね。冒険者ギルドの方で何かあれば教えて下さい」
その串焼きはツケにしといていいですよ、と言うと大男は喜んで5本目を飲み込み、追加もいいか? と尋ねてくる。宣伝も兼ねているんですからね? と念押しし、シャオムは露天商に声をかけようと道端へと近付いていく。
城門まで続く待機列は相当長い。この分だと小一時間はかかるかもしれない。旅を共にしてきた隊商の馬車は、荷物専用の搬入ゲートから入城する手筈になっている。
辺りに立ちこめた芳ばしい香りが食欲を唆る。荷車いっぱいに並べられた串刺しのタレ付き肉を店主自ら火魔法で炙り、その場で焼き立てを提供するという所場代ナシ、調理器具ナシの、お手軽移動販売の露天だ。
ドンラン家にメインストリートを奪われてしまったシャオムにとって貴重な収入源のひとつでもある。
「なかなか好評のようですね。ハーブもスパイスもたっぷり仕入れてきましたから、新年祭もよろしくお願いしますよ」
「おかえりなさい8代目! もう間に合わないかと思いましたよ? 小母さんなんてもうカンカンなんですからねー! 帝国ルート品を私たちが使うわけにもいきませんし」
「ごめんごめん、改めてお詫びに回るから勘弁してくれると嬉しいなぁ」
「んもぅ、先代が草葉の陰で泣いちゃっても知らないんですからね?」
「先祖代々、頼りない会頭で面目ない」
「あ! そうそう、こないだ仕入れて下さった魔物の肉もすっかり馴染んできましたよ。小母さん特製のクフタン・ケバブならどんな肉でもいけちゃいそうです!」
「こりゃまた小母さんには頭が上がらなくなるな……」
そうして追加の串焼きを受け取ると、シャオムは入国手続きの待機列へと戻り、旅路を共にしてきた隊商の面々と、頬を上気させ辺りをきょろきょろと見回しているフェルデールらに配り歩き労をねぎらった。
荒野の旅路を経て、すっかり打ち解けてきた少年は、最近よく笑うようになった。護衛隊の無骨な傭兵たちとも卒なく会話出来るところを見るに、孤児院で培われた素養は、悲劇的なものだけではないのだとわかる。
また、シャオムの鑑定眼にも曇りがなかったことを併せて証明してもいた。彼の外面は歴戦の商人にも引けを取らないレベルなのである。
「坊や、バリュノアは初めてかい?」
「はい! こんなに沢山の人を見るのも初めてです」
「祭りの時期だからね、今日は特に多いんだよ。ほら、あたしの分も食べな。どうせ旦那の奢りだしな」
「あ、ありがとうございます。昨夜も不寝番だったのに、お疲れではありませんか?」
「今回はびっくりするほど平和だったからね。むしろ体力を持て余してるくらいだよ。あんたこそ、15にしては小ちゃ過ぎるね。ちゃんと食べて大きくなりな」
「はい、いつも兄弟たちと分け合っていたので……シャオムさんに拾って頂いてからは、お腹いっぱい食べさせて貰えています」
「あの青瓢箪もたまには良いことするじゃないか、なぁ?」
隊長格の女傑が声をかけると、周囲からドッと笑い声が上がった。ここに本人いるんですけど! と猛抗議するシャオムの声も掻き消されてしまっている。
「あたしらは年明け後も、ここいらのダンジョンに篭ってひと稼ぎする予定だよ。落ち着いたら冒険者ギルドに来るといい。なんなら稽古くらい付けてやるよ」
と、相棒の斧を叩いて女傑が請け負った。「まず得物を選んでやるとこからだなぁ」と、串焼きの大男も口添えをする。どうやら、魔物除けのラッキーボーイとして験担ぎ好きな傭兵たちに気に入られたらしい。
フェルデール自身、短い旅路の合間に交わされた彼らとのやり取りの中で、自然と戦闘訓練を強請っていたこともあり、この申し出は願ったり叶ったりであった。
魔物事情に関しては、神聖光国由来の因果が関わりそうだと予測したシャオムは、とりあえず苦笑いでその場をやり過ごし、フェルデールもまた、言われるまでもなく出自に関連する情報を伏せていた。